表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Vtuberとクリスマスチキン

 毎日が窮していた。


 貧窮していたし、息の仕方も忘れるほど窮屈だった。


 けれど、それも、彼女を知る、その前までの話だった……!



「おっはよーっ! みんなー、今日も元気してるかーー??」



 Vtuberの、桃空ももぞら ミミちゃん!


 彼女を知って、彼女のことを好きになったその日から――息の仕方も忘れるほどの窮屈はどこかに消えて、貧窮していることすら、ひたすら苛まれる苦痛ではなくなった。


 彼女と画面を通して過ごす時間が“癒し”なのではなく、彼女と過ごす時間こそが“人生の時間”“生きている意味”になるに、時間はかからなかった。彼女が画面の前で、自然と喋っている、それだけで満足だった。


 つらいことも、人生の時間を過ごすまでの時間、そう思うと、急に楽になった。


 道を歩いているだけでも、ふと、そういえばミミちゃんが言っていたものだ、あれはミミちゃんが食べていたものだった、そんなふうに時々の鮮やかが目に留まるようになり、人生そのものが豊かになった。



「もぉー、オマエらもしっかり考えてーー!! ――あ゛ーーッ、ちょっとォ、ヤメ……ヤメロッ、死ぬ、シ――あ゛ーーー!!」



 笑ったり、時々、感動したり。


 投げ銭で応援できる素晴らしさ――もとい、別待遇でコメントを読んでもらえる、また名前を呼んでもらえる特別感を覚えてからは、より画面を通した時間が待ち遠しくなった。


 動画を見ながらメシを食うというよりは、配信と一緒にご飯をいただくようになって、そしてやがて、配信が始まる時は、食べても軽食や軽い飲み物を楽しむようになった。動画に集中できるように。気付いたらそうしていた。



「ハイ、おっはよーっ。みんな元気かーー? 今日もやってくよーー。――『最近寒いです。』 確かにー、肌寒くなったよねー。まあ私今日もこんな薄着だけど」



 桃空ももぞら ミミちゃんの配信があるから、つらいことも、上手く遠ざけられるようになった。


 最近は配信が始まる前までのことを、すっかりと、忘れるまでになっている。


 今年は、クリスマス配信も、ミミちゃんと過ごせるだろう。


 らしくなく、クリスマスチキンなんてものも予約していた。桃空ももぞら ミミちゃんというVtuberを知らなければ、こんな小さな人生の彩りも、知らずに生きて、ますますに窮していたことだろう。


 そういった小さな色どりが、嬉しかった。


「ありがとう」を、伝えたい。

 桃空ももぞら ミミというVtuberに。


 そして、今日はクリスマスイブだ!





 桃空ももぞら ミミちゃんはその日、配信を行わなかった。





 ――――空虚に突き落とされたような情で、PCの前で茫然としていた。


 PCの前には、少し豪華なクリスマスチキン。


 なぜ…………このような情感に陥っているのか――空虚に突き落とされたような、情感に、陥っているのかを――ふと訪れた奇妙な冷静の中で、考えていた。


 そりゃあ、クリスマスだ。

 クリスマスというのは、普通、現実の誰かと過ごす日だ。


 そのことに非難はない、言ってしまえば、当然のことだと思うし、それは当人における、当然の権利であると私は考えている。


 では、なぜ?


 そう考えながら、憤りに似て非なる、振り絞った声のようなやるせなさ、憤りに非て似る、尽きることのない、無限の空虚はなぜ?


 ――――そういえば、現実だった。


 それを、思い出して。

 鮮やかを望まないそのことを、鮮やかに、思い出して。


 虚無に突き落とされたのではない、連れ戻されたのだ、白黒モノクロの鮮やかを思い出したのだ。


 桃空ももぞら ミミというVtuberは、現実を生きる、自分とは関わりの薄い別個の人間で。そのことを見つけて、意識に映してしまえば、気付けばそこは現実だった。


 PCの前に座っていても、気付けば現実。


 やるせなさと虚無の、内面の葛藤を終えたのちに、チキンを口に運んでみた。


 チキン冷凍したように冷たい、味がしない。


 それから、――それからも、桃空ももぞら ミミちゃんの配信や動画は視聴していたが、何か砂を噛んだような情感が消えずに、他のVtuberの配信なども、それまでと比べて頻繁に、覗いてみるようになった。


 それでも違和感はしこり続ける。言葉に表せない情感が、いつでも……。


 …………いや、本当は理解している。

 必死に理解を認めないようにしているだけだ。


 私はその日、仮初かりそめの世界線を思う想像力に寄せていた、信仰心を失ったのだろう。


 だって、今は時々。

 息の仕方も忘れるほどの窮屈を、思い出しているのだから。


 クリスマスチキンは今も冷めている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