51 余燼。
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前回のあらすじ
皐月賞がスタート。有力馬は好位につける中、スペシャルデイズは後方からとなってしまう。苦しい展開の中、デイズと椿は残り千メートルから上がっていった。
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三コーナー。
先頭はコーエンテンカイチ。ここまでレースを牽引してきたが、その脚にもはや余裕はなかった。
三馬身あったはずのリードは、コーナーに差しかかる頃には見る影もなく、後続の圧に飲み込まれつつあった。
二番手集団の隊列は変わらず。外に芦毛のカイウンスカイ。内にエモジロン。その外目にクラウンヘイローと続く。
そして───その後ろ。外から大きく弧を描くように、スペシャルデイズがじわり、じわりとポジションを押し上げてきていた。
スタンドのざわつきが競馬場内に波紋のように広がる。
後方からの競馬を余儀なくされた十八番が、ここにきてようやく先行集団の後ろまでやってきた。
だが、その動きは決して派手ではない。
大きなアクションはなく、自然に加速し、淡々と確実に前との差を削っていく。
四コーナー手前。コーエンテンカイチの鞍上の手が、早くも動いた。粘り込みを図ろうとするが、その脚色は明らかに苦しい。
逃げ馬の背後を狙うように、芦毛の馬体が、音もなく接近する。そして一気に襲いかかった。
───『コーエンテンカイチ先頭! 外から馬体を合わせるようにカイウンスカイやってきた! 内からエモジロンも付いてきている!』───
実況の叫び声を追うように、スタンドから、ひときわ大きな歓声が弾けた。
四コーナーで早くもカイウンスカイが、先頭に並びかける。
芝を蹴る四肢は力強く、芦毛の馬体が緑のターフを跳ねるように躍動した。
◇
「――ここや! 行けぇ!」
福河祐介の声が、風の音にかき消される。その檄に応えるように、クラウンヘイローがガチっとハミを噛みしめた。
重心が、わずかに沈むと滑らかに加速する。その身体のしなやかさは、父母譲りか。
クラウンヘイローは、コーナーをやや外に膨らみつつも、ギュンと鋭く伸びていった。
祐介はその手応えに、自然と口角が上がる。そして、先頭に立ったカイウンスカイの背中を追って、一気に末脚を解放した。
◇
エモジロンの手綱を取る松木は、カイウンスカイとほぼ同じタイミングで仕掛けていた。
カイウンスカイが外へ進路を取った、その一瞬。逃げ馬の内───内ラチ側の最短距離へ、エモジロンの馬体を潜り込ませる。
内ラチの芝は荒れている。だが、エモジロンはそこまで苦にしない。それ故に、最短距離を走るのはチャンスと言える。
(……ここしかない)
外が伸びるのは承知の上だ。
それでも最内を選んだのは、この馬を信じたからだった。
直線を向く。エモジロンは、最内から先頭に並びかけていった。
◇
───『先頭はカイウンスカイ! 差がなく内からエモジロン! 外からはクラウンヘイローも良い脚で追いかける!』───
各馬、ムチが入る。スタンドからの歓声が、実況の声が、最速の名をかけた戦いに色を添える。
(……三馬身差)
椿は、歯噛みした。
レース前半の不利と先行有利の流れ。すべてを承知で、ここまで押し上げてきた。
だが、それでも───まだ遠い。
チラッと視線を下げれば、集中して走っている相棒の顔があった。幸い、手応えはまだある。
「ラストスパートや。もうひと頑張り、頼むで!」
椿は低く指示を送るとともに、少しでも走りやすいように、馬場の外へと手綱を引く。
直線に入ると同時に椿は右ムチを使って鼓舞をした。
それに応えるように、スペシャルデイズのギアが一段上がる。
芝をしっかりと掴むように力強く踏みしめた。ゴムまりのように弾む筋肉の躍動が、強力な推進力を生み出す。
───『ようやく、スペシャルデイズやって来た! 馬場の真ん中からはクラウンヘイロー! 二頭が先頭に迫る勢い!
残り二百! 内のエモジロンはムチが入るが苦しいか!』───
二百のハロン棒を過ぎたあたりで、勢いがはっきりと分かれた。
馬場の差か。外に出した二頭───クラウンヘイローとスペシャルデイズが、凄まじい脚色で先頭を強襲する。
奇しくも弥生賞と同じ三頭の争い。
必死の形相で三頭は、ゴール前にそびえる急坂に飛び込んでいった。
「スカイ!父親のために、根性をみせろ!!」
立仲が、手綱を押し、右ムチを振るう。その檄が効いたか、カイウンスカイは、頭を下げて最後の力を振り絞る。
中山の坂へ───芦毛が、挑みかかる。
───『カ、カイウンスカイもう一伸び!! 後続を突き放した! 恐るべき馬だ! クラウンヘイローとスペシャルデイズも懸命に追う!』───
「くっ……! クラウン! ここで負けたら今までと一緒やで!!」
祐介の叫び。再び左ムチが振るわれる。クラウンヘイローは、頭を下げ、疲労を振り払うように四肢を動かした。
───『外からもう一度クラウンヘイロー! カイウンスカイ先頭! クラウンヘイロー差を詰める! スカイか! クラウンか!
ゴール前、二頭が並んだぁぁぁ!!』───
ゴール寸前で、クラウンヘイローが気迫で再度差し返した。
しかし、カイウンスカイも最後まで簡単には譲らなかった。
その二頭に半馬身ほど遅れて、スペシャルデイズがゴール板を駆け抜けた。
(……お釣りがなかったな)
椿は悔しさから唇を噛みしめる。
早めにポジションを上げるのに脚を使った分だけ、最後は交わせなかった。
───もしも、大外枠でなければ
───もしも、スタートがもっと良かったら
競馬にタラレバは禁句。そんなん言うたらキリがない。
……分かっている。分かっているのだ。
「……お疲れさん。惜しかったわ。あと一歩やったな」
椿は込み上げる悔恨の念を押し殺しながら、スペシャルデイズに声をかけた。
ハァ、ハァ、ハァ……
大きく肩を揺らし、がっくりと項垂れるデイズ。全力を出しきっただろう、疲労の色が見えた。
「負けちゃった。ウイニングラン……出来なくなっちゃったぁ」
デイズは今にも泣き出しそうな表情で、ポツリと返事をした。
再び、椿の内に込み上げる想い。
「……一ヶ月後。───ダービーで、絶対勝とう」
自身の初勝利なんて二の次や。俺はコイツと勝ちたい。勝たなきゃアカン。
椿の胸の内に、決意の灯火が赤々と燃え出した。
◇
ざわざわとスタンドからの喧騒は止まない。巨大ターフビジョンにゴール前の競り合いがスロー再生で映し出される。
繰り返されるゴール前の映像。
そのたびに、どよめきと、ため息がスタンドを満たす。
やがて───
パッと確定のランプが点った。
すべての視線が電光掲示板に注がれる。
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【三】
【十二】 ハナ
【十八】 1/2
【一】 3
【四】 ¾
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そこには激戦となった皐月賞の結末が、静かに刻まれていた。
お読みいただきありがとうございました!
皐月賞の後半戦、スペシャルデイズはわずかに及ばず…でした。
次回のお話は皐月賞のレース後、そしてダービーに向けて。をテーマを予定しています!
それではまた来週(土)に!
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