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「お姉様〜。」
甘ったるいハートの飛んでいそうな声で呼び掛けられたのは、そろそろ昼食に向かおうかと部屋を出て玄関フロアに降りて行ったところででした。
玄関から顔を覗かせた満面の笑顔のロザリーナさんと、引っ張られるようにして入って来た何か箱を一杯抱えたコルステアくん、そしてその後ろを綺麗なお姉さんとお付きのやはり荷物を抱えた人達が入って来ました。
「まあ、何て可愛らしくて綺麗な魔力のお嬢さんかしら。」
綺麗なお姉さんがこれまたハートマーク付きなうっとり笑顔で呟いていて、コルステアくんが死んだような目になっています。
「ええと? ロザリーナさん、コルステアくん、こんにちは! そちらの綺麗なお姉さんは?」
よくよく見ると、そのお姉さんちょっとコルステアくんと似てる?
これはもしかして??
「あらぁ、お姉さんだなんて、もう流石女の子よね? 持つべきものは無愛想な息子じゃなくて、可愛い娘よ!」
謎の力説を受けて引きつった顔で固まるこちらを意に介さず、お姉さんはスタスタと歩いて来ます。
「初めまして、コルステアの母のセイナーダよ。レイナードの義理の母にもなるから、貴女のお母さんよ。」
にこにこと自己紹介してくれたセイナーダさんですが、どう見ても20代にしか見えないんですが、コルステアくんの年齢を考えると、どう計算しても30代半ば過ぎの筈です。
怖いので、勿論年齢確認なんかしませんが。
「ええと、レイカです。ランバスティス伯爵から聞いてらっしゃると思うんですけど、レイナードさんと中身と性別が入れ替わった、異世界から来た人間です。」
取り敢えず必要最低限事情を含めた自己紹介をしておくと、セイナーダさんにはにこりと微笑み返されました。
「聞いているわよ? 異世界から中身だけ男の子のレイナードの身体にいきなり招かれて、それは苦労したでしょう? 心配しないで、レイカちゃん。これからは私がお母さんとして貴女の事きちんと面倒見ますからね?」
ルイフィルお父さんの奥さんが友好的で、本当に良かったです。
「あの、お世話になります。宜しくお願いします。」
こちらもきちんと頭を下げて挨拶すると、セイナーダさんは更に優しい顔になりました。
「これまで、レイナードには可哀想な事をしてしまったから、その分も込めて、しっかりお母さんさせて頂戴ね。」
そう言えば、ルイフィルお父さんが言ってましたが、セイナーダさんはレイナードの魔力が無理だったとか。
その辺りもその内詳しく聞いておいた方が良いでしょうか?
「さて、まずは。男達が全く気が利かなさ過ぎた衣服から始めましょう?」
言ってセイナーダさんは引き連れて来たお付きの人達に合図します。
「レイカちゃん、お部屋に案内してくれるかしら? 取り急ぎで既製品しか用意出来なかったのだけど、色々持って来たのよ? 一先ず困らないくらいは。」
ゾロゾロと付いてくるお付きの人達の抱える荷物の量から、一先ず、に首を傾げそうになりましたが、考えない方向で行こうと思います。
昼食の為に出て来た部屋へ引き返すべく階段を上り切ったところで、部屋の側でオロオロしているハイドナーを見掛けました。
「あれ? ハイドナー、目が覚めた?」
朝一で部屋に踏み込んで来て、騎士団の人達に床に沈められていたハイドナーは、誰かが彼の部屋に運んでくれたそうです。
騎士団に所属の貴族出の騎士さんには、レイナード同様お付きの従者がいる人が他にもいるらしく、そういった従者さん達が寝泊まりする従者部屋が宿舎の片隅にあるそうです。
「あ、あの。レイナード、様?」
躊躇いがちに呼び掛けて来るハイドナーとは、レイカになってから直接事情説明も出来ていませんでした。
「あら、ハイドナー。貴方まだレイナードの側に居たのね。」
後ろから来たセイナーダさんが若干冷たい口調で割り込んで来ます。
お母様、ハイドナーに何か思うところでもあるんでしょうか?
「え? セイナーダ様?レイナード様と一緒に??」
それにしても、ハイドナーってレイナードが女性化してるのに、割と平然としてますね。
「そだ。ハイドナーとはちょっとお話しなきゃね。」
ほろ苦い顔で2人の間に入って声を掛けてみると、ハイドナーの顔がパッと明るくなりました。
「はい! いえね、レイナード様に女装願望があったなんて知りませんでした。従者としてやはり私は至らないところが沢山あったのだなと。」
そのハイドナーのボケには皆がブリザード吐きそうな顔付きになっています。
「・・・ないよ? それはないと思うよハイドナー。」
仕方ないので突っ込んであげましたが、イマイチピンと来てない様子のハイドナーには、残念感しかありません。
取り敢えず、廊下でこれ以上騒ぐのも何なので、まとめて皆様部屋の中へお招きする事にしました。
因みに、腕の中でうたた寝するヒヨコちゃんと、足元に付いて歩くコルちゃんに誰も何も突っ込まないのは、ランバスティス伯爵家の皆さんだからでしょうか?
ちょっと色々不安になって来たことは内緒です。
ベッドやテーブルの上に積み上げられて行く箱がすごい量です。
テーブルの上に置かれた数種類の箱からは、焼き菓子が出て来ました。
「ハイドナー、お茶の支度をしてきてちょうだい。」
唖然としている内に、セイナーダさんに言い付けられたハイドナーが部屋を出ようとするので、慌てて呼び止めました。
「えっと、ハイドナー。ちょっと待って。」
ここでハイドナーと話し損ねると、また機会を失うような気がしてですね。
「はい、レイナード様。」
素直にこちらに寄って来るハイドナーに、サクッとお話する事にしますよ?
「あのね。貴方が仕えていたレイナードさんは、異世界に住んでいた私と、中身と性別が入れ替わってしまったの。つまり、貴方のレイナード様は、もうここにはいないのよ。中身だけなら、実は一月前から。貴方がレイナードさんの従者を辞めたその日、宿舎の玄関から出て行く貴方を見送ったのは、こっちに来たばかりの私だったから。」
ハイドナーが目を瞬かせながら、言葉の中身を理解しようと努めている様子です。
「レイナードさんがこちらに戻って来る事はもうないみたい。だからね、私は貴方の慕っていたレイナードさんではないので、従者は辞めて良いですよ?」
それでも目を見開いて固まっているハイドナーに、少し困った目を向けてしまいます。
「あー、あの。お給料は、ランバスティス伯爵に支払って貰うようにお願いしときますので。」
ハイドナーの懸念を潰すように先回りしてみますが、当のハイドナーは項垂れるように頭を下げて俯いてしまいました。
こうなると、ちょっと申し訳なかったような気まずい気分になりますね。
でも、一月で済んで、まだ傷は浅いんじゃないでしょうか?
今度こそ、良い再就職先見付かると良いんですが。
それも、今度会ったらお父さんに頼んでみることにしようと思います。




