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42 その男、菊への挑戦③

前回のあらすじ

 菊花章がスタートする。スティルゴールドは入れ込みの影響から折り合いが悪い。静かな前半戦から勝負の後半戦へと物語は進んでいく。

42

────『テイエントップダン先頭でニコーナーに差し掛かります。このあたり若干馬群が縮まってきた様です』────



 秋の日差しを受けた緑の芝の上を十八頭が駆けていく。ドドドと蹄音を響かせ、迫るレースの分水嶺を見逃さんと、スタンドのファンはターフビジョンに注目する。


 先頭のテイエントップダンが逃げるが、二馬身差まで後続が近づいてきていた。


 二番手にノートンウェイ。差がなくトーコントルネード、内からはダイヤオーシュウが続き、逃げるテイエントップダンにプレッシャーをかける。


 先行する馬たちに遅れて、オマタセフクノカミは五、六番手のまま。鞍上の皆江の手綱は握られたまま微動だにしていない。

 

 そんなフクノカミの外からパラライズビートがじわっと上がっていく。フクノカミの外の進路を蓋するかのように、前に出ていった。前走の再現を狙ってか、トニーメン産駒の強みである末脚の持続力に勝機を見いだし、四谷のアクションのもと、パラライズビートは静かに動き始めた。


 そして、同様に早めに仕掛けることで自慢のスタミナの恩恵を得ようとする馬がもう一頭いた。



「行くぞ、ブライトン!ここから勝負に出る!」



 松木のゴーサインを受け、馬群の中段後方にいたメグロブライトンが動き出す。

 

 先行する馬たちを全て飲み込もうとして、三コーナーの手前で前との差をどんどんと詰めていった。



 スタンドからはどよめきが起こる。京都外回りでの早すぎる仕掛けに、誰もが驚きの声を上げる。



────『ここでメグロブライトンが上がっていった!早すぎないか?早すぎないか松木?』────



 ファンの声を代弁するように実況のアナウンサーが上ずった声で叫ぶ。


 そんな不安の声をよそに、ブライトンの目は前方を真っ直ぐに射貫く。迷いのない眼差しは決意の現れ。オレンジの帽子は人馬一体を表すように乱れのないフォームで馬群の外を捲っていった。




 その頃、シロクジジャスティスはまだ後方で動きがなかった。のまま脚を溜めていた。



「まだや!ここから動いたら止まる!勝負どころはまだ先やぞ!」



 藤山がジャスティスに叫ぶ。耳をピクリと動かし、シロクジジャスティスは逸る気持ちを抑えながら内らち沿いを走る。

 手綱は抑えられたまま、我慢する。さながらそれは、限界まで弦を引いた弓のように。押さえ込まれた手が放されるその時まで、ジャスティスは内でじっと我慢する。





 三コーナーの下り。後続馬が接近している気配が濃くなる。オマタセフクノカミはゾワリとするその気配を察して、耳を絞った。


 鞍上の皆江はまだ仕掛けない。いや、仕掛けられない。ここから加速すれば外を回ることになるのは明白だ。スタミナ面を考えれば、それは避けたい。


 そんな心理から皆江はギリギリまで仕掛けを遅らせることを選択する。


 そんなオマタセフクノカミをよそに、内からスティルゴールドが、外からはメグロブライトンが並びかけていった。



 蹄音がドドドと響き、観客の歓声が大きくなる。まもなく四コーナー。


 ───最後の直線の攻防が始まる。






「いくで!」


 藤山が見せ鞭でゴーサインを示す。待ってましたとばかりにシロクジジャスティスは蹴り脚を強め、一気に加速していく。跳ね上がる芝。歪む景色。一番人気に応えるため、前方の馬たちに栗毛の弾丸が襲いかかった。




────『四コーナーを回り勝負の直線!テイエントップダン先頭!リードはほとんどない! パラライズビート上がってくる!内からスティルゴールドとダイヤオーシュウが伸びてくる!』────




『粘れぇぇぇ!!』


『差せ!差せ!差せ!』


『マオぉぉぉぉ!!』



 レースも大詰め。スタンドからは様々な声援が飛び交う。




────『ここで一気にメグロブライトン!外からメグロブライトンが先頭に並びかける!』────


 

 陣営の狙いどおりの展開。松木も見事なタイミングでの追い出しだった。



「よっしゃ、いけぇ!」



 調教師の麻生の口からも自然と声が漏れる。管理馬が先頭に立つ瞬間、背筋がゾクリと震える。その声とともに願いのこもった拳が握られた。




────『メグロブライトン前に出る!シロクジジャスティスも後方から差を詰めてきているが、前には馬群が!』────



 残り二百のハロン棒が見えてきた。メグロブライトンが捲った勢いをそのままに早々と先頭に立つ。


 栄光のゴールまであと二百と少々。松木の左ムチを受け、ブライトンは粘り込みを図る。その足取りはまだまだ余力いっぱい。力強く、ターフを蹴り上げて前進していく。



「押しきれぇぇ、ブライトォン!!」



 しかし、そうはさせまいと後続馬が襲いかかってくる。



────『ブライトン先頭────! ここで内から、最内から飛んでくる! オマタセフクノカミ!一気に差してきた!!』────



 トライアルの再現を期待するファンの声を受けて、オマタセフクノカミの剛脚が稲妻のようにターフの上を駆け抜ける。



 一方、シロクジジャスティスは馬群の中で抜け出すのにもたついていた。



「くっ!?ジャスティス、外や!外からいくで!」



 垂れてきた馬とそれを追い抜こうとした馬たちによって、抜け出そうとした進路が紙一重で塞がってしまう。

 外に進路を切り返さなければいけない事態に、藤山は思わず舌打ちする。


 外に持ち出しながら、藤山は右ムチを使い、ジャスティスにスパートの合図を送る。

 

 グッと踏み込んだ後肢によって弾ける芝。ぎりぎりまで溜め込んだ末脚は強烈な推進力を産み出す。大きなストライドとなって栗毛の馬体が矢のように伸びていった。


「届けやぁぁー!!」


 たづなをしごきながら、叫ぶ藤山。それは進路取りのロスを何とか挽回しようとする気合いの現れであった。




(……いける。いけるぞ!)


