13 ダービー馬の息子が走り出す③
前回のあらすじ
サンデー期待の初年度産駒・フジヒカリ。そんな彼にゲート難が発覚する。悩むヒカリのために堺調教師が妙案をひねり出す。そのお陰で無事にゲート試験をパスしたヒカリは、晴れてデビュー戦を迎えることになった。
と言う訳で、今回は新馬戦のお話です!どうぞどうぞお読みください!
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────二歳・新馬戦 千二百メートル(新潟競馬場)
8月の新潟は茹だるような暑さが続いていた。そんな中、無事にゲート試験をパスしたフジヒカリのデビュー戦の地に新潟競馬場が選ばれた。
新潟競馬場は中央競馬のローカル場としては特徴的な長い直線と平坦なコースを持つ。ここでは、特にスピードと瞬発力が求められるが、ゲート難を克服したフジヒカリにとっては力を出しやすい舞台だと言える。
そんな目論見をもって、チーム・フジヒカリは栗東から新潟までやってきた。そして今、レース前のパドックをゆったりと歩いている。
盛り上がった四肢の筋肉。程よく絞れた腹周り。そして自信に満ち溢れた表情。フジヒカリは万全の仕上がりを見せていた。
「ヒカリくん、今日はよろしく頼むよ!」
係員の号令を受け、今回フジヒカリに騎乗する蛯沢がやって来た。蛯沢はヒカリに挨拶をしてから、厩務員のおじさんの手を借りてフワリとヒカリの背に跨がる。
「蛯沢くん、スタート次第だが先行策で行きたい。頼んだ」
「堺調教師、分かりました!善処します!」
蛯沢は堺とわずかに言葉を交わし、ヒカリとともに本馬場に向かっていった。
◇
────さぁ、最後の直線!先頭はここでフジヒカリに替わったか?わずかに先頭はフジヒカリ!内、三番キタノユキグニ追いすがる!後続馬にも鞭が入った!先頭との差を一気に詰めたいが、果たしてどうか?
残り二百メートル!先頭のフジヒカリが一気に突き放した!あっという間に三馬身、四馬身と差を広げる!
これは、強いぞ!六番フジヒカリ、完全に抜け出した!
離れた二番手は外から伸びてきたスーパーシニア!内からキタノユキグニが粘っている!
しかし、先頭は完全にフジヒカリ!すでに後続には大きな差をつけている!
一番人気ツバメザリターンは苦しい!まだ五、六番手あたりか!
先頭はフジヒカリ!今、ゴールイン!最後は持ったまま!圧勝です!新潟の地から楽しみな馬が現れたぁぁぁー!!
離れた二着は四番スーパーシニア!三着はゴール前追い込んだゴールデンアップル!
一番人気のツバメザリターンは敗れました!!
◇
「ヒカリ、初勝利おめでとう!どこか痛いところは無いか?」
フジヒカリが見事な初勝利を飾った日の夜。遠征先の厩舎に堺がやってきた。そしてヒカリを労いながらリンゴを切ったものを差し出す。
「ありがとうございます。特に痛みはありません」
フジヒカリは堺から差し出されたリンゴを受け取り、シャクっと一口噛む。
その瑞々しさと優しい甘みは、レース後の疲れた身体にじんわりと染み渡る。
「そぉか。オーナーからは放牧に出て一息入れたら、次は関西圏のレースに出したいそうや。レース後の体調に問題がなければ明日には移動しようか?」
「分かりました。明日移動するつもりで準備しておきます」
差し出されたリンゴを食べながら、ヒカリは堺と今後の予定について話し合った。
『ほいじゃあ、お疲れサン!』と、堺が立ち去ろうとした時に、ヒカリは堺を呼び止めた。
「あぁ……堺さん。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」
「お願い?なんや言ってみい?あぁ、リンゴはさっきのでもぅ品切れやで!」
「リンゴはもう十分ですけど、実はお願いが……」
少し小さい声でヒカリは自身のお願いを口にした。それを聞いた堺はきょとんとした後に、ニヤニヤしながら『オーケイ、そんくらい御安いご用や!』と返事をして厩舎から出ていった。
◇
───北海道ヤシロファーム
「サンデーさん、お電話が来ているそうですよー」
「オレに電話?……誰だ?アンナ、誰からの電話か聞いてるか?」
「あぁ、ごめんなさい。誰からか確認し忘れました。確認してみますか?」
サンデーは少し考えた後に、『いや。直接、電話相手に尋ねた方が早いな』と、つぶやきアンナから受話器を受け取った。
