03 ダービー馬の隣人はクセが強い?
前回のあらすじ
フジワラの熱意に心打たれ、ジャポン行きを決意したサンデー。しかしジャポンまでの道のりは逆風そのものだった。ジャポンに無事にたどり着けるのか?
03
空港から出て外に出ると、冷たい風が頬を撫でる。サンデーサイエンスは首をすくめながら、初めて訪れた北海道の地を見渡した。
「……ケンタッキーよりも寒い気がするな。」
11月下旬にもなれば、北海道では冷え込む日も多く、雪が積もることもある。この日も日中の最高気温は5℃の予報であり、冷たい風が吹いていた。
「サンデーサイエンスさんですか?フジワラから言われてお迎えに上がりました。」
ちょうどタクシーを捕まえようかと、タクシー乗り場を探していた所にフジワラの手配した牧場スタッフが現れた。
「フジワラの?そうか。よろしく頼む。」
手短に挨拶を交わして、スタッフの案内のもと車に乗り込む。カチカチと方向指示器の音とともに車が走り出した。
「空港からは30分あれば着くと思います。お疲れでしょうから、寛いでいてください。」
『分かった。』と一言だけ答えて、サンデーは俯いたまま口をつぐんだ。その後は誰も口を開かないまま、静かすぎて居心地の悪さを覚えるほど重たい空気が漂っていた。
実の所、サンデーサイエンスはものすごく疲れていた。ロサンゼルス発の飛行機の中では、隣に座ったオバサンの香水の匂いがキツくて鼻が痛くなったり、夜は夜で反対隣のオジサンのイビキと歯ぎしりのコンビネーションで殆ど眠れなかったのだ。
『これはドッキリ番組か何かなのか?!』と、度重なる不運にサンデーはフジワラにメールで愚痴を溢していた。
ただでさえ、異国の地に来た不安や新たな仕事へのプレッシャーで、ナーバスになっていた所に睡眠不足と疲労が重なり、サンデーのイライラはピークを向かえていた。
目を閉じて身体を休めていると、徐々に外から聞こえる音が少なくなっていった。そして予定通りの時間が経つ頃に、フジワラの牧場に到着した。
フジワラの牧場、名をヤシロファームと言う。
ヤシロファームは、ジャポンでも最上位クラスの規模を誇り、とても充実した施設を持っている。
生産馬の総合成績においては常に国内1位の座を維持しており、過去に在籍していたノーザントーストは、11年連続種牡馬成績1位という金字塔を打ち立てた。
これまでもヤシロファームは世界中から馬を購入してきた。繁殖用の馬はもちろんのこと、競走馬を購入して引退後に繁殖用に迎え入れることも多かった。
中でも繁殖として成功を収めた馬には、フランスの凱旋門賞という大レースを勝った『トニーメン』や母親が大レースで6勝した『リアルシャザイ』などがいた。
そういった実績のある繁殖馬にサンデーはこれから先、立ち向かわなければならないのである。
アメリカで不要とされて間もないサンデーには、かなりのプレッシャーがかかっていることは、読者の皆さんにも容易に想像できるだろう。
◇
「ようこそ、サンデーサイエンスさん。あなたの新しい挑戦をスタッフ一同、心から応援します。」
ここは、ヤシロファームのスタリオンステーション。その責任者であるおじさんが歓迎ムードで迎えてくれた。
オレの疲れた様子を察してか、今日はこのまま厩舎に直行することになった。寝泊まりする馬房とその付近の施設を簡易的に説明され、オレは馬房内に入り、さっそく寝床に横になった。
「はぁー、すげー疲れた。 もうさっさと寝ちまおう。」
ごろ。ごろごろ。ごろごろごろ。
…………ね、眠れねぇぇぇ!!
あれか?枕が変わると寝つきが悪いってやつか?それとも時差ボケってやつか?どうする?どうしたら眠れるんだ?
「新入りさん、こんばんは。眠れないなら少し僕とおしゃべりでもしないかい?」
「……誰だ?どこにいる?隣の馬房か?」
「そうそう。お隣さんだよ。これからよろしくね?キミはどこの出身だい?」
「オレはジャポンで種牡馬として成功するためにアメリカからやってきた。すでに成功を収めた馬が何頭かいるらしいが、オレは誰にも負けないつもりだ。」
「そうなんだね。スタッフさんたちから話を聞いたけど、キミはすごく期待されてるみたいだね。ボクも現役の頃に天皇賞や菊花賞を勝って引退して繁殖馬になったんだけど、ボクの祖父や父も天皇賞を勝ってるから『四世代での天皇賞制覇を!』って期待がすごくて……はは。」
隣の馬はおそらく顔でも掻いているのだろう。見えないけどな。
祖父、父親、コイツと続く連続記録を止めちゃいけないというプレッシャーか。なかなか簡単な事ではないな。
「お互い期待される身……というやつだな。オレにはオレの事情があるから手加減するつもりはサラサラ無いが、一ライバルとしてお互い頑張ろうぜ。」
「いいね、野望に燃える男って感じが。キミは体育会系でしょ?さっきチラッて見たけど色黒だし、熱血スポ根男子って感じ。例えるなら年中練習して真っ黒になってる野球部のイメージだね!」
「あぁ、夏場は特に日焼けが濃くなってな。あまりに黒いから、よく焦げ臭そう?って言われて……ねーわ!日焼けじゃねーからな?生まれつきこの毛色だからな?」
はっ、何だ今の話し方は?!この手は何だ?!壁の方に向かって手が出てしまった。身体が勝手に反応した、だと?
