11 ダービー馬の息子が走り出す①
本日より第二章、開幕です!
こんにちは、こんばんば。初めまして、お久しぶりです!みなさま、お楽しみください!
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時は流れ、サンデーサイエンスの初年度産駒たちはすくすくと育ち、二歳を迎えていた。
一般に競走馬は二歳になると美浦か栗東のトレセンに入り、新馬戦に向けて厳しいトレーニングを積んでいく。
サンデーサイエンスの産駒は初年度ながらも多くの馬が誕生した。産駒の評判も好評でセールなどでその多くが売買され、競走馬になるための訓練を受けながら育てられていった。
ここ、栗東の堺厩舎にも一頭のサンデーサイエンス産駒の牡馬が入厩していた。
その馬は育成牧場時代から関係者の評判になっており、サンデー産駒の中でも一、二を争う馬だと見込まれていた。
その馬の名を『フジヒカリ』と言う。
フジヒカリを初めて見たオーナーは、サンデーサイエンスによく似た漆黒の馬体で躍動する姿から、サンデーのように光輝く活躍を という願いを込めてその名が付けられた。
そんなフジヒカリは現在、栗東のウッドチップコースを周回していた。
入厩して間もないため、馬なりで走るように指示が出されていたのだが、スムーズなコーナーワーク、直線を向いてからの加速、どれを取ってもデビュー前の若駒のそれでは無かった。
調教師の堺は、うわさの若駒がどんなものかスタンドから双眼鏡を覗き込んで調教の様子を観察していたが、その動きに驚きを隠せなかった。
「……こんな馬に出会えるとは、な。うちに預けてくれたオーナーに感謝せなあかんなぁ」
フジヒカリと助手の毛利を迎えるため、立ち上がった堺は、自分の膝がブルブルと震えているのに気づく。おおお、武者震いやなぁ と独り言ちて太ももをぴしゃりと叩き、コースの出入り口の方に向かうのだった。
◇
「ヒカリに毛利、お疲れさん。コースを走ってみてどうやった?何も問題は無いか?」
堺はコースから引き上げてきたフジヒカリ達と合流すると、開口一番に異常がないかを確認した。これだけの動きをする期待の若駒だが、競走馬である以上いつ怪我をするか分からない。過去にも多くの馬が、怪我によって引退に追い込まれたり、最悪のケースでは命を絶たれたりしていた。
堺はこれだけの馬を預かる以上、無事に引退する日まで、些細なことも見逃さないように決意していた。
「……別に。問題ないよ」
フジヒカリはツンとした態度で堺の問いに返答する。それを聞いた堺は、そうか、なら良かったわ。と応えて助手の毛利に続けて問いかける。
「毛利、フジヒカリに乗ってみて、どうやった?」
「調教師、すごいです!とても二歳馬とは思えない乗り味です!来年のダービー、行けますよ!」
「あほぉ!まだデビュー前なのにそんなこと言うたら鬼が笑うで!」
堺は興奮気味に話す毛利を窘めて、厩舎の方に引き上げるため手綱を引いた。
「まぁ、動きが良いのは間違いないから、デビュー戦をいつにするか……オーナーと相談せんといかんなぁ」
堺はそう呟きながら、厩舎への道を三人で歩くのだった。
◇
「くそ!!!」
フジヒカリはイライラしていた。普段のコースでのトレーニングは伸び伸びと走り、二歳馬ばなれした動きを見せているのだが、新馬戦を走るために必ず合格しなければならないゲート試験に何度も落ち続けていたためだ。
「まだゲートは開かないのか?俺は誰よりも速く走るんだ!だからまずは良いスタートを切らなきゃ……」
もともとフジヒカリは真面目すぎる所があった。偉大な父のようになるためには、レースで証明しなければならない。だからうまくスタートを出て、一番でゴールを駆け抜ける必要がある。
そんな想いがゲートを目前にすると溢れ出てしまい、それがイレコミにつながっていた。
そんな前進気勢が強すぎる状態のため、ゲートの中での駐立が上手くいかなかったり、ゲートが開くタイミングと合わず扉にぶつかってしまったり、逆に出遅れたりとなかなか上手くいかなかった。
フジヒカリは、これまでの練習で褒められることはあれど、他の馬ができるのに自分はできないでいることを受け入れられず、その事で大きく自尊心を傷つけていた。焦るほどに前進気勢が強くなり、失敗は増え、同じ失敗を繰り返す自分にフジヒカリは腹が立っていた。