「Hello。サンデーだ。君は誰だい?」
「……もしもし。父さん?ヒカリです。この間はありがとうございました。先週、デビュー戦を走って勝ちました!ゲートも問題なく出れるようになったんです!今なら父さんの言うガッとかビュッとか何となく分かります!次は関西のオープン戦に出る事になったんですが、また勝てるように頑張ります!目指すは二歳チャンピオンです!父さんもテレビから応援していてください!それではまた!」
「は?ヒカリ?あ、おい!ちょっとま───」
矢継ぎ早に捲し立てられて、サンデーがろくに話をする間もなく、受話器からは無音が返ってきた。
その電光石火の有り様に、サンデーは呆気に取られて目が点になっていた。
ハッと我に返り、受話器を見るが既に何の反応もない。
「あぁ?突然あいつ何なんだよ。一方的に電話を掛けてきて、自分の言いたいことが言い終わったら切るなんて!まったく誰に似たのか、せっかちな奴だ!」
サンデーは目を吊り上げ、受話器を持ったままブツブツと文句を言う。
「あ、もう電話、終わったんですか?」
アンナはサンデーから返された受話器を受け取ろうとして、ふと、サンデーの口角が上がっていることに気づいた。
「フフフ……何か嬉しいことがあったんですか?」
アンナがサンデーに問いかけた。サンデーは一瞬気恥ずかしそうな顔をした後に咳払いをして、アンナに理由を話した。
「あー……息子から、初勝利を挙げたって報告があったんだ」
「あ、ヒカリくんですよね?レース映像見ましたけど、好スタートから先行して圧勝でしたよ!すごーく速かったです!」
「……そうか。速かったか」
そう一言だけ呟くサンデーサイエンス。しかし、アンナは満足げな表情を浮かべるサンデーを見逃さなかった。そして自身も柔らかな笑みを浮かべるのだった。
◇
「ふぅーーー……緊張したぁぁ」
電話を切ったヒカリは、受話器を握りしめたまま大きく息を吐いた。
父と子とは言え、産まれてからこの方一緒に生活していた訳でもなく、何なら父の事で耳にするのはアメリカのスーパーホースとしてのそれである。
幼き頃から憧れた競走馬サンデーサイエンスと話をするのは、さながらハリウッド映画のスター俳優と電話することに等しかった。
そんな思いが少しだけ変化する。きっかけは勿論、先日のサンデーからのお小言だ。
やや一方的ではあったが、サンデーと直接話したことで、それまで別世界にいたサンデーサイエンスが、少しだけ身近に感じられるようになった。
だが、テレビの中の人が現実に生きている事を理解したところで、緊張はするものだ。
堺に頼んでサンデーのいる牧場の連絡先を教えてもらったフジヒカリだったが、数日前から電話するべきか悩み、掛けようと決めても数分後にはちょっと待てよ、と逡巡していた。
それを見かねた堺が牧場に電話を掛け、サンデーを待つ間にヒカリに受話器を投げたことで、ヒカリは無事に電話で報告することができたのだった。
しかし、緊張のあまりまともに会話することもできず、1分にも満たない一方的な報告になったのは次回に向けた課題と言える。
「ヒカリ、あんな手短な報告で良かったんか?もっとゆっくり話したらえぇのに……」
堺は苦笑いを浮かべながら、ヒカリから受話器を受け取る。
ヒカリも眉尻を少し下げ、苦笑いと照れが混ざったような微妙な笑みを浮かべ、『いやぁ、あのくらいで十分です!あれ以上となると、何を話せばいいか分からないので』と顔を掻く。
そんなやり取りにより、自然と堺とヒカリとの間には笑い声があがるのだった。
ヒカリは堺にお礼を言って、事務所を立ち去ろうとするが、入り口の所で足を止めた。そして堺の方に振り返り────
「次は……二歳チャンピオンの報告の時は、もう少しちゃんと話をします」
ヒカリと堺の視線が交差する。少しの沈黙の後、ヒカリは事務所から出ていった。
その足取りは力強く、真っ直ぐに突き進む。それは、決して揺らがない決意を表すようであった。
内に燃え盛る情熱を抱きながら、断固たる決意を胸に、フジヒカリは父サンデーサイエンスの背中を追いかけ始めた。
ヒカリのデビュー戦はいかがでした?
今後に期待が持てる内容でしたね。
次回は来週(金)の予定です。どんな話になるのかお楽しみに~(ФωФ)
※まだ何も決まっていません
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