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「レイナード様! おは」
ドカッ、バキッ、グシャッ、パタン。
朝日が差し込む長閑な早朝、ちょっとだけ響いたハイドナーのいつもの声と、明らか痛そうな物音が聞こえましたが。
そういえば忘れてましたね〜。
昨日の内にハイドナーと話すの。
取り敢えず気を取り直して、まず部屋の鍵を再施錠してからのお着替えですね。
取り敢えず、昨日料理人見習いのエスティルさんから貸してもらった下着を身に付けて、レイナードの訓練着に袖を通してみますが、見事にブカブカですね。
最早着られてる感満載です。
何より肩が落ちるのはどうにもなりませんよね。
タンスを漁って首の詰まった服を探しますが、レイナードの私服の趣味って、色使いもデザインもちょっと派手過ぎてこちらの趣味には反しますね。
そして、どれを着ても訓練に参加出来そうにありません。
ここは諦めて、父のルイフィルさんに服用意して貰いましょう。
でも、当面の問題として、エスティルさんに動きやすい服を貸して貰えないか聞いて来ましょう!
というわけで、昨日の服を着直してパパッと身支度を整えると、コルちゃんとヒヨコちゃんがまだ寝てるのを確かめてから扉を開けました。
「おはよう、レイカちゃん。」
途端に口々に挨拶してくれたのは、第二騎士団の騎士さん達数名ですが、彼等の後ろの廊下の壁に、伸びたハイドナーがもたれ掛かっているのがチラッと見えました。
「あの、おはよう、ございます?」
微妙な返事になってしまいましたが、皆さん何事も無かったかのように、にこやかな笑顔です。
「あー、何か困った事とかは?」
騎士さん達が訊いてくれますが、その笑顔が何故か怖いです。
「ええと。あ! ちょっと出掛けて来ます!」
宣言すると、さっと囲みを抜けて階段を駆け下ります。
絶世の美少女とかになった経験がないので分かりませんが、警戒心大事かもしれません。
そのまま厨房に向かう出口に爆走、したつもりが、足の長さが足りず直ぐに誰かに追いつかれました。
「レイカさん? どうかしたのか?」
その声がケインズさんのものだと気付いて足を止めました。
「あれ? ケインズさん?」
「何かあったのか?」
そう真面目な口調で問い返して来るケインズさんは懸念混じりの難しい顔になっています。
「あの、えーと。エスティルさんに会いに行こうと思って。・・・部屋を出たらいきなり騎士団の人達が立ってたからちょっと驚いて。」
正直に答えておくと、ケインズさんの眉がピクリと上がりました。
「おう、レイカちゃんおはよう。」
と、続いてオンサーさんが挨拶しながら近付いて来ます。
「部屋の前で出待ちしてた奴らがいたらしい。」
ケインズさんの苦々しい口調の報告に、オンサーさんの眉もピクリと動いたようです。
「朝から何してんだか。隊長に見付かったら走り込み倍は確定だな。」
「で? 誰だったか分かるか?」
ケインズさんからのブスッとした問いに、こちらも漸く苦笑いする余裕が出ました。
「ええと、個人的にどうとかまでは良いんですけど、訓練前の連絡の時にでも、部屋の側で集団で待ち伏せとか止めるように言ってくれると嬉しいです。」
流石にちょっと、騎士さん達とは身長差があって、集団で見下ろされると威圧感があるんだって分かりました。
訓練中とか仕事中とかなら平気だと思うのですが、プライベート空間でのそういうのは、ちょっと勘弁して欲しいです。
「・・・分かった。」
ケインズさんが真面目に返してくれました。
と、オンサーさんがそっと頭に手を乗せて宥めるように撫でてくれます。
「よしよし。ケインズはカルシファー隊長に報告して来い。俺は厨房の女の子のところまで送り届けて来るから。」
そう言ったオンサーさんに、ケインズさんが少しだけ躊躇うようにこちらを見てから、頷き返して去って行きました。
「済みません。」
お手間を掛けさせてしまって申し訳ないのですが、正直心強いです。
「いやいや。まあ、奴らの気持ちも分からなくはないけどなぁ。レイカちゃん、本当に可愛いからな。冗談抜きで。」
「でも、中身は一月前から変わってないんですよ?」
オンサーさんには肩を竦められました。
「なあ、手っ取り早く誰かと付き合ってそいつに守って貰うとか。そういうつもりはないんだよな?」
歩きながらさり気なく切り出した様子のオンサーさんに、じっとりした目を向けてしまいます。
「無理ですね! もしかして分かって貰ってるかもしれないんですけど。私性格可愛らしい女子じゃないんで。守って貰って嬉しいとか、ありがとうとか素直に言えるキャラじゃないんですよね。」
言ってて、ちょっと落ち込んで来ましたよ?
その所為で、あちらの世界で付き合ってた男に手痛く裏切られたんだろうなって、思い出してしまいました。
深く溜息が出たところで、あちらも小さく肩を竦めたオンサーさんがまたポンポンと頭を撫でてくれました。
「色々苦労しそうだなレイカちゃんも周りも。まあ、第二騎士団にいる間はとにかく、自分が年頃の物凄い美少女で、当たり前のように人目を引くって事を常に忘れるなよ。ちょっと微笑めば好意があるんじゃないかって勘違いされることがあるとか。その気はなくても優しくした男には惚れられるとか。」
「はあ? 何ですかその面倒臭い状況。」
「外見が変わって、中身もレイカちゃんっていう女の子だって認識された以上、お前はもうレイナードじゃないって皆が意識を入れ替えたって事だ。そうなったら、目の前にいるのは、ちょっと有り得ないくらいの美少女だ。そんな子が第二騎士団に居たら、どうなるかくらい想像付かないか?」
世の美少女様の苦労が、ちょっとだけ分かったかもしれません。
ストーカー被害に遭う人って、こういう人なんでしょうね。
これは、何か早急に対策しないとダメな気がしてきました。
脳内プレゼンを始めたところで、厨房裏口に辿り着きました。