 四コーナーに入る前、オマタセフクノカミの前には先行していた馬が進路を塞いでいた。ここが他の競馬場であれば直線に入っても抜け出すことはできなかった。


 ────しかし、皆江は最内のさらに内をついて抜け出してきた。


 外回りと内回りの合流地点。内らちを欠くその区間を使って、最内にフクノカミの馬体をねじ込んだ。


 一歩間違えれば大事故に繋がりかねない進路取りだったが、それを可能にしたのは、内にいた馬を一気に交わすあの剛脚だった。


 フクノカミを信じた皆江のコース取り、その期待どおりに剛脚を発揮したフクノカミ。人馬一体となり、京都競馬場の直線に一陣の風を引き起こした。





────『最内からオマタセフクノカミ!勢いが違う──! メグロブライトンとの差がどんどん詰まる!!』────




 沸き上がる大歓声。粘るメグロブライトン。しかし脚色は完全にオマタセフクノカミ。粘るか、交わすか。





 スティルゴールドは限界を迎えていた。折り合いを欠いたレース前半がスティルの体力を削り取っていた。


 脚が鉛のように重い。頭が上がる。これ以上は……



「頑張れスティル!あと少しでゴールだ!」


 猪熊の声が響く。首を押して相棒の動きをサポートする。懸命に脚を動かして前へ進もうとする。



 ────その時、スティルゴールドの内側を一陣の風が抜けた。



 並ぶまもなく追い抜いていった栗毛の馬体。ゼッケン四番をつけたオマタセフクノカミだった。


 食い下がる暇もないほど、一瞬で追い抜かれ、どんどんその背が小さくなっていった。




────『内から一気にオマタセフクノカミ!!ブライトン抵抗!その後ろ、ダイヤオーシュウも差を詰める!!


馬場の中央からオレンジの帽子、トキノエクセレントも良い脚だ!シロクジジャスティスは一番外から!これはちょっと苦しいか!?』────




 残り百のハロン棒を過ぎたところで、ついにオマタセフクノカミがメグロブライトンを捕まえる。



────『先頭変わった──! フクノカミ先頭に立つ!やはりこの脚は本物だった! 並ぶ間もなく、突き抜けたぁぁぁ!!!』────



 

 ゼッケン四番が先頭でゴール板を駆け抜けた。同時に歓声が爆発する。京都競馬場が震えた瞬間だった。









 電光掲示板に到着順を告げる数字が点っていく。


 勝ったのは四番・オマタセフクノカミ。


 一馬身差での二着争いは三頭の争いとなった。ゴール寸前でダイヤオーシュウがメグロブライトンをハナ差で差し切り、トキノエクセレントはクビ差及ばす四着となった。


 五着は外から追い込んだシロクジジャスティス。進路取りの不利と距離の問題かゴール前で脚が止まってしまった。




 皆江は馬上で息を整え、フクノカミの首筋をポンポンと優しく叩いた。それは戦友への労いであり、勝ちきれたことへの安堵でもあった。


 皆江とフクノカミの弾む息が交わる。汗と芝の匂いに包まれる中、皆江はゆっくりと目を閉じる。



「……ようやったな。フクノカミ」



 目を開けてウイニングランを始めると、勝者を讃える拍手と大歓声が二人を出迎える。



「ミナエェー!」


「フクノカミィー!」



 凄まじいコールがこだまする。

 スタンド前に戻ってきた二人を、秋の陽が包み込んだ。


 皆江は人差し指でフクノカミを二度、三度と指を指す。


 “勝者はこいつだ”と伝えるように。


 観客が湧き、拍手と歓声が京都の空へと吸い込まれていった。





 レースを終えた馬たちがゆっくりと検量室へと引き上げていく。どの馬も疲労困憊。初の三千メートルを限界まで走り抜けた結果だ。


 スティルゴールドも同じように疲れた体を引きずるように引き上げてきた。


 初のGⅠレースは八着。


 スタートの失敗、折り合いを欠いた道中……、なんともほろ苦い初GⅠとなってしまった。



「俺は……弱い」



 遠くで聞こえる歓声。勝者の名前を呼ぶファンの声がここまで聞こえる。



 いつか、自分も────



 悔しさを噛み締めながらも、絶対に下は向かない。もっと力をつけて、必ずこの舞台に戻ってくる。


 スティルゴールドはそう心に誓った。

 滾る瞳。


 後の世で“不屈”と呼ばれる彼の物語は、まだまだ終わらない。


お読みいただきありがとうございました!

これにて、スティルゴールドのお話は一時終了となります。

次はいよいよ、ダービー馬で天皇賞春秋制覇を成し遂げたあの馬がモデルのお話に入っていきます。


しばらく更新が空きますので、ぜひブクマしてお待ちください!


感想もお待ちしています(ФωФ)

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☆☆☆☆☆→★★★★★にしてもいいよ 


という優しい方、★お願いしますー

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