「ヒカリ、終了時間が迫ってるから今日のトレーニングはこの辺で終わりにしよか」
毛利とヒカリはコース内での走行を終え、トレセン内のゲート練習ができる場所を訪れていた。ほぼ日課になりつつあるゲート練習だが、いまだに上手くゲートを出ることができない。毛利は苛立つヒカリを宥めながら、まだまだ時間がかかりそうだと感じていた。
トレーニングを終え、フジヒカリを厩舎に帰した後で毛利は堺のもとを訪ね、今日の様子を報告する。堺は事務所で各馬のスケジュールやトレーニングの記録をパラパラと眺めていた。
「調教師、お疲れさんです。ヒカリのゲート練習ですが、一向に改善がみられません。どうも、気が急いてしまうようです。こりゃあレースの時もイレ込んでしまうんじゃないか、不安です」
「そうか、あかんかぁ。ヒカリはプライドが高い所があるし、助言されても素直に飲み込めんところがあるんかなぁ。どうしたもんか……そうや!良いこと思い付いたで!」
椅子に座って考え込んでいた堺は、何か閃いたのか膝をポンと叩いて立ち上がった。
「アイツのお父ちゃんに助言してもらうのはどうやろ?なんてったって、誰よりも速く駆け抜けたケンタッキーダービー馬で、年間最優秀ホースに輝いたスーパーホースや。俺もあのダービーを見た時はあまりの強さにサブイボやったわ。サンデーから助言してもらったら、ヒカリも何かきっかけをつかめるんちゃうやろか?」
「あぁ、なるほど。じゃあヤシロファームに頼み込んでサンデーサイエンスに助言してもらうって訳ですね。そりゃあ、良いかも知れないですね」
「題して、サンデーお悩み相談室や!よし、さっそく牧場に連絡してみよ。何事もやってみることが大事や」
思い立ったら即行動を信条とする堺は、さっそくヤシロファームに電話をかけ、電話口のスタッフに責任者のコジマに取り次いでもらうのだった。
◇
その夜、フジヒカリは部屋の中で今日のゲート訓練の様子を思い出していた。
彼はこれまで他の馬より自分が劣ると思ったことはない。むしろ育成牧場時代から他の馬よりも抜きん出て速く走れていた。褒められることはあれど、失敗をした経験は皆無であった。
育成牧場のスタッフからも“未来の三冠馬” “サンデーの再来” など並々ならぬ期待と賞賛の言葉をかけられてきた。スタッフは口を揃えて父サンデーサイエンスの偉大さを賞賛する。
フジヒカリは、そんな声を耳にしているうちに、いつしか『自分は周りの馬よりも優れている、特別な馬なんだ。父のように偉大な馬にならなければいけないんだ』、自然とそう思って育ってきた。だが……
「“サンデーの再来”……か。ははは、誰がだよ」
ポツリと口をついた言葉はヒカリの内面をよく表していた。何度やってもうまくいかないゲート練習はヒカリの自尊心にヒビを入れる。『自分は大した馬ではないのではないか』、と疑念を持たせるのに十分な数の失敗をヒカリは重ねてきた。
もちろん、闇雲に練習していた訳ではない。毛利からのアドバイスにも耳を傾け、ゲートに入る前に深呼吸をしたり、メンコを着けてみたり、いろいろ試行したのだが結果は伴わなかった。
「少しくらい速く走れても、ゲートを出れなかったらレースにならないじゃないか。こんなんじゃあ、父のようになんて到底無理だ……」
ゲート試験。それは、幼少の頃から周囲の期待を受け止め、真摯にトレーニングに臨んできたフジヒカリにとって、初めてぶち当たった壁である。
フジヒカリが厩舎の部屋で一人悩み苦しんでいた頃、そんなフジヒカリのもとに息を切らして毛利が飛び込んできた。
「ヒカリ!事務所に一緒に来てくれ調教師が呼んどるんや!」
「え、ちょっとまっ!?」
ヒカリの手を掴み、部屋から連れ出そうとする毛利。ヒカリは戸惑いつつも、慌てている毛利の様子から、ただ事でないと判断した。
手を引かれて事務所に向かって歩きながら、ヒカリは何があったのか考えを巡らすのであった。
次回は来週(金)を予定しています!
お楽しみに~(ФωФ)
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