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ここからは、イオラートさんの食事が冷めるからという発言を受けて、晩御飯を食べながらのお話になりました。
「王太子殿下の婚約者となったばかりのマユリ殿を、レイナードは恐らく転移魔法を用いて攫い出して、自室に監禁したようなのだ。」
何となく周りの人達が漏らす話とレイナードの記憶の一部から、そんな事だろうとは思っていましたが、それは犯罪ですね。
レイナード何考えてたんでしょうか。
「よく、首が飛びませんでしたね、レイナードさん。」
ドン引きながら返すと、ルイフィルさんは苦い顔になりました。
「それが、本人の証言が曖昧で、状況としても自室への監禁が数時間程で、レイナード自身が早々にマユリ殿を部屋から出して王宮へ送り返す馬車に乗せたようなのだ。」
確かに、何がしたかったのか良く分からない拉致監禁事件ですね。
レイナードには、最後にその辺の事情も聞いておくべきでした。
「父上、あれは本当にレイナードがやった事だとは私には未だに思えないんですが。」
イオラートさんが口を挟みます。
「うむ。だがレイナード自身が黙して否定しなかった事で、結果としてレイナードが行なった事とされた。そして、マユリ殿を攫い出してからの時間経過が余りにも少なく、騒ぎが大きくなる前にマユリ殿が王宮に戻ったことで事態が収束したので、比較的軽い処分で済んだ。」
「つまり、本当は魔法を使えるんでしょうって事で、第二騎士団に放り込まれて更生を促されたってことですね?」
ここからはこちらも何となく分かりますよ?
「ああ、そうだな。実はしばらく前から、シルヴェイン第二王子殿下からレイナードの魔力について、魔力暴走の件を含めて幾度か問われた事があったが、警戒してこちらも余りあけすけに答えることが出来なかった。その上で例の事件が起こり、その時に殿下が手を差し伸べて下さったのだ。」
シルヴェイン王子もお母さんの事があって、ルイフィルさんに探りを入れていたんでしょう。
「レイナードを魔法使いの塔ではなく、第二騎士団で引き受けて更生という名目で保護しようと。その代わり、レイナード誕生の前後に妊婦だった貴族女性達に行われたと思しき陰謀について、情報交換と共同で調査を進めないかと。」
成る程、そこでシルヴェイン王子とルイフィルさんはエセ賢者探し同盟を結んだんですね。
「レイナードが魔王の魔力を持って生まれて来た事自体が、陰謀の末だったという事ですか?」
イオラートさんが呆然とした顔で言葉を挟みます。
「そのようだ。」
言ってルイフィルさんがこちらに意味ありげな視線を投げて来ます。
「レイナードさんがやり取りしていたエセ賢者さんは、せっかく画策して魔王の魔力持ちの子供をこの世に生み出したのにって言ってましたね。」
イオラートさんとコルステアくんは怪訝そうな顔になりました。
「レイナードさんは、エセ賢者さんに魔王にされそうになっていたので、魔法を使わずに封じて来たようなんです。ですけど、マユリさんを攫ったって事になった事件の所為で、進退極まったみたいなんです。そもそも、マユリさんならレイナードさんの魔王化を防ぐ術を持ってたんじゃないかと思うんですよ。ただ、それを実行すると王太子殿下の婚約者じゃいられなくなるとか、そんな制約があって、レイナードさんは諦めるしかなかったんじゃないかと。」
3人に真面目な顔で注目されて、ちょっと居た堪れない気持ちになりますね。
予想の域を出ない話しか出来ないので。
「そこで、レイナードさんは異世界の人間に着目したんでしょうね。マユリさんじゃなくても異世界の人間を招けば自分の魔王化を防いでくれるかもしれないって、初めはかなり軽い気持ちで自分の魔力ならば出来る禁呪で異世界人の中身を自分の中に招こうとしたようなんです。」
マユリさんのように身体ごと異世界人を招く事は、神様にしか出来ないという事になっている現象なんでしょう。
