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日暮れ前、ヒヨコちゃんの本日最後の餌やりが終わってから、一度仕事に戻っていた父が再び第二騎士団を訪れました。
シルヴェイン王子と話の着いた父が、夕食時、兄とコルステアくんを呼んで改めて家族に紹介させて欲しいと言ってくれたのですが。
ヒヨコちゃんの託児がある以上、第二騎士団を離れられないので、レイナード父と兄弟にこちらに来てもらう事になりました。
諸々の本当の事情も含め、これからレイナードをどうするか、説明して納得してもらう必要があるので、当然込み入った他人に聞かせたくない話になります。
それは食堂では難しいので、会議室を借りて、食堂に無理を言って運んで貰っての、食事会兼家族会議になるようです。
眠たそうなヒヨコちゃんをそっと抱えて会議室へ向かう間、ケインズさんとオンサーさんが付き合ってくれました。
あの後隊長会議があったそうで、レイナード改めレイカの側には、常に誰か付けておく方向で話が進んでいるそうです。
ヒヨコちゃんとコルちゃんの事と、それ以外にも何かと問題を起こす上、女の子になってしまったので、監視と護衛目的でとの事でした。
因みに、ヒヨコちゃんの餌やりのタイミングで邪魔してくれた弓矢の犯人は、まだ取り調べの最中ですが、金で雇われた平民の狩人だそうで、魔物に親を殺された恨みがある人だったそうです。
狙ったのはお母さんかヒヨコちゃんか、とにかく物理障壁で弾いておいて正解でしたね。
かなりの距離があったのに、それらしい場所まで矢を飛ばしてきたのは、本職の狩人さんだったからなんですね。
本当に侮れませんね。
その彼を雇った黒幕についてはまだ調査中とのことでしたが、結果分からずに終わる可能性が高いだろうと隊長さん達が言っていました。
塔の魔法使いマニメイラさんはレイナード女性化の事実を確認してから、塔に飛んで帰ったそうです。
そして、元婚約者のロザリーナさんは、夢見るような瞳で第二騎士団兵舎からコルステアくんに引きずられて出て行ったのですが、ちょっと後が怖いような気もします。
それから、リムニィ医師ですが、事件後お母さんの餌やりが済んでから、医務室に引っ張って行かれました。
料理人見習いのエスティルさんにも立ち会って貰って、レイナードの身体が身体学的に完全に女の子になってるのを確認して貰いました。
そんな慌ただしい1日の最後が、面倒臭い気配満載の家族会議食事会です。
会議室前まで辿り着くと、オンサーさんが励ますように笑みを向けてくれました。
「ランバスティス伯爵の家は、確か男ばっかりの家系だから、女の子はきっと可愛がられるから、頑張れな!」
掛けてくれた言葉も優しいですね。
続いてケインズさんもこちらに顔を向けました。
「レイカさんは、庶民出だって聞いたけど。もしも貴族のレイナードの家で上手く行かなさそうで、庶民の暮らしに興味があったら、色々手伝えると思う。なんなら、住むところとか、仕事とか一緒に探すし。」
そんな提案を精一杯してくれるケインズさんには頭が下がります。
「ありがとうございます! オンサーさんもケインズさんも。でも、これからちょっとどうしてもやっときたい事もあるので。取り敢えずはランバスティス伯爵のお世話になろうと思ってます。」
エセ賢者探しですね。
それに決着が付いたら、庶民の生活も悪くないかもしれません。
きちんと食べて行ける収入だけは確保しつつ、食材仕入れの商人と仲良くなって、満足出来る食材と料理を地道に探し求める生活、とかも悪くないですよね?
