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見渡した先で、トイトニー隊長と目が合いました。
「埒があかない。お前の口から話を聞きたい。」
トイトニー隊長、遂に団長なシルヴェイン王子を飛び越してこちらに話しを持って来ましたね。
「あ、初めまして。一月くらい前からこちらでお世話になってますレイカと申します。レイナードさんの身体に間借りしてたんですが、この度正式に性別の入れ替えまで済ませて、この身体の正式な持ち主って事になりました。ランバスティス伯爵が娘にして下さる事になってます。正式にどう手続きされるのかは分かりませんけど、血筋的には間違いなく伯爵の子供のままなので、そう扱って貰って問題ないと思います。」
先程の話し合いを受けてこれは明かして良い項目ですよね?
そう語った途端、トイトニー隊長が深く溜息を吐いてこめかみに手を当てました。
「一月前、お前が記憶喪失になった辺りからか。」
「まあ、そんな感じですね。」
そこはにっこり笑顔でかわしておきますよ。
本当は、その朝からなので。
「何で、もっと早く言わなかったんだ?」
「言って、信じました? 頭おかしいってあちこち精密検査とかされません? 挙句に危険思想主義者とか訳の分からない罪状で投獄されたりとか? こちらでのレイナードさんの扱いって、まあご本人さんの所為ですけど、酷かったですよね? そういった諸々を鑑みて、自衛の為に黙ってた事、責められなきゃいけませんか?」
畳み掛けると、トイトニー隊長は苦い顔で黙りました。
「第一、私何の説明もなく、いきなりレイナードさんになってましたから、私の方でも状況把握に時間が掛かったんです。」
続けたこの言葉には、まだ何か言葉を交わし合ってる父とシルヴェイン王子以外が、えっ、という顔になりました。
「ってことは、あの時も、どの時も、レイナードって呼ばれてるのでそうだと思いますとか言いながら、中身は女の子で困ってたって事だよな?」
カルシファー隊長が横目で視線を逃しながら、頰をポリポリ掻いています。
「そうですねぇ。」
乾いた笑いでジト目を向けてあげました。
「でもだな。だったら、もう少し早く言えば良かっただろ? こっちだって言われなきゃ分からないぞ?」
それもそうなんですが、言えなかった事情も色々とある訳で。
「もしかしたら、何事もなかったみたいにレイナードさんを呼び戻して入れ替わる事が出来るかもしれないって思ってたんです。それなら、それまではレイナードさんとして暮らすべきだって。」
これが一番大きな理由ですね。
それと、これは言えませんが、魔王化阻止の為に新生レイナードの見本形を作り上げようとしてたからですね。
入れ替わる時に、この路線で行けば阻止出来るよ、と引き継ぐつもりでした。
入れ替わりの直前、自分もあちらの世界でちょっと大きな問題にぶち当たっていて、何とかしなきゃって意識が根強く残ってたんでしょうね。
「にしたって、良く女の子が騎士団で一月も頑張ったもんだよ。」
カルシファー隊長の呆れたような言葉には、少しだけ感慨深くなってしまいますね。
「ですよねぇ、苦労しましたよ、これでも。」
「そうだよな。身に覚えのないレイナードの事で、随分色々言われたり、酷い扱い受ける事だってあっただろうしな。」
そうしみじみと言ってくれたのは、オンサーさんです。
その隣で、ケインズさんが大分落ち込んだ顔になってるのには、こちらも罪悪感が生まれますね。
「まあ半分は、中身別人だって言えなかった私の所為でもありますから。そこは、水に流しませんか?」
ほろ苦い顔でそう返してみると、周囲からは苦笑いが返って来ます。
「まあそこは、団長とランバスティス伯爵の間でそういう合意が結ばれそうなところだな。」
トイトニー隊長も、肩を竦めてそれについては不問の形を取ってくれそうですね。
「だが、今後の事はそうは行かないぞ。騎士団からは即刻除名で、ただしハザインバースとサークマイトの件があるからな。騎士団で保護という形で落ち着く事になるだろうな。」
