93
会議室での話し合いの結果、午後に魔法使いの塔から正式な調査官が来て、コルちゃんが本当に聖なる魔法だけを使う、いわゆる無害な聖獣になったのか調べる事になりました。
いずれ話が伝われば、神殿からも人が来るだろうとのことでした。
その前にはシルヴェイン王子とエセ賢者の事も含めサシで今後の事を話し合いたいところですが、チラッと水を向けてみたところ、それには隊長達が難色を示していて、そこへ今朝1番のヒヨコちゃんの餌やりタイムが割り込んで話はうやむやになってしまいました。
ところでコルちゃんですが、聖獣化して魔力が底上げされたので、コルステアくんが張った結界が効かなくなってしまい。
放置するよりはレイカが離れず監視した方が良いという結論の下、連れ歩く事を許されました。
という訳で、朝食の為に向かった食堂の奥の指定席で、隣の椅子にコルちゃんとヒヨコちゃんがちょこんと乗っています。
「見事に真っ白になったなぁ。」
オンサーさんが呆れたように感想を述べてコルちゃんを眺めています。
「ですよね、真っ白でふわふわなんですよ? ギュッと抱き付くともう、究極の癒しです!」
力説してみると、オンサーさんには苦笑いを貰いました。
「魔物にしろ聖獣様にしろ、遠慮なく抱き締めて癒しとか言い切るのはレイカちゃんくらいのもんだよ。本当怖いもの知らずだな。」
「ええと、怖がるとか敬うとかいう文化的すりこみがないので。」
ペット感覚が抜けないのは、そういう齟齬ですよね?
と、そんなことを緩く話してたところで、何かずっと考え込んでた様子のケインズさんがこちらを向きました。
「レイカさんが聖なる魔法持ちの聖女として第二騎士団に所属する事になったら、それは確かに良い事かもしれないけど。女の子に危ない討伐任務に同行させるとか、ちょっと考えられないな。」
ケインズさんはさっきざっくり話したこれまでのあらましについて、ずっと考えていた事をポツリと口に出したようです。
「それな。レイカちゃんの為にはちょっと考えるよな。隊長達は微妙に反対意見に傾いてて。ただ、団長はレイカちゃんを保護するはっきりした理由付けとして使えるかもしれないって考えてる訳だろ?」
オンサーさんもその話題に移ってきました。
「そうなんですよね。私としては変なところに引き渡されるよりは、ここ一月お世話になってきた第二騎士団で、ちょっとくらいお役に立ちつつ保護して貰うのが理想なんですけどね。」
2人には本音を語っておくと、優しく頷き返してくれました。
「秋に入って本格的に王都を離れて討伐任務に向かうまでは、ここにいれば良いと思うんだ。ただ、騎士団が任務に出てしまえばここは無人に等しくなるから、レイカさんが1人で残るのはかえって良くないかもしれない。」
ケインズさんの懸念はそこにあったんですね。
「でも、討伐任務に連れて行くのも危険、となると、秋までに第二騎士団以外でレイカちゃんを安全に保護してくれる先を見付ける必要があるって事だよな?」
続けたオンサーさんも考え込み始めてしまいました。
「普通に考えれば、聖女の所属は神殿だからな。神殿に保護して貰うのが良いんだろうけど。レイカちゃんは特殊例で、外身はランバスティス伯爵令嬢なのは間違いないからな。」
言ってオンサーさんはこちらを見ました。
「で、なんか知らんが、ヒヨコちゃんやコルちゃんの問題以外にも、レイカちゃんは殿下の保護下にいた方が良い理由があるんだろ? それをランバスティス伯爵も認めてて、それは多分レイナードを殿下が引き受けたのと関わりがあることなんだろ?」
あれ? オンサーさん鋭いですね。
って、シルヴェイン王子とお父さんが何かしら秘密を共有してるのって、バレバレですかね。
ちょっと引きつった顔になったところで、オンサーさんは溜息を吐いて目を逸らしてくれました。
「言えないことは聞かないけどな。俺達も力になれる事があるなら、協力するからな?」
これにはオンサーさんに合わせるように、ケインズさんも真面目に頷いてくれています。
「えーと、有難うございます。」
本当良い人達ですね。
エセ賢者の件が片付いたら、改めて隠し事のない友人関係を築いていきたいと思える人達です。
「ところで、レイカちゃんはどんな男が好みなんだ?」
と、オンサーさんから唐突にどストレートに来た問いに、えっと目を見張ってしまいました。