「おー、ナイスなノリツッコミだね!ジャポンは初めて?初めてでそんなツッコミができるなんて、キミ、ジャポンの水が合ってるんだよ!さすが、ワールドクラスのコメディアン!」
「コメディアンじゃねーわ!!」
はっ、また勝手に身体が反応してしまった?!どーなっちまったんだオレは……。
「あはは。キミ、面白いね。これから先仲良くやれそうだよ。あ、そろそろ夜も更けてきたし寝ようか?また明日、おやすみ!」
オレが困惑しているうちに、隣のヤツは床についたようだ。ほどなくスースーと寝息が聞こえてきた。
口や身体が勝手に動いた理由は分からないが、眠れなかったから話相手ができて助かったぜ。気持ちが解れたのか、丁度眠くなってきた。
あー、そういえば、肝心の名前を聞くのを忘れてしまった。明日起きたら尋ねない……と…………。
◇
「おはようございます、サンデーさん。朝ごはんの準備ができましたよ!」
サンデーサイエンスは牧場スタッフの声で目が覚めた。んー……と伸びをして、もそもそと朝食を食べ始める。
ジャポンの食事もなかなかイケるなーと思っていると、隣の馬房から馬が連れられていく気配がした。
「お、隣のヤツ早いな。もう外に出ていくぞ。昨日のおしゃべりの礼を言わなきゃな、どれオレも外に行ってみるか。」
サンデーは身支度を整え、スタッフとともに放牧地に向かった。
放牧地では白色や茶色、灰色、黒色と多様な毛色の馬たちが目に入ってきた。仲良く駆けている馬や草の上でごろ寝している馬など、思い思いに行動している。
サンデーはぐるりと辺りを見回すと、柵に寄り掛かってこちらを見ている一頭の芦毛の馬に目が止まった。
『新入りに対するいびりか?よし、その挑発買ってやろうじゃないか』と、サンデーは肩を回しながらゆっくりと近づき、その芦毛の前で立ち止まり睨み返した。
しかし、芦毛の馬は微動だにしない。
「…………。」
もう少しびびらせてやろうと考えたサンデーは追い討ちをかけるように、睨みながら低い声で話しかけた。
「よう、オレはサンデーサイエンスってもんだが、オレに何か用か?ケンカしたいなら喜んで買うぜ?」
「……スー、スー。」
「寝てるのかよ!!目を開けたまま寝るって、そんな高度なスキルいらねぇよ!何のために磨いてるんだよ、その技!?」
サンデーは盛大にずっこけそうになりながら、なんとか耐えた。
その大きなツッコミを受け、芦毛の馬は覚醒する。
「んぁ?……あー、ごめんごめん。お日様が気持ちよくて、つい寝ちゃったよ。ボクに何か用?」
よだれが垂れていないか確認するように、手で口許を拭いながら芦毛の馬はサンデーに謝罪してきた。
「ん?あれ?……キミは、サンデーサイエンスくん……だよね?昨日ぶりじゃないか。」
「あ?お前……昨日の夜、オレとしゃべっていた馬か?!四世代での天皇賞制覇を期待されているってヤツ?」
「あはは。覚えてくれていたんだね、嬉しいよ!改めて自己紹介!ボクが天皇賞の四世代制覇を期待されている名馬、メグロマックイーンだよ。よろしくね?」
手を顔の脇くらいまで挙げて、メグロマックイーンはにっこりと微笑んだ。
突然の再開。昨日の会話で『おどけたヤツだなぁ』と思っていたサンデーは、昨日のヤツと目の前の芦毛の馬が同一人物であることが物凄く納得できた。それとともに、『こんなクセが強い隣人と今後どう接していくべきか……』と少し悩むサンデーであった。
────これが、サンデーサイエンスが生涯の大親友となるメグロマックイーンとの出会いであった。
サンデーと大親友のマックイーンとの馴れ初めでした。
知らない土地に来て、気軽に話せる友人ができると気持ちが楽になりますよね。サンデーにとってもマックイーンの存在は大きかったと思います。
次回はサンデーのお仕事の話を予定しています。
順調に行けば1週間後の(金)夜に更新できる……といいなぁ笑
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