第7話 ミュージアム・デート
そして、お付き合い再開の日。
私は、そわそわしながら屋敷の前でジョナルド卿を待つ。
後ろにはジェーンが見送りに立っている。
「ブーン」
軽い響きと共に、向こうから1台の小さい自動車がやってくる。
2人乗りのオープンカー。
まだ出回り始めたばかりの機械だ。
私は、少し眉をひそめた。
この五月蠅い音をたてる新しい機械が、あまり好きではなかったのだ。
「キキ―!」
高いブレーキ音と共に、その自動車は私の前に止まる。
そこから、ジョナルド卿が降りてくる。
「お久しぶりです、レディ・シェイラ!」
満面の笑みで、彼が私を見つめる。
白い礼服に付けられた勲章の数が増え、階級章が騎士団長のものになっている。
久しぶりに見た彼は、一段と凛々しく見えた。
「はあ…ところで、この自動車は?」
私は、軽く溜息をついて、そう言った。
もっと笑顔にならないと、会えて嬉しいと伝えないと!
心の中の気持ちと行動が、ちぐはぐになってしまう。
「王より、褒美として賜ったものです。これで、出かけるのが女性に人気と聞きまして!」
ジョナルド卿が、笑顔で言う。
「私から、お付き合いの再開を伝えましたが、調子に乗らないで下さいね。最初は、ガタガタの馬車を持ってきて、再開したら五月蠅い自動車ですか? まったく学ばない方ね」
私は、冷たい声で、そう言い放つ。
「も、申し訳ありません…」
ジョナルド卿が、しゅんとする。
わー、馬鹿馬鹿!どうして、こんな事を言ってしまったの?
久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、どうして伝えられないの!?
手紙なら素直になれるのに、直接は無理!
私とジョナルド卿は、その自動車に乗って、街に出掛ける事になった。
昼食は、おいしい牛肉の食べられるバルに入った。
食事は美味しかったが雰囲気を変えるきっかけにはならず、重苦しい空気が流れたまま。
ああ、何とか空気を変えないと。
それは、ジョナルド卿も同じ様だった。
店を出た彼は、街の広場に移動式の遊園地が開催されているのを見つける。
楽し気な音楽が流れてきていた。
「そうだ、あそこを見物していきませんか?」
彼は、予定に無かった事を言いだした。
私は無言でついていく。
中では、大道芸人達が芸を披露し、馬の人形が回転するメリーゴーランド、小さな観覧車などが廻っていた。
「何よ、これ。子供が遊ぶもんじゃない」
私は、興味の無いものばかりで、思わず悪態をついた。
「ガアオオオ」
大きな黒いドラゴンの着ぐるみが叫び声をあげながら、近づいてきた。
「ほらほら、あれとかよく出来てますよ!」
彼が、なんとか盛り上げようと言った。
「…」
私は、顔を引きつらせながら、後ずさりする。
その時だった、最悪の事が起きたのは。
「なんだ?シェイラじゃないか」
グレーの長髪を後ろで結んだ緑色の高級そうなコートを着たキザな男が、私に声を掛けてきた。
長身で、鼻筋の通った綺麗な顔をしている。
彼は、美しい女性を数人連れていた。
私の二番目の夫、コーデニス・トバイロン
大商人の跡取り息子だ。
「ほう、今度の男は、魔物退治で大活躍している騎士団長様か。相変わらずのミーハーだな」
彼は、ジョナルド卿を見ると、鼻で笑った。
「お気を付けなさいジョナルド卿。この女は、あなたが出世したから言いよってきたのでしょう?昔から、自分の美しさを鼻にかけ、男をあさり贅沢ばかりしたがる卑しい女なのです。それなのに、夜の方は、からっきしのマグロでして…」
コーデニスは、にやにやしながらジョナルド卿に言った。
「そろそろ、その口を閉じられよコーデニス殿」
ジョナルド卿は、そう言うとコーデニスの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「ひいいい、獣人!」
コーデニスが、悲鳴を上げる。
いつの間にか、ジョナルド卿の体が大きくなり、2mはあろうかという大男に変っていた。
服は筋肉でパンパンになり、瞳は黒から金色に変って爛々と輝いている。
髪は、たてがみの様に伸び、全身毛むくじゃらになっていた。
まるで、上半身だけ、本物の熊になった様だ。
私達、貴族には、一般の人とは違う、家系で受け継がれる魔法の力が備わっている。
騎士の家系である彼には、戦闘系の能力が備わっているはずだ。
噂には聞いていたが、これがライオット家の魔法の力。
「やめて下さい、ジョナルド卿!それ以上は、無事では済みません!」
私は、そう叫んだ。
「も、申し訳ありません。レディ・シェイラ!」
彼は、コーデニスを離した。
コーデニスは、女性達を連れて逃げ去った。
場所が良かったのか、ジョナルド卿の変身を見ても、大した騒動にはならなかった。
「この様な不気味な姿を見せて、申し訳ありません。しかし、彼があまりに、あなたを侮辱するものですから」
膝まづいて頭を下げると、ジョナルド卿は、そう言った。
「コーデニスの言っている事は、本当なんです!私は、離縁された王子を見返したくて、イケメンで大金持ちの彼と結婚したんです!贅沢して、かっこつけたかった!王子に離縁されたって幸せですって見せつけてやりたかった!コーデニスの事なんて、どうでもよかった。そうしたら彼、すぐに浮気しだして…」
涙をポロポロ流しながら、私は自分の気持ちを吐き出した。
「あなたの事だって、騎士団長に昇進したと聞いて惜しくなったんだと思います。だから、コーデニスの言った事は、本当なの!私は、恥ずかしい!今日だって、伯爵家の令嬢として舐められたくなくて冷たい事を言って…。私は、あなたに、ふさわしいような女じゃないんです!ごめんなさい!」
私は、そう叫ぶと、その場を走り去った。
駅馬車に飛び乗って、それからどうしたかは、よく覚えていない。
家に帰った私は、再びジョナルド卿との縁談を断ってくれるように両親に頼んだ。
こっぴどく怒られたが、私は、どうしても見合いを続ける事が出来なかった。
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