「・・・そうですよね。今、第二騎士団から追い出されたら、私、色んな意味で詰みそうですからねぇ。」
乾いた笑いと共にそう同意しておくと、トイトニー隊長には半眼で溜息を吐かれました。
「お前、結局改心したレイナードじゃなくて、別人だったんだな。結果として仕方がない事だったかもしれないが、少しでも咎める気持ちがあるなら、謝っておけよ。」
誰にとは言わないトイトニー隊長ですが、これは結構広範囲で、レイナードを見直してくれた皆さん、第二騎士団のほぼ皆さんに対してって事ですね。
それは、本当にその通りだと思います。
若干の責任がありそうな父やシルヴェイン王子はともかく、第二騎士団の皆さんの事は、良いように騙したようなものですからね。
「トイトニー隊長、レイカさんに厳し過ぎですよ。悪いのは、結局レイナード本人なんですから。」
ムスッとした声で言い返してくれたのは、ケインズさんです。
何だかんだと、こちらに来てから一番関わりが深かったのも迷惑を掛けて来たのも、ケインズさんだと思います。
それだけに、一番謝るべきなのも、ケインズさんで間違いないでしょう。
「あのケインズさん。騙してた格好になってしまって、本当に済みませんでした。」
ここは、素直に即行で謝っておきますよ?
「えっ? あ、いや。どう考えてもこれは、俺が謝るところだから。その、貴女は悪くないのに、随分酷い事ばっかり言い続けてしまって、嫌な奴だな、俺。」
そのまま更に落ち込んで行きそうなケインズさんに、こちらが慌ててしまいます。
「ケインズさん? それこそケインズさんは悪くないですよ? 誤解させるレイナードが悪かった訳ですし。私も否定しませんでしたし。えーと、実はレイナードも色々と事情があって、態度の悪いサボり魔を演じてたところがあったみたいで。でも、第二騎士団の皆さんが不愉快な気持ちになったのは事実だから。」
こちらも色々言い訳のように話していると訳が分からなくなって来ましたよ。
「これって結局、答えの出ない話になっちゃいますから。ここでレイナードに対する色々は、終わりにしませんか? 後は殿下が上手く落とし所を見付けてくれる気がしますし。」
言いながら、側で父と話すシルヴェイン王子に目を向けます。
「そうか。レイカさんも、殿下のことは特別に信頼してるんだな。」
そう言ったケインズさんは何か少しだけ寂しそうな表情で、これには軽く首を傾げてしまいました。
「私の立場って微妙で、殿下とレイナードのお父さんが保証人みたいなものですからね。もう信頼一択ですよね?」
あははと笑っておくと、ケインズさんはちょっと目を瞬かせてから、ああという顔になりました。
「そうか、そうだよな。レイカさんがこっちに来てからずっと、何の保証もない立場だったから、不安だったんだよな?」
うんうん頷きながら言ってくれるケインズさんは相変わらず優しい人ですね。
「その、これからもしばらくはここで過ごさなきゃいけないだろうし。外見が変わった事とか、色々と困る事も出てくるかもしれないけど、俺で力になれる事なら、言って欲しい。というか、困った事があったら相談してくれたら、一緒にどうすればいいか考えるし。是非、そうさせてくれ。」
レイナード絡みで色々言った事の罪滅ぼしでしょうか。
安定の良い人っぷりですね。
でも、本当はやな事言われた以上に、これまでもお世話になってたと思うんですよね。
兄弟の沢山いる家庭のお兄ちゃんって、こんな感じなんでしょうか。
素直に頭が下がりますね。
「有難うございます! 実は以前の私はケインズさんより年上じゃないかと思うんですけど。外見若くなったので、お兄さんみたいに頼りにさせて貰いますね!」
にっこり笑顔でちょっと厚かましめにお礼を言ってみると、何故かちょっと微妙な顔をされました。
おかしいですね。
それはさておき、第二騎士団は首でも、しばらくはここに置いて貰えそうな気配なので、そこはホッとしました。




