48閑話 Their Work, Their Season
前回のあらすじ
負けたらクラシックに黄色信号が点る中、スペシャルデイズはきさらぎ賞で見事な勝利を飾る。
48 閑話
あぁ、忙しい。
だが、この忙しさ───悪くない。
サンデーサイエンスは、厩舎の奥に用意された部屋で、机の上に積み上がった紙束を眺めていた。
繁殖牝馬のプロフィール。血統表、戦績、馬体写真、産駒や近親の活躍。
人間なら「お見合い写真」とでも呼ぶのだろうが、こちらは未来を賭けた真剣勝負だ。しかし───
「……多すぎだろ」
思わず零れた本音に、自分で苦笑する。
初年度の相手は八十四頭。二年目は百十頭。
産駒の活躍もあり、花嫁候補は年々増加してきた。
そして今年は、───二百頭近い打診が届いた。
数字だけ見れば、初年度の二倍を優に超える。それが今のオレの立ち位置だった。
プロフィールの束を手で弾き、パラパラとめくる。
「スピード型……お、これはいいな。こっちはスタミナ寄りの血統……なるほど、この牝馬となら、長丁場向きの産駒が産まれるかもしれないな」
配合のイメージが自然と浮かぶ。ジャポンに来たころは手探りだったが、今は違う。
───オレの子は、走る。
そう信じてくれる生産者が増えた結果が、この量だ。
「ちゃんと、分かってきたな」
オレに合う牝馬の傾向を学習している。それが、何より嬉しい。
ページをめくる指が止まる。その牝馬は前年度にフジヒカリとの子を産んでいた。
「……フジヒカリ」
オレの初年度産駒の一頭だ。三冠も狙えると言われたが、怪我で引退してオレの後継種牡馬として牧場に帰ってきた。
サンデーは別の資料の束を取り、ペラペラとページをめくった。
「早いもんだ。もう今年で種牡馬入り四年目か」
そのページは種牡馬・フジヒカリの詳細ページだった。血統表や種付け料と頭数の推移、代表産駒などが記載されている。
「……種付け数は百十から百七十。派手さはないが、安定しているな。うん、勝ち上がり率も悪くない」
オレの代役として十分悪くない数字だ。いや───
「もう代役でもないか」
サンデーサイエンスは、少しだけ胸を張った。自分が多忙な時期、フジヒカリは見事にその需要を埋めてくれた。
“サンデーの血を使いたいが、本家は順番待ち”
そんな生産者の期待に、きちんと応えている。
「しっかりチャンスをものにして……真面目なやつだからな。必死に頑張ったんだろう」
それは最大級の賛辞だった。
ふと、別のページに目が留まる。
『ノーザントースト』
長年、多くの活躍馬を出し続けてきたジャポンの名種牡馬だ。
「確か……引退を考えてるとか」
噂に過ぎない。だが、時代の流れは確実に来ている。
オレが来る前から、この世界を、そしてヤシロファームを支えてきた存在だ。数字では測れない貢献度がある。
「簡単に、終わったなんて言えんな」
同じ種牡馬としての敬意。そして――覚悟。
オレもいつかは、若い馬にポジションを奪われる日が来るのだろう。それが“盛者必衰”のこの世界の掟なのかもしれない。
「───だがな」
再び、繁殖牝馬のプロフィールをめくる。
「オレは、まだまだ譲る気はないぞ!」
血を残す戦いは、これからが本番だ。
◇
北海道から離れた各地で、『その根拠』が活躍していた。
□■□■
二月・東京競馬場。バレンタインステークス(古馬混合オープン)
───『先頭はサイエンススズラン!さらに突き放した!!ハイペースの逃げも何のその!圧巻!言葉がありません!』───
□■□■
後続に四馬身差の差をつけての逃げ切り勝ち。速いペースで逃げて、直線でさらに伸びる。恐るべきスピードを見せつけて楽勝した。
「何度見ても強い競馬だ。古馬になって、スズランも本格化してきたようだな。まだ先だが順調なら宝塚記念が楽しみだ」
録画したレース映像を流しながら、自身の産駒の近況を確認する。仕事の合間のサンデーの楽しみの一つである。
続いて流れたレースはスティルゴールドのものだった。
□■□■
二月・東京競馬場。ダイヤモンドステークス(GⅢハンデ戦)
───『先頭はここでユーヒトップラン!ユーヒトップランが交わした!
