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39/61

39 その男、争う

2日連続更新です。まだ前話を見ていない人はご注意を!






前回のあらすじ

待望の初勝利を上げたスティルゴールド。一夏越して成長を見せる。秋初戦はいきなりの試金石に。

39 

 京都競馬場のスタンドは、秋晴れの空に映えるようにぎっしりと人が詰まっていた。場内モニターには出走馬のパドック映像が映し出され、観客たちは赤ペン片手に新聞とにらめっこを続けている。



「一番人気はオマタセフクノカミか。ブライトンかと思ったんやけどなぁ」


「前走の神戸新聞杯がめちゃんこ強かったからなー。直線だけで全頭差しきったのはサブイボたったわ」


「このトニーメン産駒はどうなん?前走も古馬相手になかなか走ってたんやないか?」


「上がり馬やろ?パドックはなかなか落ち着いてたで。ここでも通じそうではあるなぁ」


「あーだ、こーだ。ありゃまこりゃま」




 思い思いの馬に◯や△が書き込まれ、ファンの期待と不安が混じり合う。


 京都新聞杯。菊花賞への最後のトライアルレースだ。その舞台に相応しい新旧勢力、好メンバーが秋の澄んだ空気に包まれる京都に集まっていた。




◇

 京都新聞杯の舞台───芝外回りの二千二百メートル───は、春のクラシックを戦った実績馬と、夏に力をつけてきた上がり馬の激突の場である。GⅠを前にして、ファンにとっても陣営にとっても見逃せない一戦である。


 一番人気はオマタセフクノカミ。神戸新聞杯では、あっと驚く後方一気を決め、サイエンススズランを差し切った新星。脚質転換の一戦で見せた豪脚は、直線だけで全頭をごぼう抜きしただけでなく、完全に抜け出していたサイエンススズランを並ぶ間もなく抜き去った。このレースを見ていた競馬ファンの記憶に鮮烈に刻まれていた。


 二番人気はメグロブライトン。皐月賞、ダービーと一番人気を背負いながら勝ち切れず惜敗。ラスト一冠にかける想いは誰よりも強い。生まれ故郷のメグロ牧場にとっても、菊花賞は縁あるレースだけに、麻生調教師も──何としてもこの馬でクラシックを──と熱が籠る。


 三番人気のパラライズビートは夏の上がり馬。古馬相手の重賞でも善戦を続け、安定した走りを見せている。父トニーメンの産駒は秋以降に本格化する馬が多い。陣営からはここでも通用すると自信のコメントが出されているが果たして。



 競馬場に詰めかけたファンの間では冒頭のような議論が止まないが、レースが近づくにつれ、徐々に人気はオマタセフクノカミに集まっていった。



 池野は視線の先を歩くスティルゴールドを見つめていた。春は未勝利戦をさまよっていたが、夏前から少しずつ力をつけ、黒のブリンカーとともに変貌を遂げた漆黒の馬体。初勝利から三戦二勝とステップアップし、秋初戦に京都新聞杯を選択した。今回、世代トップとの初対戦となる。


 人気は七番人気。重賞実績馬たちの陰に隠れた存在に過ぎない。だが、池野の心は弾み、確かな手応えに比例して、期待感で溢れていた。


 

 騎手が騎乗して地下馬道へと向かう。それを見送った池野は、誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。



「……スティル、ファンの度肝を抜かしたれ!」




◇


 ファンファーレが鳴り響く。GⅡ独特の高らかな旋律に、スティルゴールドは耳をピクリと動かした。澄み渡る秋空を見上げると、陽光がきらりと光った。


 ゲート入りが始まり、各馬が続々と収まっていく。


 最内からスタートする一枠一番のオマタセフクノカミは、大きな馬体を揺らしながら堂々とゲートに入っていった。威風堂々。そんな言葉がぴったりな雰囲気を纏い、人馬ともに自信を持って臨む。


 順調にゲートに収まっていき、一番最後に大外十二番・トーマステラスが収まる。






────『ゲートイン完了!いざ、菊花賞への指定席。その切符を手にするのはどの馬か?京都新聞杯、……スタートしました!!』───





 ガチャン!とゲートが一斉に開いた。それとほぼ同時に各馬が蹄音を響かせながら、飛び出していった。


 出遅れはなし。


 しかし、逃げ馬不在のこのレース、明確な意思を持って先頭に立つ馬はいなかった。メインスタンド前を駆ける十二頭。興味深そうに、あるいは祈るように、様々な表情をしたファンの視線を浴びながら、秋の淀を走っていく。


 周りの出方を伺うような慎重な先行争いは、青い帽子の馬が押し出されるように先頭に立つ。四番テイエントップダンがハナにたった。鞍上の和賀は、口を真一文字に結んで、一コーナーへと入っていった。


 覚悟を決めた和賀を背にして、テイエントップダンは逃げに出る。一馬身、二馬身とじわじわ差を広げながら、後続の馬たちを従える。


 後続馬たちはポジション争いを繰り広げながら、詰まった馬群を形成して、最初のコーナーへとなだれ込んでいった。






◇

────『さあ、バックストレッチに入りました。依然として先頭はテイエントップダン。単騎の逃げとなりました。三馬身差の二番手にはトーマステラスとランドスピッツが追いかけます!』


