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「レイナードさんのお父さんは薄々察してらっしゃったかもしれないんですけど。彼は、魔王の魔力を持って生まれて来た人みたいなんです。」
エセ賢者の言葉を借りると、そういう事みたいですね。
「魔王の魔力?」
シルヴェイン王子が呟いて眉を顰めて考え込んでしまいます。
「エセ賢者さんのお話だと、そう生まれてくるように画策したとの事でしたが。」
言って目を向けると、父は深々と眉間に縦皺を寄せて、物凄く難しいお顔になってます。
「エセ賢者というのは? その人物が、間違いなくそう言ったんですね?」
少し視線を下げて一点を見つめるようにして問い返す父は、何かを堪えているような様子です。
「私はレイナードの記憶の中に残っていた声しか聞いてませんが。穏やかな深みと張りのある、年齢を重ねて知恵を兼ね備えているような男性の声でした。」
「成る程、だから賢者と貴女は呼んだんですね。」
そう言いながら顔を上げた父は、様々な感情を抑え込んだような複雑な表情でした。
「ただ、言葉の中身が、とても賢者とは思えないような酷く独善的で利己的な歪んだものだったので。それから、魔法に造詣が深い普段から研究に携わっているような人だと感じました。」
声からの印象を可能な限り言葉にする事にします。
「レイナードさんのお父さんは、その人に何かお心当たりがありますか?」
エセ賢者さんの企みを何度か意図してか偶然か、実際に退けて来た父なら、何か知っているかもしれません。
「・・・殿下。」
父は何か思い詰めたような顔で、シルヴェイン王子に声を掛けました。
「ランバスティス伯爵。彼女になら、明かしても問題ないだろう。どの道、事態がこうなった以上、最早陛下にもお話しない訳にはいかない。」
この2人のやり取りには、おやと思ってしまいました。
どうやら、お2人にはこれまでも何か秘密の共有があったみたいですね。
「この世界の事にはまだお詳しくはないだろうが、貴女も魔法を使われたというから、少しは実感出来るでしょう。」
父はそう前置きしてから、手の平を上に向けて肩の辺りまで持ち上げました。
その手の平から上に向かって白い小さな光がふわりと立ち上ります。
「人はそれぞれ生まれ持った魔力の飽和量というものがあるのだが、何にも染まらない純粋な魔力は白く光って見える。これに様々な要素を加えることによって、例えば火の魔法になり、水の魔法になり、と現れる性質を変えて行く事が出来る。」
言いながら、父の手の上で白い光が赤い炎やぷるんとした水の塊に変化します。
「この性質変化は、人によって得手不得手があるようで、まあ恐らくはその性質を理解し感じ取る感性の差というものだろう。だから、魔法使いには想像力が必要という訳だ。」
本で得た知識とは少し違った表現ですが、言いたい事は分かります。
つまり、火の魔法が得意な人は、火の性質をより深く理解出来ているから、想像で再現が出来るって事ですね。
「この作業に慣れて行くと、人は得意な性質の魔法を極自然に魔力から魔法に置き換えて行けるようになるが、純粋な混じり気のない魔力、これを未分化な魔力というのだが、それが無くなっていくのだ。」
塔の魔法使いのマニメイラさんが言っていた未分化な魔法がまだ沢山残ってるというのは、そういう事だったんですね。
「ところが、この未文化な魔力をそのまま力として扱う事が出来る者が極稀に居て、その力は神から与えられた聖なる力と呼ばれ、主に修復や再生に類する性質を持つ。そして、その聖なる力を扱える者の殆どは神殿に勧誘されて所属している。」
前の世界でゲームや小説なんかの異世界ものでよく出て来た聖女とか聖人とかいう人達ですね。
「神殿ではその希少な力を、主に怪我や病気の治療などに特化して使っている。」
確かに、チートなその力を何にでも使っていたら、反則過ぎて世の中が混乱するかもしれませんね。
だからこその希少な聖女さんや聖人さんなんでしょう。
「さて、その聖なる力の対極にあるのが、魔力にあらゆる性質の究極形を付加し、凝縮する過程で変質してしまった、魔属性の力だ。」
あれ、聖なる力の対極は、邪悪なる力とかじゃないんですね。
「それを自在に扱う事が出来るのが、魔王という存在だと言われている。」
つまり、魔王は存在悪じゃないって事ですよね?
「その魔王が使う魔属性の力は、当然威力が大きく、一度それを発揮されると、周りが跡形も無く更地という事も珍しくないそうだ。だから、当然人々や国からも敬遠される。」
成る程、だから魔王って僻地に1人で魔王城建てて住む羽目になるんですね。
人嫌いで偏屈なのも、きっとその所為ですね。
何事も極め過ぎるとかえって良くないって事でしょうか。
「魔王の魔属性の力って、魔法使いにとってはもしかしてちょっとだけ憧れがあるとか? 研究職の魔法使いにとっては堪らない研究材料だとか?」
エセ賢者の動機ってもしかして、この辺りなんじゃないでしょうか。
そしてレイナードとしては、僻地で一生お一人様生活とか、堪えられなかったのでしょう。
それはまあ、分からなくはないですが。
「その通りだ。貴女の言う賢者という人物は、度を越した狂信的な研究者なのだろう。」
父の説明で、色々な事に納得です。
「その者を。ランバスティス伯爵と私は、しばらく前から追っている。」
そこでシルヴェイン王子が口を挟みました。
「貴女はその賢者がレイナードが魔王の魔力を持って生まれて来るように画策したと言っていたが、それは間違いなく事実だろう。そのお陰で私は妻を、レイナードとイオラートの母親を喪った。」
父の声が一気に沈んで低くなりました。
しばらく堪えるような顔になった父に代わって、シルヴェイン王子が少し身を乗り出して来ました。
「その男の被害者は、レイナードやランバスティス伯爵の奥方だけではない。レイナードが生まれた前後に、妊娠していた女性が何人か、騙されて処方された薬で産前に亡くなったり、死産だったりした。」
低い声で苦々しく吐き捨てるように言ったシルヴェイン王子は、唇を噛み締めました。
「私の母もだ。」
これには、驚いて見返してしまいました。
つまり、父とシルヴェイン王子は、エセ賢者被害者同士の繋がりで、秘密を共有してたって事ですね。
「そのエセ賢者探しですが、私も混ぜて下さい。立派に被害者だと思うんです!」
この強めの主張に、2人は自分達の世界から帰って来たようで、目を瞬かせます。
「レイナードさんは、そのエセ賢者に魔王にされそうになっていて、それから逃れる為に、私と入れ替わるしかなかったそうですから。」
力強く結論を話すと、2人の真剣な眼差しが返って来ます。
「絶対に、野放しに出来ないですよね?」
こちらも真っ直ぐ見つめ返してそう告げると、2人は同時に深く頷き返してくれました。




