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43閑話 Born to Run,Born to Shine

三章の後編となります。まずわ閑話から。

サイエンススズラン→スティルゴールドと続く主役馬は……この馬です。

43

 北海道・日高地方。まだ雪の残る三月の夜。


 泰平ファームの空には、春を待ちきれない星々が瞬いていた。



「社長、キャンペンギャルに予兆がありました。早ければ今晩にでも」



 スタッフの富永が厩舎の戸口から声をかけた。



「……そうか。いよいよだな」



 泰平ファーム社長の大野田は、腕を組み、外の冷気を吸い込んだ。



 キャンペンギャル───祖母に名牝シラヌイを持ち、皐月賞・ダービーの二冠を制したノゾミ、その翌年に皐月賞兄弟制覇を果たしたシンツバキを輩出した牝系の末裔。


 彼女の父マルデンスキーから受け継いだスピードと母譲りの柔らかい脚と気の強さを持ち、期待されながらも、脚部不安で未出走のまま引退した。


 それでも繁殖牝馬として期待され、この牧場に戻ってきて五年目を迎える。

 そして今年、そのお腹にいるのは、今もっとも注目される種牡馬───サンデーサイエンスの仔だった。



 「八百万の種付け料を払って正解かどうか、今夜わかるな」



 大野田は苦笑した。安い金ではない。だが、賭ける価値があると思えた。



 深夜二時。


 監視カメラに映るキャンペンギャルの姿は落ち着かず、馬房内をくるくると回っていた。フーフーフーと苦しげな息を吐いている。



「社長、なかなか出てこないんですよ。どうします?」



「……獣医の先生を呼ぼう。念のためだ」



 三十分後、連絡を受けた獣医が駆け込んだ。

 


「胎児の向きが悪いようです。母馬に少し動いてもらって様子を見ましょう」



 その言葉に大野田の胸がざわめいた。頼む。どうにか無事に───。



 やがて時計の針が午前三時を示す頃。破水が起こり、仔馬の脚がのぞいた。



「胎児の向き、直りました!」



 獣医の声に、牧場スタッフたちが息を飲む。



「頑張れ、ギャル……」



 自然と大野田の口から願いがこぼれた。





───それから、三十分。


 新しい命が、湿った寝藁の上に転がり落ちた。



「出たぞ!」



 富永の声が弾む。よぉーし!とスタッフから声があがる。



 白い息を吐きながら、母馬の舌がぬるりと仔の体をなめ、鼻を寄せる。生まれたばかりの仔馬は、か細い脚を震わせながら懸命に立ち上がろうともがく。



「立った……」



 歓声のようなため息が厩舎に広がる。


 黒っぽい毛色をした小さい体から伸びる、すらりとした四肢。額には白い流星。



「なかなかどうして、イケメンじゃないか」



 大野田が目を細めて笑うと、富永も頷いた。和やかな空気が厩舎を包む。


 大野田は長時間の出産を乗り越えたキャンペンギャルを労うため声をかけた。



「お疲れさん。ギャル、頑張ったな。立派な雄馬じゃないか。ん?……先生、ちょっと来てくれ!!」




 大野田はキャンペンギャルの様子がおかしいことに気づき、思わず声を荒らげた。



 「これは……!!」



 獣医の叫び声が響いた。和やかな空気は一変し、緊迫感がその場を支配する。


 先ほどまで仔を舐めていた母馬が、苦しげに首を振り、そして、足を崩した。



「まずい、出血が止まらない!」



 その言葉に大野田の胸が締め付けられた。両手を握りしめ、ポツリポツリと声が漏れる。



 「頼む、先生、なんとか……!」



 獣医師が懸命な処置を施す。周りの者はその様子をただ見守るしかなかった。







 朝の光が差し込むころ、キャンペンギャルは静かに横たわり動かなくなった。



 「社長、残念でしたね……」



 富永の声は無念さが滲んでいた。大野田は力なくうなずき、布をかけられた母馬を見つめた。



 「……出産は命懸けだ。わかってはいたが、やるせないな」



 移された馬房で無心に哺乳瓶に吸い付く仔馬。その喉を鳴らす音だけが厩舎に切なく響いた。



 「まま、どこ?」



 仔馬は小さな声でつぶやいた。富永は顔を歪めながら、そっと、その首をやさしく撫でた。



「お前のお母さんは、強い馬だった。だからお前も……強く生きるんだぞ」



 「うん。つよくなる」



 その瞳には、幼さの中に確かな光が宿っていた。







 ***


 一月後。春の風が牧場を包むころ、ひとりの男性が泰平ファームを訪れた。



「この仔馬が今年産まれたキャンペンギャルの子?」



「ああ、そうだよ。父親はサンデーサイエンスだ。利発そうな顔立ちだろ?」



 なぁ、坊っちゃん?と大野田は首筋をポンポンと優しく叩く。その仔馬はプルルルと鼻を鳴らして首を大野田に擦り付けた。



 柵越しに仔馬を見つめる男────栗東所属の調教師、蒼井はその様子を見ながら、人懐こいな。とつぶやく。



「少し、歩かせてみてくれないか?」



 蒼井に言われるまま、牧草地の中を引き綱を引きながら右へ左へと何度か歩かせる。



「どうだい、気に入ったかね?」


「うん、いや……これは、惚れたな」



 蒼井は笑みを浮かべ、そっと仔馬の額をなでると、仔馬は気持ち良さそうに目を細める。鼻筋に通る流星が日差しを反射してきらりと光った。



「お前、いい目をしてるな。走りたいって顔だ」


「ぼく、いちばんはやいんだよ。だれにもまけたくない!」



 その無邪気な声に、蒼井は表情を緩める。



「なるほど、負けたくないか。立派なもんじゃないか。サラブレッドの宿命をよく分かってるな」


と小さくつぶやいた。






 産まれてすぐに母と別離した仔馬は、スタッフのサポートを受けてスクスクと育っていった。


 その人懐こさから、自分を人間だと思ってるのでは?と、笑いの種にされ、いつしか『坊っちゃん』と呼ばれるようになった。



 そして────


 二年後、一頭の馬が馬運車に揺られて旅立っていった。


 坊っちゃんと呼ばれたその馬は、栗東の蒼井厩舎に到着する。


 馬運車から現れる一頭の黒鹿毛。

彼の名は────スペシャルデイズ。


 “Born to Run, Born to Shine.”


亡き母の想いと牧場の夢を背負い、特別な日々が今、始まる。

お読みいただきありがとうございました!

次回は来週金曜日か土曜日を予定しています。

私の好きなお馬さんがモデルなので頑張ってどんどん書いていきますよー!!


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☆☆☆☆☆→★★★★★にしてもいいよ 

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