スティルゴールドが二番手!その後ろはトキノエクセレントか!
ユーヒトップランが先頭でゴールイン!!』───
□■□■
「また二着……か」
三勝クラス、オープン戦と上位には来るがなかなか勝てない。それでもこのレースの賞金でオープン入りは果たしてくれた。
勝ちきれないが、堅実に常に相手なりに走る。
「こういう馬が、一番ありがたいんだよな」
派手に勝つ馬もいい。だが、大きな怪我もなく、長く戦える馬こそ、馬主としてはありがたい。
そして、繁殖牝馬次第で多様性のある産駒を出せるのが、オレの種牡馬としての強みだ。
サンデーサイエンスは、静かに頷いた。
「どの産駒も───悪くない。むしろ、上出来だ」
ふと、サンデーは時計を見る。
「あ!まずいまずい!テレビ、テレビ!」
慌ててテレビを付けると、すでに目当てのレースがスタートしてしまっていた。
そのレースは弥生賞。このレースにスペシャルデイズが出走するのだった。
「くそ!始まっていたか。デイズはどこだ?」
視線は馬群の中段に向き、白と紫の勝負服を探す。
「……スペシャルデイズ」
モニターの向こうで、ターフを駆ける、黒鹿毛の馬。
新たなサンデー産駒の顔になり得る存在。そして、久しぶりにクラシックを獲れそうな逸材だ。
───『四コーナーから直線へ!先頭はカイウンスカイ!突き放して四馬身のリードをつける!外からスペシャルデイズ!
カイウンスカイ先頭で残り二百!懸命にスペシャルデイズが脚を伸ばす!
届くか!粘るか!
交わしたぁ!!半馬身差!スペシャルデイズだ!!』───
サンデーは握りしめた手をゆっくりと解き、『はぁー』と息を吐いた。
「ギリギリだなぁ……」
だが、これで重賞二連勝。堂々と皐月賞へ駒を進める。
「よく、諦めなかったな」
サンデーは誰に言うでもなく、呟く。
牡馬クラシック第一段・皐月賞。
本命───そう呼ばれる位置に、自身の産駒、スペシャルデイズが立った。
サンデーは、レースの余韻に浸りながら静かにテレビを消した。
「よし、オレも頑張って絞り込むか!」
子供らに負けてられんからな。再び書類の山に目を向けた。その時───
ガチャ。部屋の扉が開き、アンナが飛び込んできた。
「サンデーさん!追加の申し込みが来ましたよー!!」
サンデーの目の前に同じ量の紙の束が積み上げられた。
「……ごめんなさい」
目の前に積み上がった繁殖牝馬のプロフィールの束。
サンデーは力なく呟いた。
◇中山競馬場
ゴール板を過ぎて、ゆっくりとペースを落としていく。
鞍上の男が手綱を緩め、愛馬の首を撫でる。
「……うん、次が楽しみだ!」
眉尻を下げてニコニコと上機嫌に笑みを浮かべる。
その視線の先には、スタンドに向けて手を挙げる椿とスペシャルデイズの姿があった。
お読みいただきありがとうございました!
久しぶりのサンデーさんでした!
次は来週土曜日に更新予定です!間に合うか~
次から皐月賞へと進んでいきます!
お楽しみにー
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本編では書けない名レースなどをまとめた短編集を書き始めました。競馬好きな方は良ければご覧ください。
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