06 ダービー馬の勤勉なる働き③
金曜日の夜ですよね?わたし間違ってないですよ??
前回のあらすじ
ルンルン気分で向かったサンデー。大激戦の末に初仕事を無事終えるが、労いにきたフジワラに二試合目があることを知らされて……
06
初仕事から一週間。今日も複数の仕事をこなしたサンデーはヘトヘトになりながら厩舎に戻ってきた。
「ぐはぁぁぁぁー!疲れたあぁぁぁ」
サンデーは倒れ込むようにベッドに身を投げた。ほどよい弾力を感じながらベッド上に突っ伏したまま、サンデーはしばし目を閉じ瞑想する。この時の様子をスタッフが見ていたら、思わず彼の肩を叩いて意識の有無を確認しただろう。ベッド上で身じろぎ一つしないため、サンデーが遥かなる高みに登ってしまったのかと錯覚しそうになる。
「おーーい!サンデーくん、急に変な声出して大丈夫?寝るならご飯食べて歯を磨いてからがいいよー」
隣の馬房からサンデーに声がかかる。サンデーの隣人、メグロマックイーンである。
「大丈夫だー。ちょっと仕事で疲れただけだから。」
「初仕事からほぼ毎日忙しそうだよね。今週は何頭の牝馬に会ったの?」
マックイーンの問いかけに、記憶を探るための間があく。
「……じゅういち」
「え?ごめんね、聞き間違えたかも。もう一回教えてくれる?」
「今週は、11回だ!もう毎日がダブルヘッターだよ!確かにオレはアメリカ出身だけどさ、メジャーリーガーもびっくりなスケジュールだよ!」
「ふふふ。ダブルヘッターって例えはキミらしいね。それだけ忙しいのも、ヤシロファームがキミを全力でバックアップしてるってことだろうさ。忙しいのはトップ種牡馬の宿命だねー」
『仕事が少ないボクからすれば羨ましい限りさ』とマックイーンは言う。
実際、マックイーンの言うことは的を得ていた。サンデーサイエンスのジャポン移籍には、非常に高額な移籍料が支払われている。ヤシロファームの面々は『これは失敗は許されないプロジェクトである』という認識を誰しもが持っていた。そのため、これまで培ってきた馬産の知識に科学技術を添えて、サンデーをトップ種牡馬にするだけの全面バックアップ体制が敷かれている。それは、サンデーの食事内容や運動量、朝晩の検温やボロの状態に至るまで事細かに徹底管理されている。
サンデー自身もその手厚さは十分に感じていたし、アメリカで失格の烙印を押された自分にここまでしてくれる事に感謝さえしていた。
しかしながら、トップ種牡馬でさえ一シーズンに行う種付け数が100程度であるジャポンの生産界において、サンデーがこなすスケジュールはそれを優に超えるペースである。いかにアメリカの一流競走馬だったサンデーであっても、愚痴の一つも溢したくなるのも非難できないと言える。
「でも、確かにキミはかなり疲れているようだから、一度責任者のコジマさんに相談してみたら?」
マックイーンからの助言もあり、サンデーは翌日、コジマのもとを訪れることにした。
◇
「コジマさん?この時間だと執務室にいると思いますよ。案内しましょうか?」
いつも身の回りの世話をしてくれる女性スタッフのアンナに尋ね、コジマがいる執務室に案内してもらうことになった。
「こちらが執務室です。コジマさん、いらっしゃいますか?サンデーさんがお話があるそうです」
アンナは扉をノックして中にいるコジマに声をかけてくれた。すぐに中から返事があり、アンナの合図でオレは部屋の中に招き入れられた。
「おう、サンデーくん。今日は改まってどうしたんだ?」
白髪の目立つ頭に眼鏡をかけた男、コジマはソファーに掛けるように手で示しながら、オレに尋ねてきた。
「オレの今後のスケジュールについて確認したいんだ。初仕事からの一週間、オレは毎日二頭のレディの相手をしてきたが、些か疲れてきたように感じていてね。手厚いサポートには感謝するが、果たしてこのペースで今後も続けていけるのか、Mr.コジマに相談に来たんだ」
オレは素直に現状の自分の気持ちをコジマに話した。すると、
「なるほど。最近のアメリカの研究によれば、近い将来、ワンシーズンの種付け数は200頭オーバーの時代が来るそうです。現に栄養バランスや適度な運動による体調管理の徹底でジャポンでもその数は増加傾向にあります。ですので、サンデーくんのスケジュールは決して実現不可なペースではありません」
やべぇぇー、言い切られた!!コジマは理屈っぽいから覚悟してきたが、もうこれは覆せない空気じゃね?無理じゃね?いや、でもオレもこのペースはキツイんだが?どうする?どうする?
