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厨房裏口で、気を取り直して声を掛けてみることにします。
「お早うございます!」
途端に厨房で作業中の料理人さん達に振り返られました。
「・・・レイナード様だ。」
「あれが噂の?」
「あり得ない美少女になったって本当だったんだな。」
と、奥から咳払いが上がると共に、ドシドシと巨体が近付いて来ます。
「レイナード様、お早うございます。またお可愛らしくなられたようですが? どうされました?」
そう挨拶して問い掛けて来たのは料理長です。
レイナードだった頃はそんなに気にならなかったですが、料理長なかなか立派な体格だったんですね。
「ええと、エスティルさんに用があって。少しだけお借りしても良いですか?」
「ああ、構いませんよ。色々お困りでしょう? 何かお役に立てることがあったら、遠慮なく言ってください。」
優しい笑顔になった料理長には感謝です。
食堂改革に取り組んで関係構築していて本当良かったです。
「エスティル! レイナード様がお呼びだ。行って来て良いぞ!」
料理長の呼び掛けで厨房の中からエスティルさんが走ってきます。
「あの、料理長。私の事は、これからレイカって呼んで下さい。」
「へ?」
キョトンとした顔でこちらを見つめ返して来る料理長には、何と説明しようか迷いますね。
「色々事情が複雑なんですけど、私もう完全にはレイナードさんではないんです。だから区別を付ける為にこれからはレイカって名乗ります。」
「はあ。」
イマイチ飲み込めないような曖昧な返事が返って来ますが、料理長とここ一月接して来たレイナードとは変わりがないので、これ以上のややこしい説明はやめてこの外見に慣れて貰いましょう。
首を傾げてしまった料理長の隣から、エスティルさんが顔を覗かせました。
「何だか分かりませんけど、レイカ様はどうかされたんですか?」
「あ、仕事中にごめんね。あの、出来ればもう少し動き易い服も一つ借りられないかと思って。後でえーとお父さん? ランバスティス伯爵に用意して貰ったらお返しするので。」
「ああ、私の服で良ければ構いませんよ?」
言いながらエスティルさんが厨房裏口から出て来てくれました。
「女中寮の方まで着いてきて貰っても良いですか?」
「うん。女中寮って、ちょっと離れてる?」
そういえば、こちらは余り第二騎士団の兵舎から離れられない身でしたね。
ふと気になって出て来た宿舎を振り返ったところで、裏口付近から人の騒ぐような声が聞こえて来ました。
「あれ? え?」
その中にレイナードとかレイカとかいう声が聞こえた気がします。
「ちょっと待って! 様子見て来る!」
宣言すると、同じく気が付いた様子のオンサーさんと一緒に、裏口に向かって走ります。
やはり足の長さの所為か、オンサーさんに遅れた状態で辿り着いた裏口に飛び込んだ途端に、強い魔法の気配を感じてそちらに目を向けました。
途端にこちらに向かって来る魔力の塊。
「我が君〜! 今お助け致します〜!」
「キュキュキュウ!!」
「ピヨピー!」
「・・・はい?」
宙を飛んで迫り来る白いモフふわの塊は、いつもよりサイズが大きくなって真っ白な毛に変わったコルちゃんと、その背に乗るヒヨコちゃんと、そのヒヨコちゃんのふわ毛にしがみ付く指人形のようです。
なんかもう、物凄くまずい予感しかしません!
現実逃避したいところですが、こんな時に限って、楽しい事何も思い付きませんね。
「ちょっと待った! デカくなったコルちゃんは、流石に今の私では受け止められないでしょ!!」
必死にそれだけ叫び返したところ、空中で静止したコルちゃんが、ポンっと音を立てて縮みました。
色めもいつも通りに戻って、ピンクゴールドの腹毛が迫って来ます。
もうここは、足を肩幅に開いて腕を広げて、受け止め体勢を作りますよ?