『一番人気のオマタセフクノカミは内らち沿い、六番手あたり。前走は圧巻の末脚!ここからどんな競馬を見せてくれるのか?二番人気のメグロブライトンは定位置、シンガリから末脚勝負にかけます!』────




 逃げ馬不在の展開。平均よりやや遅いペースでテイエントップダンが悠々と逃げる。

 

 トーマステラス、ランドスピッツを先頭とする馬群は差のないままそれに続く。


 このレースの人気馬たちは一頭を除いて中団に固まっていた。オマタセフクノカミはラチ沿い六番手。それをマークするようにパラライズビートがぴたりと外につける。

 


 そして、スティルゴールドはオマタセフクノカミを視界に入れながら、斜め後ろを追走していた。鞍上の猪熊は、一番人気の動きを視野に入れながら、その動きを観察する。



(フクノカミは折り合っとるな。ただ……コーナーはやっぱり膨らむところがある。最内枠はあんまり歓迎されんはずや)



 そう思案しながら、相棒の走りに安堵する。黒ブリンカーを付けてから、折り合いは格段に良くなった。休み明けの馬体ではあるが、夏を越えて身体に真が入ったというか、春とは走りが変わったことを猪熊は悟る。



(これなら……)



 猪熊の心に、奇妙な自信が芽生えていた。





◇

 内らちを走るオマタセフクノカミの背で、騎手の皆江勝彦はどっしりと構えていた。


 剛腕で追える騎手としてファンからも認知される皆江だが、すでにベテランと呼ばれて久しい。先輩騎手も数えるばかりとなり、自身も鞭をおく日が遠くないと思っている。


 彼の騎手人生で多くの名馬の手綱を握ってきた。晩年に出会った傑出馬が三冠馬マルタブライアンだ。

 そんな強者の背中を知る皆江からみても、フクノカミの前走は出色の末脚と言える。寡黙で謙虚な男も勝利騎手インタビューでは、興奮を隠せずに思わず手応えを口にしてしまう。


『ラスト一冠。菊花賞は勝ちたいですね。この脚が使えれば……期待してください!』


 のちに、これは騎手の領分を越えた発言だったと自省する。


 

 そんな皆江にしても、フクノカミの京都新聞杯への出走は予想外であった。しかし、そこで調教師に差し出口をするのは彼のポリシーに反する。彼はいつものように淡々と調教に跨がり、いつものようにイメージトレーニングを重ねてレースを迎えた。──自分にできることに専心して。





◇

(少し外に出したかったんだがな、こうもマークされるとはな)



 向こう正面に入るまで、内らちに縫い付けられるように外への進路を塞がれてきた。馬群は一団を形成したまま、隊列に大きな変化はない。


 ここに来てテイエントップダンの騎手がペースを落としたようだ。先頭を走る馬の背が近づいてきた。



(慌てず騒がず。末脚勝負なら望むところや)



 スローペースからの決め手勝負。騎手たちもレースを見守る調教師たちも、そして競馬ファンも、誰もが直線勝負を意識していた。


 だが、そんな停滞した流れをあえて壊そうとする馬がいた。




────『まもなく三コーナーを迎える十二頭!ここで一気に中団からオレンジの帽子が飛び出してきた!トーコンイーグルが上がっていきます。さらにシロクジライトニングも動く!捲っていった!』────



 末脚勝負では分が悪いと踏んだ馬たちが、三コーナーの下り坂を利用して一気にまくっていった。


 競馬場内にざわめきが広がる。急な変化を見せるレースの中で、一人の男の口角が上がる。



(よし……外が開くぞ)



 猛然と上がる二頭をやり過ごし、空いたスペースを冷静に見定める。京都外回りコースは、四コーナーのカーブがきつい。あのスピードでは外に膨れるのは間違いない。猪熊は徐々にスティルゴールドの進路を外に誘導し、じわじわとポジションを上げるように先頭集団を追いかけていった。




◇

 京都新聞杯も大詰めを迎え、四コーナーと直線の攻防を残すのみとなった。案の定、勢い良く捲っていったトーコンイーグルとシロクジライトニングは四コーナーで外に膨らんでいく。



────『先頭はテイエントップダン!一馬身!外からトーコンイーグル、ムチが入る!!シロクジライトニング追いすがる!後続も一気に差を詰めてきた!!』


『馬場の真ん中から緑の帽子・パラライズビートが一気にやってきた!逃げるテイエントップダン!しかし射程圏内に捉えたか!ここで一気にパラライズビートが先頭に立つ!!』────


 

 人気の一角、三番人気のパラライズビートが先頭へ。誰かが″早い!″と叫ぶ。しかし、その叫びは沸き上がったスタンドからの歓声によってかき消されてしまう。


 ファンの視線はまだ馬群を抜け出してこない一・二番人気の馬に向く。オマタセフクノカミはまだ内らちの六番手のまま。メグロブライトンは大外に進路をとる。各馬思い思いの進路から最後の攻防が始まった。