「お、おう。そう……なのか?じゃあ……これからも、このペースで行くしかない、か……」
ダメだ、何も思い付かない!くそ、こうなったら、コジマの言うままに死ぬ気でやるしかない!!
と、オレは心の中でコジマに完全敗北したことを認め、死ぬ気で挑む事を覚悟した。だが……。
「ですが、サンデーくんの憂いも分かりますよ。種牡馬になって初めてのシーズンであるキミはまだこの生活に慣れていない。そして、先ほど示した200頭と言うのは誰でも出来ることではありません。トップ種牡馬の中でも、このスケジュールに耐えれる馬とそうでない馬がいるのは当然とも言えます。我々は日々、繁殖馬の世話をしながらそれぞれの馬の性格や繁殖力などを見極め、その馬に最適なスケジュールを作成することこそが使命と考えます。そこで────」
「ちょ、ちょっと待ってくれMr.コジマ?つまりは、このスケジュールは必ず達成しなければいけない訳では無いってことか?達成できなくても、……オレは捨てられないのか?」
「Of course.サンデーくんを捨てるなんてとんでもない。あなたはヤシロファームの一大プロジェクトの中心人物だ。私たちはキミをチームメイトだと思っているよ。だから、思うことがあれば気兼ね無く私に話してほしい」
「……Thank you」
あぁ。泣けてきた。
────その後、オレとコジマは今後のスケジュールについて話し合ったが、きついスケジュールは今週までだったらしい。来週からダブルヘッダーは無いと聞いてオレは心底安堵した。
◇
4月。まだまだ春の訪れは遠く、ヤシロファームの周りにはまだ雪の山が築かれていた。今日も体力作りのために屋内馬場でのトレーニングが行われており、ヤシロファーム所属の馬たちは汗を流していた。
「よーぉおし!トレーニング終了の時間だ!各自、シャワーを浴びて身なりを整えてくれ!その後は厩舎に戻って食事の時間だ!」
トレーナーの合図を受け、ぞろぞろとシャワー室に馬たちが消えていく。その集団の最後方に適度に引き締まった黒光りする馬体の馬、サンデーサイエンスがいた。
サンデーがシャワー室が空くのを待っていると、トレーナーの男が近づいてきた。
「サンデー、着替えたらコジマさんの執務室に来てほしいそうだ。忘れずに向かってくれよ?」
トレーナーはそう念を押して去っていった。『オレ、何かしたっけかな?』と考えてみたがサンデーには思い当たることが無かった。
────コンコンコン
身支度を整えたサンデーは、コジマの執務室の扉をノックし、入室する。そこにはコジマとフジワラの二人が待ち構えていた。
「いよぉー、サンデー!元気にしてたか?ちょうど今、コジマからキミの繁殖成績についての報告を受けていたんだ。まぁ、そこに座ってくれよ」
勧められるままサンデーはソファーに腰を下ろした。サンデーの向かい側にフジワラとコジマが並んで座る。サンデーはゴクリと唾をのむ。やけに喉が乾く気がした。
「なんか、テストを受けた後の答案返却のような気分だな。少し緊張するぜ。……ふー、よし!フジワラ教えてくれ。オレの成績はどうなんだ?」
サンデーに見つめられたフジワラは、一つうなずき、隣にいるコジマに説明するように合図を送った。
「2月から仕事を始めて約2ヶ月が経つが、サンデーくんの繁殖成績は……すこぶる良い!具体的に説明すると、通常サラブレッドの受胎率は60%くらいが平均的とされるが、サンデーくんの受胎率はなんと80%!もちろん、まだシーズン途中だから最終スコアが確定した訳ではないがね。もともと君がもっていたポテンシャルが高かったのもあると思うが、ジャポンの水が合った可能性も否定できない。ウンタラカンタラ────」