人為的に出来る禁呪の召喚は、中身だけの呼び出し止まりなのかもしれません。
「ただ、その方法だと1人の人間の中に2つの中身は入れないってエセ賢者さんに言われて、そして多分、あちらの世界に残して来た私の身体が、脳死状態とか植物人間状態とかになっちゃうんでしょうね。だから、結果として中身を入れ替えるって事でレイナードさんは決着を付けたようなんです。」
イオラートさんとコルステアくんが思いっきり顔を顰めました。
「はあ? それ、あんたは良かったの?」
コルステアくんの尤もな突っ込みにはまた苦笑を返すしかないですね。
「良くないですよ? 不合意ですから。私、気が付いたら何の説明もなくレイナードさんの身体に入ってましたから。因みにやり直しは不可、レイナードさんはあちらで恋人出来て私の身体で男になって幸せオーラ纏ってましたから。出来る事なら、ボコ殴り・・・うん、何でもないです。」
うっかりボコ殴りにしてやりたいとか言いかけましたが、そこは咳払いで自粛しときました。
が、何を言いたいかにはしっかり気付かれてしまったみたいで、兄弟のお2人には若干引き気味な顔でこちらを見られてしまいました。
そこで、ルイフィルさんが咳払いしてその空気を払って下さいました。
「まあ、つまりそういう訳で、レイナードの一方的な都合で中身と性別の入れ替えをされてしまったレイカさんには、こちらに絶対的な非がある。であるから、レイカさんの事は私の、ランバスティス伯爵の娘として暮らして貰おうと思う。身体は性別が変わっただけでレイナードのものでもあるし、お前達にとっては妹で姉だと受け入れなさい。そして、レイカさんが困っている時は、何を置いても助けになる事。」
強制的にまとめ上げてしまったルイフィルさんに、イオラートさんもコルステアくんも複雑そうな表情です。
「レイナードは、貴女の世界に行ってしまって、幸せになったのだろうか。魔王の魔力は相変わらず持ったままなのだろう?」
イオラートさんのこの質問には答え難いですが、最後に話したレイナードは幸せオーラ全開でしたから、きっと大丈夫でしょう。
「あっちの世界には、そもそも魔法がないんですよ。魔法使いもいないですしね。お伽話の中にしかない魔法とか魔王なら、隠し通す事も出来るんじゃないかと思います。そして、申し訳ないんですけど、幸せって自分がそう感じるように努力して積み上げて行くものでしょ? レイナードさんには自分で頑張って幸せを掴んで欲しいですね。」
言い切ってみせると、イオラートさんは少し驚いたような顔をしてから、ふっと微笑みました。
「そうだな。一言もなく居なくなってしまった事には文句を言いたい気もするが、仕方が無かったのだろうな。」
少ししょぼんと言い出すイオラートさんは、弟大好きなお兄さんだったんでしょうね。
「面倒くさい兄の次は姉か。本当勘弁してくれないかな。」
ポツリと溢したのはコルステアくんです。
安定のツンっぷりにはにやりとしてしまいますね。
「コルステアくん、ロザリーナさんの事お願いね。元婚約者が女性化とか、ちょっと複雑だと思うからね。」
何となくロザリーナさんはそれでも我が道を邁進してくれそうな気がしますけどね。
「はあ。何で俺が、ロザリーナとかマニメイラさんから質問攻めに遭わなきゃならないんだよ。あんたが自分で説明しろよ。」
どうやらコルステアくん、女性化事件からこっち2人に質問攻めに遭って、辟易しているのでしょう。
「訊かれたら答えるけどね。私これでも色々忙しい身だし。無難に流しといてくれる?」
小さな舌打ち付きの溜息を吐かれましたが、拒否では無さそうなので、何だかんだと聞いてくれそうな雰囲気ですね。
これでランバスティス伯爵家には、受け入れて貰えたって事で良いんでしょうか。
取り敢えず、身元が保証されるって大事なことですね。
こちらで生きていく最低限の下地は整ってきたようでホッと一息でした。