そんな邪念を抱きつつ、会議室に入って行く事にしました。
扉を開けると、漂って来た料理の匂いに食欲が刺激されます。
近付いて行った会議テーブルに並ぶのは、食堂でいつも食べている食事よりはやはり、豪華で品数が多いです。
そこは、財務次官様に提供する夕食だからでしょうか。
少しだけ、第二騎士団の皆さんには申し訳ないような気持ちになりますね。
「レイカ殿、こちらに座りなさい。」
父に促されて隣に座りに行くと、正面から兄のイオラートさんの食い入るような視線と、隣からコルステアくんの胡散臭そうな視線が来ました。
「息子達には先程軽く説明をしておいたんだが、改めて2人の事を紹介しておこう。いや、私の紹介も必要だったな。」
そう前置きした父は、穏やかな表情です。
「私の名は、ルイフィル・セリダインという。ランバスティス伯爵家の当主で、財務局の次官を務めている。私の隣にいるのが、長男のイオラート、その隣が三男のコルステアだ。君に迷惑を掛けたレイナードは私の次男で、私の子供はこの3人だけだ。後、家にはコルステアの母になる2番目の妻セイナーダがいる。」
父ルイフィルさんが一方的にあちらの家族を紹介してくれたので、こちらも自己紹介の順番ですね。
「あの、改めまして自己紹介しますね。私、レイナードさんと中身と性別だけ入れ替わった、レイカと申します。実は、一月くらい前から中身だけ入れ替わってまして、記憶喪失って事にして誤魔化してました。」
正直に苦笑い気味に話してみると、2人の息子さん達は、どちらも微妙な顔をしてから、ルイフィルさんに半眼を向けています。
「2人共、良く聞きなさい。ここからの話はランバスティス伯爵家の門外不出の秘密だと心得て、他所では他言無用とするように。」
ルイフィルさんの声音が低く厳しいものに変わります。
「特にコルステアは、塔でも決して語ってはならない。」
そこは、本当に頼みますよ。
とここで、咳払いしてルイフィルさん声音を元に戻しました。
「何処から話すべきかと思ったが、お前達ももう立派に大人だ。信用して、全てを話そうと思う。」
その前置きに、イオラートさんとコルステアくんも怪訝そうな顔になりました。
「イオラートとレイナードの母親の私の一番目の妻は、レイナードの出産で亡くなっている。だがこの妻の死に、私はずっと疑惑を持ち続けていたのだ。」
エセ賢者さん、随分前から大々的に活動してたって事ですね。
「妻や貴族の妊娠していた女性達が、出産前に相次いで体調を崩す事件が起きていて、結局原因は分からず仕舞いだったが、10数年前レイナードが魔力暴走を起こした時に、私は漸く真相らしきものに辿り着いた。」
公園更地事件ですね。
「レイナードは、魔法変換が可能な高魔力保持者だ。つまり、極めれば魔王となる素質がある。魔王の魔力を持って生まれて来たのだと。」
ルイフィルさんは、レイナード公園更地事件の時には魔王の魔力持ちだって気付いてたんですね。
ここでイオラートさんとコルステアくんが途端に険しい顔になりましたよ。
「そこから、レイナードに対する不自然な魔法教育の申し出が続出したが、何を企んでいるのか分からないようなものは、一律断って遠ざけて来たつもりだった。」
やっぱりルイフィルさんは、レイナードに対する厳しい態度とは裏腹に、彼を守って来たんですよね。
「だが、それ以前にもレイナードの周りでは誘拐未遂事件や妙な事件も多く、レイナードは幼い頃から人の顔色を窺って本心を明かさず、内に籠るようなところがあった。勘の鋭いコルステアの母親セイナーダが、初対面から赤ん坊のレイナードを怖がって関わる事を断念したのも大きかったのだろう。」
そうやって、引き篭もりレイナードは作られていったのですね。
「そして、直近の例の事件が起こった。」
マユリさんと王太子のアーティフォートさんが絡む事件ですね。
ところでこの事件の詳細、そういえばちゃんと聞いた事がなかったです。
「あの、ルイフィルさん。その事件の事、詳しく教えて貰えますか? 実は、みんな禁句みたいに暈して話すので、ちゃんと詳細を聞いた事がなくて。」
それに、ルイフィルさんがああという顔になりました。
ただ、直後にこちらに躊躇いがちな視線を投げて来て。
「そのレイカ殿。家族会議が終わったら、私は貴女の事を娘のレイカと呼ぶので、私の事も・・・お父さんと呼んで貰えないだろうか。」
その改まった遠慮がちなお伺いに、こちらも何というか照れ臭くなりますね。
「ええと。考えときます。」
言いたい事も必要性も分かるんですが、いきなり面と向かってお父さんは、ちょっと照れ臭いですよね。
ちょっとしゅんとしたルイフィルさんは、普段の財務次官様とは雲泥の差なのでしょう。
いえ、息子さん達2人も驚愕の表情でした。
ルイフィルさん、これまで息子3人だっただけに、娘には激甘なタイプのお父さんだったんですね。
有難いお話なんでしょうけど、過保護が発動されそうで、ちょっと面倒くさいかもしれません。
取り敢えず小さく咳払いしてみると、ルイフィルさんは続きを話し始めました。




