ブラックホリデー
ひどく傷んだ果実をガリガリと噛みながら、その甘味に浸る。美しいものなどヴィーナスにでも持たせておけばいい。それよりも生命としての壊死に向かいいつつ、なお抗おうとする所作の方が私には合っている。
携帯が鳴るのと舌打ちのタイミングがかぶる。この着信音は、ひどく私を不快にさせる。現状いくらもない受信のなかでわざわざ「彼」だけの音を設定したのにはわけがあった。近頃お目にかからないようなドリーミング・・・真逆の性質を持っている「彼」に対する皮肉である。むしろ、せめてものストレスフリーであった、はずだ。
カーテンを開ききったガラス張りの夜の景色を見下ろせばポツポツとオレンジの灯が山の端まで燃えつつあり、それはこの学生寮の名物となっているわけだが・・そこに接した、つまり今自分が座っている椅子と机の場所に似つかわしくない形相が浮かぶ。
いけない。
落ち着け。
杖を無造作にとり、冷水を飲んでから息を吐く。この技は繊細さも要求される。暴発してはたまらないからな。
「発動」
円を描けば突如、一室だった空間に穴ができる。じわじわと浸食していく先に現れる目的場所。空間魔法と呼ばれるものだ。さて、今日はどんな”急用”の任務だろうか。
残業代だけはきっちりと払ってもらわないと。
「副校長室へ。」
ザリ・ザロア。魔術という概念を除けば、ごく一般の学生である。
ーーー02
「んじゃー、そういうわけで、」
「そういうわけで、どういう了見ですか?」
副校長室にいる。
「凄むなよ。俺はちょろーっと忙しいの・・。だいたい間に合うだろ、君なら? というか君しかいないんだって、空間魔法のプロなんだから。いつも通り、迷い込んだ一般人をもとの世界に返す。それだけだ。」
一人がけソファーで頭をかく自称30歳の副校長は、緑色の肌に2本の頭角・・・悪魔と呼ばれる種族である。この時点でお気づきかとは思うが、実は学校自体歴史が不明であり多分に秘密を抱えている前提がある。
彼のような存在でも認知はされている。最も、稀だが。
いつも通り、の言葉で嘆息する。魔術が実践である限り、年齢だの学歴だのといった社会的な立場との境界が薄いのは事実だ。だがこうも立て続けに睡眠時間を削られ、学生としてのプライべートまで浸食されては少しの嫌味でも言いたくなる。
そもそも原因さえ突き止められればいいのだが。彼?それはない。
「残業代をください。」
「分かってる分かってる。してもしなくても事務長が隅々重箱の埃まで目を通してるからな。・・やんなっちゃうね」
「嘘ね。」
「後付けしても事務長にしっかり聞こえてましたよ。あの目を見てください。」
「あーあ、ドラ〇もーん♪」
「半音階にしますよ?」※事務長
「え、むしろ音程が残ってる時点で何が起きるのか不気味なんだけど。」
じゃあ行ってきます、という前に、校長の顔が一瞬固まった、ように見えた。慌てて隠した資料のなかに日付の古いデータが混ざっていたのを見逃さない。
「あ、ザリちゃん、悪ぃ。一般人なんて説明したけどこれ、間違いだったわ、ドラゴンだから!ドラゴンが突如開いたゲートから出てっちゃったんだわー。」
「・・・・・は?」
「うん、だから、連れ戻してきて。」
視界が回る。なんだ、なにが起きた?なにがどうしてこうなった??
遠くなる景色の中で手を振る・・・副校長。 おまえか。
私より空間操れてんじゃん!?という野暮なツッコミはしない。
遠くなる景色のなかで、そのふざけた顔に返す。
お ぼ え て ろ