トンッとそこそこの衝撃が来ましたが、何とか倒れずに受け止め切ったところで、シンと静まり返った裏口付近に、カツカツと神経質そうな靴音が聞こえて来ます。
「レイナード! いや、レイカ殿、か?」
低い地の底を這うような声は、トイトニー隊長のものです。
最近のトイトニー隊長、カリカリしてますよね。
団長のシルヴェイン王子が怒らなくなったので、その煽りでしょうか、トイトニー隊長が怖いです。
「ええと。トイトニー隊長? 少しだけ現状把握させて貰って良いですか?」
トイトニー隊長の怖い顔から目を逸らして、腕の中の3つの塊に目を落とします。
「指人形、説明。」
ジト目を向けると指人形はキラキラした目をこちらに向けて来ました。
「はい! ご報告させて頂きます!」
何故胸を張って得意げなのか全く分かりませんが、頷いてみせます。
「我が君が部屋をお出掛けになられた途端、無礼な男どもが我が君を囲んでおりまして、我が君が怖がっておいででしたから、これはお助けせねばと! しかしながら私めは力無き小さき存在。そこで、不詳この私めが我が君の下僕であるこのサークマイトに巨大進化の方法を教示しましてございます!」
「・・・もう、デコピンで宇宙の彼方まで飛ばしても良いよね?この迷惑魔人。」
デコピンの構えを取ったところで、指人形が両手を握りしめてのお目めウルウル攻撃を仕掛けて来ますが、今日は絶対無視してやろうと思います!
「我が君! 説明は最後までお聞きください!」
「い・や・だ!」
「・・・レイカ殿? 一体誰と話しているんだ?」
そこへ低めの冷たいトイトニー隊長の声が割り込んで来ます。
「はい? 誰って、小さいですけどこの指人形です。」
指人形を指差して取り敢えず答えますが、トイトニー隊長はますますしかめ面になってしまいました。
「あのー、我が君? 私めの姿は今のところ我が君以外の人間には見えない仕様になっております。」
「はい? そういう大事な事、最初に言ってくれる? 私、誰もいない空間に話し掛けてる痛い人間になってるじゃない。」
「・・・つまり、我々には見えない何かが、そこには居るという事だな?」
トイトニー隊長の声がまた一段と低くなりました。
そういうとこ、上司に似てきてますよ?
「トイトニー隊長、後でちゃんと説明しますから、ちょっとこの指人形と話終わらせてからで良いですか?」
「・・・分かった。」
渋々引き下がったトイトニー隊長から指人形に目を戻して、取り敢えずこちらにスリスリしているコルちゃんとヒヨコちゃんを含め、地面に下ろしてから膝を付けてその場に座り込みます。
「それで? コルちゃんに巨大進化の方法をレクチャーしちゃったとして、サークマイトの巨大化って魔力を一定以上蓄え切らないといけないんじゃなかった?」
コルステアくんに聞いた話を思い出して掘り下げてみることにしましたよ。
「左様でございます。ただし、我が君の魔力が特殊なので、サークマイトはしばらく前から巨大進化が可能となっておりました。」
「ええ? そんなご都合主義で良いの?」
チートが過ぎるのってちょっと怖いですよね。
「はい。そもそも異世界からいらした我が君のような方々は、世界の法則の外にいるようなところがありますから、様々な特別扱いがございます。聖なる魔力を取り込んだサークマイトは、普通の法則とは違ったところで巨大進化を図ったのでございます。」
「つまり?」
指人形、説明上手ではないですね。
「これまで使えた魔法を全て失う代わりに、聖なる力を使う事が出来るようになりました。」
「はい? それってもしかして聖獣みたいな感じ?」
「あーそうそう、そういった存在でございますね。」
そこまで聞いて、ますます心配になって来ました。
ある意味恵まれ過ぎてるこの環境って、何処かに落とし穴でもあるんじゃないかと。
レイナードとの入れ替えが余りにもひど過ぎるって事で同情票からなら問題ないんですけど、ちょっと気を引き締めて色々慎重に探った方が良いんじゃないかって気になって来ました。




