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49/53

49 競合。

前回のあらすじ


サンデーの近況。

49 


 中山競馬場の朝。GⅠともなれば、開場前から良い場所を取るために徹夜組も出るとか。


 今日もコアなファンが開門を今か今かと待っていた。


 スタンドの旗を揺らす風はまだ冷たかった。





 皐月賞。


 それは三歳馬にとって、クラシックの初戦となる。勝てば一つ目の勲章となり、三冠馬への挑戦権を獲得する。


 その勲章は、特別な重みを持っている。


 その意味を知るものは、我こそはと名乗りを挙げる。


 それは近代競馬において最も重要なファクターとされる。


 そして、我々はそれに魅了される。



 皐月賞───それは【最速】の名をかけた舞台である。





 若手騎手のホープ、福河佑介は、装鞍所で静かに手綱を握っていた。


 業界人に父の名を出されることには、もう慣れた。

 元祖天才・福河洋介の息子。レースに勝とうが惨敗しようが、それが自分につく枕詞である。


 父の名は、とても重荷で逃げ出したくなることもあった。

 しかし、どこに行こうが、それは事実であり、その事実からは決して逃れられない。



「いいじゃないか」



 誰かが言う。


 それが馬を見ての言葉なのか、自分への評価なのか、分からないまま佑介は曖昧に頷いた。


 佑介が手綱を握るのは、クラウンヘイロー。


 父・ダンシングブレードは凱旋門賞などGⅠ四勝をあげた欧州年度代表馬。


 母・グッバイヘブンはケンタッキーオークスなどアメリカでGⅠを七つも勝った名牝。


 世界的な良血として話題となった期待馬。走って当然とさえ言われた。


(……俺たちは、似てるな)


 血を誇りに思う反面、その血が重くのしかかる。

 勝っても評価されず、負ければ失望される。


 それでも、クラウンヘイローは必死に前を向いて走る。血の宿命から決して逃げようとはしなかった。


 ならば、自分も逃げない。佑介は前を向いてクラウンとともに走りきることを誓った。





 松木は、エモジロンの首筋にそっと触れた。


 その体躯は細い。何度見ても、他の有力馬より細く感じられた。


 母はオークス馬アグラーブル。

 父は多くの活躍馬を輩出した名種牡馬トニーメン。

 

 その血統からクラシックでの活躍が期待される馬だった。


 だが現実は違う。

 成長が遅く、なかなか身体が大きくならない。体力がなく、レース後の反動も大きい。体調は常に一進一退を繰り返してきた。


 一戦ごとに間隔を空け、壊さぬよう、慎重に慎重に───。


(それでも、ここまで来た)


 すみれステークスを勝ち、満を持しての皐月賞への参戦。


 ここに来て、馬の体質が強くなった。早々とレースの疲労も抜け、思い通りに調教を積めるようになった。



 松木の内では、メグロブライトンで届かなかった夢が、胸の奥で疼く。



「今日は……思う存分走ろう」

 


 優しく、優しく。松木はエモジロンに囁いた。





 立仲は、遠くのスタンドを一瞥した。


 その歓声の中心に、自分たちはいない。それが、この馬の常だった。



 カイウンスカイ。


 父はシェフザスター。欧州出身のその血統表を見れば、誰もが首を傾げる。

 

 スピード重視で高速化が叫ばれて久しいジャポンにおいて、欧州血統は『重すぎる』。


 案の定、シェフザスターの産駒成績は鳴かず飛ばずであった。



 それ故に、ジュニアカップ(オープン特別)を圧勝しても、弥生賞で二着になっても───それでも人気は上がらない。



(勝てばいい。名より実、それだけだ)


 廃用となり、繋養先の牧場を静かに去っていったシェフザスター。その名を、GⅠ馬の父として名を残せるなら。


 それで、すべて報われる。


 

 カイウンスカイと立仲は心静かに、前へと歩を進める。






「さあ来ました皐月賞!」



 スタジオで自身のコーナーを向かえた井澤が腕を振り回す。その隣にはアシスタントの潮田真央。



「いやぁ今年も楽しみな対決ですよ。巷では三強って言われてますけどね、狙ってる馬も多いと思います。私の狙い馬もコシタンタンですよ!」



「井澤先生ぇ~、もう焦らさないでくださいよぉ~。マオ待てないですぅ~」




「たはぁー。マオちゃん我慢できないかー!

