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「失礼しまーす。」
声を掛けて入って行くと、会議室にはシルヴェイン王子が1人で座って、書類仕事を片付けているようでした。
「ああ、適当に座ってくれ。」
目を上げずに答えるシルヴェイン王子は、やはり忙しいようです。
その何割かは、ここ最近のレイナード絡みじゃないかという気がして、申し訳ない気持ちになりますね。
ここはお邪魔しないようにそっと側の椅子を引いて座っておきます。
隣の椅子には白狐のコルちゃんがちょこんと前足を揃えて座り、ヒヨコちゃんは眠そうに膝の上に乗ったままお腹の辺りに頭をスリスリしています。
目の前の会議机の上には指人形が出て来て足を投げ出して座っていますが、まだ契約前なのでシルヴェイン王子には見えないでしょう。
しばらく待ったところで、シルヴェイン王子が漸く書類の束から目を上げました。
「さて、余り時間は取れないがもう一度確認しておこう。レイカ殿は、本当に第二騎士団で女騎士になりたいのか?」
無駄なく核心からシルヴェイン王子の話しは始まりました。
「今の状況での最善がそれかなと思ったんですけど。」
こちらも端的に返していきますよ。
「うん、成る程な。だが、塔の魔法使い達と能力開発するのと、第二騎士団で私監修の下で能力開発するのと、結果は変わらないのではないか? 塔をそこまで警戒する理由は?」
冷静な突っ込みには、何というか返し難くくて困ったようにへらっと笑ってしまいました。
「分からないですかね? 塔の魔法使いさん達の歪んだ追求熱。国家に寄与するって名目で、あの人達何処までも手を緩めるつもりないですよ?」
特に、レイカが異世界から来たと知れば、遠慮などしなくなるかもしれません。
そこは、ランバスティス伯爵の娘という立場が多少の足枷になるかもしれないですが、それでも本当の魔力量や性質を把握されようものなら、密かにエセ賢者と同じような方向に走り出してしまうかもしれません。
「・・・あのですね。ここからは取り敢えず殿下にだけお話しますね。」
前置きをしてから真っ直ぐ目を向けると、シルヴェイン王子は少し小首を傾げて怪訝そうな顔になりました。
「私、レイカ個人は異世界の人間なので、未分化な魔力を聖なる魔法に変換する性質を持ってこちらに流れて来たんですけど。器が何分規格外なレイナードだったから、等価交換の関係上、有り余る魔力を聖なる魔法だけじゃなくて、それ以外にも使える特典が付いてしまったみたいなんですよ。それで魔王化はあり得ないと思うんですけど、素材として研究向きでしょう?」
ここ一月の付き合いで、シルヴェイン王子になら本当の事を晒しても大丈夫だと判断したんですが、もしここであてが外れたら、全力逃走でこの国から出るしかないですね。
「・・・そうか。」
そう相槌を打って、シルヴェイン王子は長考状態に入ったようです。
流れる沈黙の中、指人形がはらはらとこちらを窺っている視線を感じます。
何か言いたそうにそわそわしている様子に、仕方なくシルヴェイン王子の思考を遮ってしまうことにします。
「あのぉ。私が魔人と契約すると、何か問題ありますか?」
それを受けてシルヴェイン王子はまた目を瞬かせました。
「魔人から契約を持ち掛けられているのか?」
意外そうに問い返されて、こくりと素直に頷き返します。
「聖なる魔法特化であれば、その聖獣化したサークマイトと同じで無害認定されるだろうから問題はないだろうが。」
そう言ってからこちらを窺うようにじっと見詰めるシルヴェイン王子の視線にむず痒くなります。
「えーと。私と同じで実は特化じゃないとなったら?」
こちらもじいっとシルヴェイン王子を見つめ返してみると、少し眉を下げられました。
「ううん。恐らく、国家としては何かしらの制限を魔人に対して掛ける事を主人に強要することになるだろうな。そもそも、レイカ殿自身にも誓約書を求める可能性が高い。」
「国家の不利益になるような事をしないように、とか?」
「・・・そうだな。そういった類の魔法契約を結ぶ事になるだろう。」