「おっと。コジマは優秀な奴なんだが、蘊蓄過ぎるのがたまに傷だな。まぁ、そういう訳でキミの繁殖成績はすこぶる良い結果だってことだ。この調子で頑張ってくれよ?一年後にはキミのジュニアたちがたくさん産まれてくる。俺はそれが楽しみで今から待ちきれんよ!」
ガハハ!と笑いながらフジワラの喜ぶ顔が印象的だった。思わずサンデーはうるっと涙が出そうになったが、必死に我慢する。だってまだ何も達成してないのだから。
サンデーはフジワラと握手を交わし、今後の頑張りを約束した。そして、チラリとコジマの様子を伺ったが、コジマはまだ自分の世界から戻ってきていないようだった。目を閉じたまま興奮気味に熱っぽく語っていたので、邪魔せずにそっとしておくことを決め、サンデーは頭を下げて執務室を後にした。
◇
執務室から厩舎までの道のり。サンデーの足取りはとても軽かった。ケンタッキーにいたころは先の見えない暗闇の中をさ迷っていた気分だったが、フジワラに出会いジャポンに来たことで大きく道が開けたと感じていた。その上で今回の良好な繁殖成績の一報である。
「ふんふんふふふんふーん♩」
それは鼻歌も出てしまうだろう。すこぶる上機嫌のサンデーであった。
「お帰りなさーい。お、すごく機嫌が良さそうだね。何か良いことあったの?」
サンデーが厩舎に戻ると、隣の部屋にいたマックイーンが声を掛けてきた。サンデーはかくかく然々、執務室での話をマックイーンに話した。
「へぇー、良かったじゃないか!これでキミも自信がついたんじゃない?そんなに成績がいいなら絶対話題になるよ。そしたら『生産界の☆新星・サンデーサイエンス』なんて呼ばれちゃったり?フフフ、なんか政治家のポスターみたいだね。今度の選挙キミも出てみる?そしたらボクは選挙カーでウグイス嬢───」
「立候補しねーよ!!選挙に出てどーすんだよ?別にオレは大統領を目指してねぇーからな?」
「サンデーくん、ジャポンは大統領制じゃないよ」
「ん゛ん゛ーーーー!!!!!!」
『るんるん気分が台無しだ!コイツどうしてくれようか』と目をつり上げながらサンデーはマックイーンのもとに向かおうとした。それに先んじてマックイーンが手を叩き話を再開する。
「あ、そうそう。ボクも嬉しいニュースがあるんだよ、聞いて聞いて?……何と!!ボクの産駒が今度のダービートライアルに出るんだって!!今まではボクと一緒で、三歳の秋以降に力をつける馬が多かったんだけど、この時期に重賞レースに出るのが珍しいからって話題になってるらしいんだよ。ねぇねぇ、褒めて褒めて~」
声の雰囲気から尻尾をパタパタさせているのが伝わってきた。『頭にきていたが、ここは大人の対応を……』とサンデーは咳払いを一つしてマックイーンに返事を返した。
「ほぅ、ダービートライアルに出るのか。じゃあそこで勝てばダービーも出れるかもしれないんだな。そうなればめちゃくちゃすごいな!今度のレースは応援しないとな!」
「へっへー、楽しみだなぁー!ねぇねぇ、一緒に応援しようね!約束だよ?」
────この日は遅くまで話題になっているマックイーンの産駒の話で盛り上がったのだった。
サンデーの初仕事からその後のお話になります。
ダブルヘッダーで疲労困憊の中、それでも優秀な繁殖成績を残したので褒められました。
さて、マックイーンの息子がダービートライアルに参戦との報が。
次回は閑話として、話題のマックイーンの息子のお話です。
え、名前?まだ未定です(ФωФ)ニャオン
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