じゃあ、おじさんが頑張って、腰立たんくらいの馬券を当てて見せるね!」



「わぁ~!期待しちゃいますぅ~」



 金ぴかジャケットの井澤は、満面の笑みを浮かべたまま、フリップをカメラに向かって突き出した。





□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


       彡井澤に乗っちマオ☆




   ◎四・デバンダライト




   ◯一・エモジロン




   ▲七・クロールサイクロン




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「本命はデバンダライトです。この母の産駒はスピード型が多く、速さを競う皐月賞向きだと判断しました。鞍上にベテラン小谷部を配して鬼に金棒です!」



「金棒ですかぁ~。すごいですぅ~。でもでも井澤先生ぇ?スペシャルデイズはダメですかぁ~?」



「大外十八番枠に入っちゃったからなー。十八番枠から皐月賞を勝った馬って、去年のサミーブロッケン、一頭だけなんだよね。


サミーブロッケンは逃げたけど、スペシャルデイズは差しだから。やっぱり不利だと思うんだよなー」



「うわぁ~!そんなデータもあるんですねぇ? 井澤先生ぇ、物知りですぅ~!

 

皐月賞は先生に────」



 井澤の肩に両手の先を軽く乗せてから、潮田はキメポーズよろしく、中央のカメラに顔を向け、首を井澤に傾けながら囁いた。




「乗っちマオぉ〜☆」





 潮田真央の艶やかな唇。満足げな表情の井澤はダブルピースをカメラに向ける。


 お囃子のような音楽とともに人気コーナーは閉幕となった。



「井澤先生と潮田さん今日も息ピッタリでしたね、ありがとうございました!


 三強はばっさりでしたが、果たして的中なるか? 

 

 まもなく本馬場入場が始まるようです。皐月賞。制するのはどの馬か───」






 地下道を抜けた馬たちが一頭ずつ姿を現す。スタンドからの歓声、拍手を浴びながらターフへと足を踏み入れていった。




『遅れてきた良血馬。その煌めきは決して見劣らず。五戦三勝。エモジロン!』




『名血が試される。若手のホープ福河佑介を背に乗せ、弥生賞三着からの逆転へ。クラウンヘイロー!』




『静かに牙を研ぐ芦毛の尖兵。今日は逃げるか控えるか。三戦二勝で頂点を目指すのは、カイウンスカイと立仲則夫』




 そして――



『大外の不利を乗り越えて。大本命スペシャルデイズと椿航。三連勝で皐月制覇へ!



以上、出走馬十八頭の本馬場入場でした!』






 椿は、深く息を吸った。

 デイズの耳が、ぴくりと動く。



「いよいよ、ここまで来たな」



「うん。人がいっぱいいるね」



「これがGⅠや。競馬で一番でっかいレースになるわ」



「そうなんだ。GⅠ、勝ったら気持ち良さそー」



「そりゃあもう。レース後のウイニングランなんか最高やで?」



「何それ!やってみたーい!!」




 椿は笑みを浮かべ、『そろそろ行こか』

と手綱を操作して先を促す。



 返し馬でのフットワークも上々。落ち着いてて普段どおり。


 すべてが揃った。楽しみを感じながら椿とデイズは輪乗りの列に加わっていった。






 春の中山に、期待と不安が渦を巻く。




 ───枠入りがまもなく始まろうとしていた。




お読みいただきありがとうございました。

次回の更新は、明日(日)の夜を予定しています。


皐月賞の前半戦までもうしばらくお待ちください!

そして次で何と、50話!年内切りよい数字で終わりたいと思います。


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