濁さず言ってくれたシルヴェイン王子ですが、国を守る立場としてはまあ仕方のない判断でしょう。
「いずれ神殿の人間も神殿側への所属と何かしらの契約を求めて来るだろうが、それは断っても大丈夫なのか? 少なくとも神殿所属になれば塔や国家は表立って手出し口出しは出来なくなる。」
そちらに保護を求める方法も隠さずに示してくれたシルヴェイン王子は、やはり公平な人なんでしょう。
ただ、宗教の絡む団体って、これも行き過ぎると怖い存在なんですよね。
少なくとも、神殿関係者に会ってみたり神殿訪問してみてから、納得出来ればそちらの道もなくはないんでしょう。
ちょっとだけ人間不信に陥り気味なこちらとしては、自分の目で見て信じられるものしか受け入れたくない気持ちなんですよ。
「今のところ、殿下の率いる第二騎士団は信用出来るって思ってます。それから、ランバスティス伯爵や兄弟達もなんだかんだ大丈夫な気がします。でも、それ以外はちょっと直ぐには信用出来ません。」
正直に答えてみたところ、シルヴェイン王子は少し目を見開いてから、さっと目を逸らしました。
その頬が少し赤いように見えるのは、照れているのでしょうか。
まあ良いですが、貴方が私の命綱ですよって宣言は大事だと思うんです。
「そうか。では、レイカ殿を女騎士として第二騎士団に置くかどうかは、神殿をレイカ殿がどう位置付けるか決まってからということにしよう。」
確かに、シルヴェイン王子としても、女騎士登用は慎重に結論を出してからにしたいんでしょう。
王様への根回しや父へ許可を取る必要もあるのかもしれません。
「ということは、しばらく訓練とか任務にも参加出来ないんですよね? 割と暇になるんですが・・・。」
返してみると、ギョッとした顔をされました。
「訓練に参加?するつもりだったのか?」
そんなに驚かれるような話でしょうか。
「え? ダメですか? これまで一月レイナードとして参加して来たし。何するかくらいは分かってますよ?」
おずおずと返してみると、シルヴェイン王子が眉間に皺を寄せました。
それからこれみよがしな溜息が来ます。
「いっそ、私が保護すると表明すれば良いのか? 兄上の気持ちが分かる。なんて無防備過ぎるんだ。」
挙句にぶつぶつと小声で溢し始めたシルヴェイン王子ですが、聞こえてますよ?
「あの〜。何か問題ありました?」
そこでもう一度溜息を吐いてから、シルヴェイン王子は漸くこちらを向きました。
「色々と問題しかないな。第二騎士団には女騎士が居たことがない。男だけの集団だ。各地の魔物や魔獣討伐への支援の為に長期の遠征もある。女性の身では色々と困る事もある筈だ。これまでの君は外見は男のレイナードのままだったから第二騎士団で問題なく過ごして来れたが。君は女性だ。こちらも女性騎士を受け入れるとなれば、それなりに整える事が出て来るだろうし、それに伴う規則も必要だ。」
真面目に返してくれたシルヴェイン王子の言葉には納得するしかありません。
少ししょぼんとしてしまったこちらに気付いたのか、シルヴェイン王子が咳払いしました。
「しばらくは、図書館で魔法やこちらの世界の事を勉強するのはどうだ? 魔法の開拓や開発にならば、時間のある時に付き合おう。」
かなりの妥協案を引き出したのではないでしょうか。
「じゃ、餌やりの間隔を考慮した上で、ヒヨコちゃんとコルちゃん連れで図書館行っても良いですか?」
途端に、あっと慌てた顔になったシルヴェイン王子でしたが、直ぐに肩を落として脱力したようです。
「そうだな。君を暇にしておくと、碌な事が起こりそうにない。図書館への滞在は最低限に、基本的には借りに行く間だけにする事。ただし、図書館に連れて行く事で何某かの不都合が発生した場合は、直ぐに許可は取り消して、誰かに図書を借りに行って貰う方針に変更する。」
成る程、妥当な決め事ですが、速読チート持ちとしては、やはり自分で何を読むかは決めたいところですね。
と言う訳で、ヒヨコちゃんとコルちゃんを大人しくさせておく工夫を考えた方が良さそうですね。
シルヴェイン王子が話の分かる上司で本当に良かったです。
先の事はまだ不透明ですが、とにかく知識は何をするにも大事ですからね。




