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「失礼致します! 団長、ハザインバースが上空に現れました!」
遂にお母さんが次の餌やりに来たのかもしれませんが、先ほど上空から攻撃行動に入ろとしていただけに、対処を相談する意味合いもあってシルヴェイン王子に報告なのでしょう。
「レイナード、いやレイカ殿、どう思う? 先程の件をハザインバースの親鶏は気にしていると思うか?」
名前を言い直したシルヴェイン王子に、聞こえた様子の隊長達が目を見張っています。
「分からないです。いざとなったら先程同様魔法の使用許可を貰えるなら、宿舎前広場から見える範囲から人を徹底的に退避させて、私とヒヨコちゃんだけで出迎えてみても良いですか?」
「・・・それが無難だというのは分かるが、それでは君が余りにも危険だ。」
その心配を滲ませたシルヴェイン王子の言葉には、にこりと良い笑顔を返しておきます。
「色々気にしなくて良くなったので、遠慮なく行っていいなら、私自身とヒヨコちゃんをお母さんから守る事くらいは出来ると思うんですよ。少なくとも鳥頭なハザインバースには、負けませんよ。」
お母さんが何度お願いしても、ちっとも話を理解してくれない事を、鳥頭なんて当てこすってなんか・・・いませんよ!
自信満々言い切ってみせると、シルヴェイン王子が目を見開いています。
あちらの世界の科学知識を駆使したら、しばらくはこの世界で魔法の上では無敵を誇れる気がします。
そのまま両腕をグッと伸ばして伸びをしてから、ヒヨコちゃんを抱えて立ち上がります。
「分かった。だが、私も行こう。」
歩き出したところでシルヴェイン王子が追って来ます。
廊下に出たところで、会議室の外で驚く程人が沢山群がっていた事に気付きました。
その中にはマニメイラさんやコルステアくんや、ややこしいことにロザリーナさんまで混ざっていて、一様に目が溢れ落ちそうなくらい見開かれています。
まあ、確かにかなりびっくりですよね?
「レイナード、さま?」
これまた廊下の片隅から溢したのは、ハイドナーですね。
「ハイドナー、後で話があるから。」
声を掛けておくと、そのハイドナーは肩をビクつかせました。
余程驚かせたようですね。
彼とも本格的に雇用問題を話し合う段階ですね。
こちらは、もう完全にレイナードではありませんからね。
漸く、彼の仕えたい主人はもう何処にもいないってはっきり伝えてあげる事が出来ます。
「団長?」
「殿下?」
隊長達に捕まりそうになっているシルヴェイン王子はそれを振り切ってこちらを追って来ます。
「話は後だ。ハザインバースの様子をとにかく確認するのが先決だ。前庭は完全に無人化させろ。封鎖の範囲を大幅に広げて、前庭から見える範囲には誰も入れるな。」
歩きながらこちらの要求通りに指示を出して隊長達を動かすシルヴェイン王子には感謝です。
隊長達がじっとりした目をこちらにチラッと向けてから走って行きます。
「具体的には、何か対処を考えているのか?」
追い付いて問い掛けて来るシルヴェイン王子に、少し苦い顔で首を傾げてみせます。
「さあ。もう、なるようにしかならないでしょう? それで、ここまで何とかやってきましたから、これからも何とかなりますよ、きっと。」
その返しには半眼気味の呆れ顔が返って来ます。
「分かった。本当に不味い事態になったら加勢する。」
そう返されたところで、玄関に辿り着きました。
外の前広場では、慌てて人の撤退が行われています。
「ピヨピ?」
問い掛けるようなヒヨコちゃんの鳴き声に、頭を撫でてあげます。
「それじゃ、行こうか。」
玄関から目視出来るところに人影がなくなったところで、そっと玄関から前広場に足を踏み出しました。
思い切って大股に広場の真ん中辺りまで進み出てから、上空を仰ぎ見ます。
旋回を続けるお母さんが、徐々に高度を落として来ます。
が、いつもよりも慎重に高度を落として行く様子に、やはり先程の事件はお母さんの中でも無かったことにはなっていないようですね。
さて、どう来るか。
と、腕の中でヒヨコちゃんが身動ぎします。
羽の生え揃っていない翼をパタパタ広げる仕草は、餌をねだっているのでしょうか。
取り敢えず、そっと地面に下ろしてあげますよ。
「ピヨピヨピヨピヨピ!」
いつもより長い鳴き声ですね。
何か訴えているようにも聞こえますが、相変わらず翻訳されないので分かりません。
焦らしてないで、早く餌寄越せってところでしょうか。
「ピュルルピ!」
お母さんもいつもと違う鳴き声です。
2匹の間で何が言い交わされたのか分かりませんが、漸く滑空に入ったお母さんが、トスンと地面に降り立ちました。
いつもより着地点も少し距離があって、警戒しているのでしょう。
動かずにいると、お母さんがそろそろとこちらに近付いて来ました。
ヒヨコちゃんと向かい合って餌やりの時間が始まる、と思ったら、何故かお母さん長い首をこちらに伸ばして来つつ、大きな翼を広げてバサっと羽先を前で合わせたかと思えば、ヒヨコちゃんと共に、その翼の中に囲われていました。
あれ? もしかしてお母さん、ヒヨコちゃんと託児係を心配してくれてたんでしょうか?
そこから、後ろ頭を顔というか顎というか、とにかく中々激しい感じでスリスリされます。
時折硬い羽が当たって痛いかもしれません。
「ああ、えっと? お母さん、心配してくれたの? ごめんね。でも、あんなの大丈夫だからね?」
取り敢えず通じてないかもしれませんが、宥めておきますよ。
「プキュピ、ピュルピ。」
あ母さんは、モゴモゴと口の中で呟くような鳴き声を立てます。
「心配してくれて、ありがとね。もうあんな事ないようにするからね。」
手を伸ばしてお母さんの頭をそっと撫でてあげると、少し目を細めてから、するりと頭を引っ込めて、翼も戻して背中に収めました。
漸く解放されたところで、後ろからホッとしたように息を吐く音が聞こえた気がしました。
チラッと振り返ると、玄関の中からコソッとこちらを覗いている隊長やシルヴェイン王子と隊員の皆さんが露骨にホッとした顔をしていました。
本当、お母さん怒ってなくて良かったですね。
平和が一番ですよ。
にっこり笑顔でドヤってみせてから、お母さんとヒヨコちゃんに目を戻しました。




