49 競合。
前回のあらすじ
サンデーの近況。
49
中山競馬場の朝。GⅠともなれば、開場前から良い場所を取るために徹夜組も出るとか。
今日もコアなファンが開門を今か今かと待っていた。
スタンドの旗を揺らす風はまだ冷たかった。
皐月賞。
それは三歳馬にとって、クラシックの初戦となる。勝てば一つ目の勲章となり、三冠馬への挑戦権を獲得する。
その勲章は、特別な重みを持っている。
その意味を知るものは、我こそはと名乗りを挙げる。
それは近代競馬において最も重要なファクターとされる。
そして、我々はそれに魅了される。
皐月賞───それは【最速】の名をかけた舞台である。
◇
若手騎手のホープ、福河佑介は、装鞍所で静かに手綱を握っていた。
業界人に父の名を出されることには、もう慣れた。
元祖天才・福河洋介の息子。レースに勝とうが惨敗しようが、それが自分につく枕詞である。
父の名は、とても重荷で逃げ出したくなることもあった。
しかし、どこに行こうが、それは事実であり、その事実からは決して逃れられない。
「いいじゃないか」
誰かが言う。
それが馬を見ての言葉なのか、自分への評価なのか、分からないまま佑介は曖昧に頷いた。
佑介が手綱を握るのは、クラウンヘイロー。
父・ダンシングブレードは凱旋門賞などGⅠ四勝をあげた欧州年度代表馬。
母・グッバイヘブンはケンタッキーオークスなどアメリカでGⅠを七つも勝った名牝。
世界的な良血として話題となった期待馬。走って当然とさえ言われた。
(……俺たちは、似てるな)
血を誇りに思う反面、その血が重くのしかかる。
勝っても評価されず、負ければ失望される。
それでも、クラウンヘイローは必死に前を向いて走る。血の宿命から決して逃げようとはしなかった。
ならば、自分も逃げない。佑介は前を向いてクラウンとともに走りきることを誓った。
◇
松木は、エモジロンの首筋にそっと触れた。
その体躯は細い。何度見ても、他の有力馬より細く感じられた。
母はオークス馬アグラーブル。
父は多くの活躍馬を輩出した名種牡馬トニーメン。
その血統からクラシックでの活躍が期待される馬だった。
だが現実は違う。
成長が遅く、なかなか身体が大きくならない。体力がなく、レース後の反動も大きい。体調は常に一進一退を繰り返してきた。
一戦ごとに間隔を空け、壊さぬよう、慎重に慎重に───。
(それでも、ここまで来た)
すみれステークスを勝ち、満を持しての皐月賞への参戦。
ここに来て、馬の体質が強くなった。早々とレースの疲労も抜け、思い通りに調教を積めるようになった。
松木の内では、メグロブライトンで届かなかった夢が、胸の奥で疼く。
「今日は……思う存分走ろう」
優しく、優しく。松木はエモジロンに囁いた。
◇
立仲は、遠くのスタンドを一瞥した。
その歓声の中心に、自分たちはいない。それが、この馬の常だった。
カイウンスカイ。
父はシェフザスター。欧州出身のその血統表を見れば、誰もが首を傾げる。
スピード重視で高速化が叫ばれて久しいジャポンにおいて、欧州血統は『重すぎる』。
案の定、シェフザスターの産駒成績は鳴かず飛ばずであった。
それ故に、ジュニアカップ(オープン特別)を圧勝しても、弥生賞で二着になっても───それでも人気は上がらない。
(勝てばいい。名より実、それだけだ)
廃用となり、繋養先の牧場を静かに去っていったシェフザスター。その名を、GⅠ馬の父として名を残せるなら。
それで、すべて報われる。
カイウンスカイと立仲は心静かに、前へと歩を進める。
◇
「さあ来ました皐月賞!」
スタジオで自身のコーナーを向かえた井澤が腕を振り回す。その隣にはアシスタントの潮田真央。
「いやぁ今年も楽しみな対決ですよ。巷では三強って言われてますけどね、狙ってる馬も多いと思います。私の狙い馬もコシタンタンですよ!」
「井澤先生ぇ~、もう焦らさないでくださいよぉ~。マオ待てないですぅ~」
「たはぁー。マオちゃん我慢できないかー!
じゃあ、おじさんが頑張って、腰立たんくらいの馬券を当てて見せるね!」
「わぁ~!期待しちゃいますぅ~」
金ぴかジャケットの井澤は、満面の笑みを浮かべたまま、フリップをカメラに向かって突き出した。
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彡井澤に乗っちマオ☆
◎四・デバンダライト
◯一・エモジロン
▲七・クロールサイクロン
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「本命はデバンダライトです。この母の産駒はスピード型が多く、速さを競う皐月賞向きだと判断しました。鞍上にベテラン小谷部を配して鬼に金棒です!」
「金棒ですかぁ~。すごいですぅ~。でもでも井澤先生ぇ?スペシャルデイズはダメですかぁ~?」
「大外十八番枠に入っちゃったからなー。十八番枠から皐月賞を勝った馬って、去年のサミーブロッケン、一頭だけなんだよね。
サミーブロッケンは逃げたけど、スペシャルデイズは差しだから。やっぱり不利だと思うんだよなー」
「うわぁ~!そんなデータもあるんですねぇ? 井澤先生ぇ、物知りですぅ~!
皐月賞は先生に────」
井澤の肩に両手の先を軽く乗せてから、潮田はキメポーズよろしく、中央のカメラに顔を向け、首を井澤に傾けながら囁いた。
「乗っちマオぉ〜☆」
潮田真央の艶やかな唇。満足げな表情の井澤はダブルピースをカメラに向ける。
お囃子のような音楽とともに人気コーナーは閉幕となった。
「井澤先生と潮田さん今日も息ピッタリでしたね、ありがとうございました!
三強はばっさりでしたが、果たして的中なるか?
まもなく本馬場入場が始まるようです。皐月賞。制するのはどの馬か───」
◇
地下道を抜けた馬たちが一頭ずつ姿を現す。スタンドからの歓声、拍手を浴びながらターフへと足を踏み入れていった。
『遅れてきた良血馬。その煌めきは決して見劣らず。五戦三勝。エモジロン!』
『名血が試される。若手のホープ福河佑介を背に乗せ、弥生賞三着からの逆転へ。クラウンヘイロー!』
『静かに牙を研ぐ芦毛の尖兵。今日は逃げるか控えるか。三戦二勝で頂点を目指すのは、カイウンスカイと立仲則夫』
そして――
『大外の不利を乗り越えて。大本命スペシャルデイズと椿航。三連勝で皐月制覇へ!
以上、出走馬十八頭の本馬場入場でした!』
◇
椿は、深く息を吸った。
デイズの耳が、ぴくりと動く。
「いよいよ、ここまで来たな」
「うん。人がいっぱいいるね」
「これがGⅠや。競馬で一番でっかいレースになるわ」
「そうなんだ。GⅠ、勝ったら気持ち良さそー」
「そりゃあもう。レース後のウイニングランなんか最高やで?」
「何それ!やってみたーい!!」
椿は笑みを浮かべ、『そろそろ行こか』
と手綱を操作して先を促す。
返し馬でのフットワークも上々。落ち着いてて普段どおり。
すべてが揃った。楽しみを感じながら椿とデイズは輪乗りの列に加わっていった。
春の中山に、期待と不安が渦を巻く。
───枠入りがまもなく始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回の更新は、明日(日)の夜を予定しています。
皐月賞の前半戦までもうしばらくお待ちください!
そして次で何と、50話!年内切りよい数字で終わりたいと思います。
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