第8話 お断りに行ったはずが
「とにかく、一緒にライオット家に挨拶に行くのです」
母が応接室に私を呼び出し、言いつける。
「ええ?そんなの恥ずかしすぎるよ。お母様が行ってきてよ」
私は、露骨に嫌な顔をする。
あんな大恥を晒した後に、彼に合わせる顔がない。
「馬鹿いいなさい。一度断った縁談を、再度申し込んで、また断るなんて!挨拶も無しに、そんな事が出来ますか!」
母が、珍しく大きな声を出して私を叱る。
「はーい…」
私は、渋々従う事にする。
数日後、私と母は、ライオット家を訪れた。
玄関をノックすると、一人の年老いた女性が出てくる。
「あらあら、これはアースキン夫人とお嬢様。息子と嫁は、もうすぐ戻りますので。孫のジョナルドは居りますから、中でお待ち下さい」
女性は、ジョナルド卿の、お婆様らしかった。
縁談を断る話は、知らないようだ。
私と母は、狭い応接室に通され、お茶を出される。
やがて、ジョナルド卿が現れて私達の前に座る。
ジョナルド卿の、お婆様は、横に座った。
「まったく、この子は不器用でねえ。子供の頃から女の子にはフラれてばかり。こんなに美しい名家の令嬢と縁談が持ち上がるなんて…ジョナルドは本当に喜んでねえ」
重苦しい空気が流れかけた時、お婆様が笑顔で話し出した。
「一度、断られたのに再開を望まれるなんて、本当に二人の気持ちが無ければありえない事。断られた時は、ジョナルドは本当に落ち込んでしまって…。本当に良かったわ。この子、あなたの事が本当に好きみたいで」
お婆様が、空気を読まない発言を続ける。
「お婆様…」
見かねたジョナルド卿が、お婆様が喋るのを止める。
「自動車の音にまで気が廻らず、咄嗟に機嫌を取ろうとレディ・シェイラに似合わぬ子供の遊び場に連れていった挙句、あの様な姿まで見せ、誠に失礼いたしました。このジョナルド、この縁談を本気で考えております。何卒ご再考をお願いしたい」
ジョナルド卿が、テーブルに擦りつけるほどに頭を下げ、そう言った。
「…」
私は、胸が苦しくなって絶句してしまった。
彼ほどは縁談を真剣に考えず、軽はずみな言動をしていたのは私の方だ。
恥ずかしくて逃げ出してしまいたくなる。
「一つだけ、教えて下さい。ジョナルド卿は、私の事をどう思っていらっしゃいますか?私は、そんなに思われる資格があるほど、立派な人間ではありませんよ」
私は、なんとか言葉を絞り出して断ろうとする。
「もちろん、一人の女性としてお慕いしております。あなたは、正直で心の綺麗な方だ。でなければ、あれほど自分の非を認める事は出来ません。それに、あれは非ではありません。一人の女性として幸せを正直に求めただけです。誰が非難出来ますでしょうか?私では、あなたの希望を充分に叶えられないかもしれません。しかし、出来るだけの事はいたします。どうか、私の元にきてほしい!どんな事があっても、離しません」
ジョナルド卿が、そうはっきり言った。
「…!」
私は、ジョナルド卿の言葉に驚いて、両手で口を塞いだ。
「シェイラ。これはもうプロポーズですよ。どうするのですか?」
母が、私を見て言う。
「あらあら、この子にも、こんなにはっきり女性に気持ちを伝える事が出来たのね」
ジョナルド卿の、お婆様も驚いている。
「あ、いや、気持ちが昂りすぎて、失礼を…」
ジョナルド卿が、場の空気に、あたふたする。
「嘘を、おっしゃったのですか?」
私は、ジョナルド卿の目を見て、真剣な言葉で伝えた。
「いえ、本心です!嘘偽りは、ございません」
ジョナルド卿は、姿勢を正し、私の目を見て真剣に答えた。
「ジョナルド卿に、ここまで言わせて断っては、アースキン家の名が廃ります。こんな年上で、二度も離縁された女ですが、貴族の娘の誇りは失っておりません。覚悟は決めました。どうか、貰ってやって下さい」
私は、ジョナルド卿に、そうはっきり言った。
「まあ、良かった。若いっていいわねえ」
お婆様が、笑顔で言う。
「失礼な言い方をするんじゃありません。好きなら好きと、はっきり言いなさい!良かったわねシェイラ。この方なら、今度こそ、あなたを幸せにして下さいます」
母が、涙を浮かべて私の肩を抱いてくれた。
「ありがとう、お母様。私は、彼を愛しているみたい。今度こそ、良い妻になります」
私は、母の手を取って誓った。
ジョナルド卿は、私の”愛している”という言葉を聞いて、真っ赤な顔で、かちこちに固まっている。
そこに戻ってきた、ライオット家の御当主と御夫人は、私達が縁談を断りに来ていると思っていたので、この空気は何の事か分からない顔をしていた。
「今、二人の婚約が決まったんですよ」
お婆様が、二人に伝える。
「おお、それはそれは。どうしてそうなったか分からないが、めでたい話だ!」
御当主は、そう言って喜んでいる。
こうして、私シェイラ・アースキンと、ジョナルド・ライオット卿の婚約が決まった。
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