「な、何ですか? いきなり。」
ちょっと低い声になって不本意な声が出てしまいました。
「いや? レイカちゃんはあっちではケインズより年上だったって言っただろ? ってことは、恋人の1人や2人いたのかなぁとかな。」
それ、かなり不躾な部類のセクハラ発言ですね。
「・・・オンサーさん、それセクハラ! 男性から女性に聞く事じゃないですよね?」
強い口調で抗議すると、オンサーさんが目をぱちくりさせてから肩を竦めました。
「おう、ごめんな。ついな、こう仲間意識っていうか、女の子って言うより一月一緒の隊で過ごして、一緒に飯も食った仲だし、気になることは遠慮なく聞いて良いかなって。不愉快だったら、ごめんな?」
悪気のない口調でそう言い訳されると、ちょっとこちらも大人気なかったかなという気になってしまいました。
「えっと、いえ。こっちこそごめんなさい。向こうでちょっと嫌な恋愛で終わっちゃって、まだ本当は消化出来てなくて。それで、ちょっと、八つ当たり気味でした。」
少し小さくなって答えると、オンサーさんには更に申し訳なさそうな顔をされました。
「そっか。じゃ、この話はなしな。」
そこまで気遣われると、かえって黙ってる程の事でもないかって気になってしまいました。
「あのですね。まあ、ちょっと情けない話なんですけど、聞いてくれます?」
チラッと覗ってみたオンサーさんとケインズさんが驚いた顔をしていて、ぶちまけてしまって引かれないかなって心配になりましたが、直ぐに2人が頷き返して来て聞きの体勢に入ってくれたので、続ける事にしました。
「私、職場の後輩と付き合ってたんですね。あっちの世界では女性の社会進出が進んでて、積極的に女性管理職を登用しなさいって風潮だったんですよ。それで、会社の上層部から目を付けられたのが、私。入社以降順調に最短で役職登って行って、5年目で異例の抜擢で管理職コースに入った私は、忙しかったけど毎日充実してて、何もかもが順調に思えてちょっと調子に乗ってたのかもしれないんですけど。職場の部下だった彼に告白された時も、舞い上がった挙句良く考えもせずに付き合う事にしちゃったんです。」
話すとやっぱり痛い気持ちになってきてしまいましたが、あれから一月、色々あったので、ここらで吐き出して気持ちに決着を付けて終わりにした方が良いんでしょうね。
彼自身とはもう会って文句言う事も出来なくなってしまいましたし。
「で、結果として彼に嵌められたんですよ。始めっから女性管理職が気に入らなかった人達の標的にされたんだなって、後になってから気付きました。ええとつまり、大々的にパワハラで訴えられたんです。」
「パワハラ?」
尤もな問いが来ましたけど、そういう思想がないこちらでは、適切な言葉に変換出来ないんでしょうね。
「向こうでは、職場内での優位性や立場を利用して業務の適正範囲を超えた叱責や嫌がらせを行うことを禁じるっていう法律があるんですよ。」
2人は目をぱちくりさせていますが、やっぱりピンと来ないんでしょうね。
「まあ、上司が部下を権力をもって不当に抑えつけたり人格を否定するような言葉を投げつけたりしちゃいけないとか、色々あるんですよ。で、私の場合は上司である事をたてに交際を迫ったとか、まあ、身に覚えのない証拠を突き付けられて散々でしたよ。で、庇えないと判断した上層部からは切られて、あえなく左遷。」
本当に面白くない話ですよね。
やっぱり話すんじゃなかったなって思えてきました。
まだ、自分の中でも未消化のままだったみたいです。
段々落ち込んで来ました。
と、不意にポンポンと頭を撫でられて俯けていた顔をちょっと上げると、少し眉下がりなでも真面目な顔付きでオンサーさんが優しく頭を撫でてくれています。
チラッと見たケインズさんも、拳を白くなる程握り締めて、何か物凄く怒った顔になっています。
「とまあそんな訳で。ランバスティス伯爵には申し訳ないんですけど、堅い職業に就いて老後の為の蓄財をしつつ、お一人様人生も悪くないかなって。」
2人からの同情票を貰っちゃいましたが、その気になれそうもないのに交際やら結婚やらを勧められるのは、ちょっと今は無理です。
考えたくもありません。
オンサーさんの優しい手にくすぐったい気持ちになりながら、残りの朝食を流し込むように完食しました。