「行くぞ、スティル!」



 猪熊が手綱をしごく。黒いブリンカーの下でスティルゴールドの瞳がきらりと光り、一気に加速する。早々と確保した外の進路から馬場の真ん中に出て、力強く脚を伸ばす。順位が次々と入れ替わる。先頭までは四馬身ほど。だが手応えは抜群だった。





◇

──『残り二百メートル!パラライズビートが先頭!しかし後続馬が襲いかかる!!』──



 パラライズビートが先頭も、その脚は早仕掛けの影響で鈍り始めていた。そこに外からメグロブライトンが飛んでくる。鞍上の松木がムチを振るい、手綱をしごく。ラスト一冠へ、もう負けられないとばかりに気迫の籠った追い込みを見せる。



──『パラライズビート粘る!真ん中からスティルゴールド!外からはメグロブライトンが差を詰める!』


『オマタセフクノカミは内でまだ抜け出せない!ピンチだ!』──




 

 それは一瞬の出来事だった。まさに電光石火の早業。

 

 前で進路を塞いでいた馬たちが左右にわずかにヨレたことで生まれた一頭分の隙間。その隙間に皆江とフクノカミは迷わず突っ込んだ。




──『ようやくオマタセフクノカミ馬群を割ってきた!ここから届くのか!?』


『前は三頭の争──、い、一気にフクノカミ!!ものすごい脚だ!あっという間に──、差が──、詰まる!!』──




 進路を得てからの伸びは前走の再現のようであった。出色の脚で先頭争いをする三騎にあっという間に襲いかかった。

 ラチ沿いを縫うように、フクノカミの巨体が弾丸のように伸びる。誰もが『届かない』と思っていた差がみるみる内に無くなっていく。





 パラライズビートの騎手・四谷の背筋に悪寒が走る。四谷はスタンドから響く声も相まってライバル馬の接近を予感する。


 ちらりと外を見れば、黄色の帽子が迫っていた。



「ビート!もう少しや!!頑張れ!!」



 ムチを使って檄を入れる。それに応えるようにパラライズビートはもう一伸びを見せる。




──『パラライズビート粘る!外のメグロブライトンも懸命に脚を伸ばす!しかし、しかし、やってきた!!オマタセフクノカミいぃ!!並ぶまもなく──、突き抜けたあぁぁぁーーー!!!』





 瞬く間に前の馬を捉えたオマタセフクノカミ。必死に先頭を争っていた三頭を一気に交わして突き抜けた。


 ゴールの瞬間、実況の絶叫が競馬場に響き渡る。競馬ファンの度肝を抜いた神戸新聞杯に続き、京都新聞杯をも圧倒的な差し脚で制してみせた。





──『強い!強い!オマタセフクノカミ、阪神・京都のトライアルを連勝!間違いない、菊花賞の主役はこの馬だ!』──




 ざわめきが止まない京都競馬場。ターフビジョンではゴール前の映像が再生されている。二着は粘ったパラライズビート。わずか四分の三馬身遅れて、三着には猛然と追い込んだメグロブライトンが入った。スティルゴールドは惜しくも四着に終わった。




◇

 息を弾ませながら戻ってきたスティルゴールドを、池野は笑顔で出迎えた。



「お疲れさん。最後は切れ負けやな。負けはしたが、力は見せれたな」



「はい。スティルは全力で走ってくれました」



 以前に比べればスムーズな競馬が出きるようになったが、やはり最後の直線ではヨレるところがあった。猪熊が直ぐに矯正したのと、周りの馬が内外離れていたため審議の対象にならなかったのは幸いだった。


 スティルゴールドは俯いたまま、池野に悔しさを表す。



「みんな強かった。もっと強くならないと、駄目だ。……明日からもっと練習する」



 レースの疲労もあるのだろう。ポツリとスティルゴールドが声を絞り出す。しかし、その声には確かな意志が感じられる。


 猪熊は自分の汗を拭いながら、黒いブリンカー越しにスティルの顔を撫でて声をかける。



「そうだな。またしっかり稽古して、今度は勝とう!」



 スティルゴールドは鼻を鳴らして応える。


 上位三頭に遅れること一馬身ほど。四着で賞金加算も優先出走権も得られなかったが、ここまでの東西のトライアルの結果から、菊花賞への出走は叶いそうだった。

 

 今日のレースは世代トップ層との差を痛感する敗戦となったが、それでも力を付けていることは示せた一戦となった。





 池野は二人を見つめ、静かに告げた。





「次は──、菊花賞や!」



 その言葉に、スティルゴールドは顔を上げる。その瞳は力強く輝いていた。世代最強たちとの再戦。その舞台で、今度こそもっと食らいついてやる。漆黒の馬は、そう心に誓った。





 決戦の舞台。菊花賞まで、あと三週間。


お読みいただきありがとうございました!


次回は菊花賞の前編です。しばらく更新が空きますので、また気長にお待ちください!


10月末頃の更新予定です(ФωФ)予定ですけどねー

==============

☆☆☆☆☆→★★★★★にしてもいいよ 


という優しい方、★お願いしますー!

ブクマしても良いよって方は是非お願いしますー!

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