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座り込んだレイナードを囲むように立つ隊長2人とリムニィ医師、他の隊長達もそれぞれの差配が終わるとこちらに戻って来て、第二騎士団兵舎前庭には何とも言えない空気が漂っています。
「レイナード! 何があった?」
そこへ、お待ちかねのシルヴェイン王子が漸く駆け付けて来ました。
困った顔で見上げたこちらを覗きんだシルヴェイン王子は、やはり一瞬固まってから眉を寄せました。
「そうか、そうだったのか。何故、もっと早くに言わなかった。」
そう口にしたシルヴェイン王子は、苦しそうな口調です。
「いや、言えなかったのだろうな。済まなかった。私がもっと早く気付いていれば。」
そう悔やむように口にするシルヴェイン王子には、苦笑を返してしまいます。
「いえ、こちらもどう切り出して良いのか分からなくて。ちょっとズルい隠し方してました。済みません。」
素直に謝っておこうと思います。
「トイトニー、他の皆も驚いただろうが。少し前から、レイナードからは何度か相談を受けていた。後手に回ってしまったが、この件はここからは私が預かる。」
言い切ったシルヴェイン王子に、トイトニー隊長を始め、隊長達が微妙な顔になります。
「団長、レイナードの要求でランバスティス伯爵をお呼びしておりますが、お話をされる時には、せめて私くらいは同席をお許しいただけませんか?」
食い下がったトイトニー隊長に、シルヴェイン王子が真っ直ぐ目を向けます。
「まずは、私とランバスティス伯爵とレイナードの3人で話をする。それから必要に応じて部屋に呼ぶ事はあるかもしれないが、基本的には話が終わってから私の方からお前達には降ろす事にする。」
これにもはっきり答えたシルヴェイン王子に、トイトニー隊長がはっきりと眉を寄せました。
「トイトニー、この件は恐らく、最終的には陛下のご判断を仰ぐ事になる。」
言ってからシルヴェイン王子は、いつの間にかこの場に合流していたクイズナー隊長に目を向けました。
そのクイズナー隊長が頷き返しているところをみると、例の魔力の話、クイズナー隊長はやはりシルヴェイン王子には話しているようですね。
ここまで来ると、誰に何を話して知られているのかはもうどうでもいいお話かもしれませんが、やっぱり油断なりませんね。
トイトニー隊長は、それを受けて流石に反論を控えたようで黙って頷き返して来ました。
「あの、レイナードの着替えを手配しましたが、一度部屋まで連れて行っても良いでしょうか?」
そこへ、食堂の料理人見習いの女の子を連れたケインズさんが口を挟みました。
「ああ、そうだな。」
シルヴェイン王子は改めてこちらに目を向けてからケインズさんに答えると、サッと自らの肩のマント留めを外して、パサリとそのマントを肩から掛けてくれました。
「済まない。気が利かなかった。」
若干引きそうになる程の、女子扱いです。
見た目って大事ですねと言うべきか、ドSパワハラ王子も男でしたねって言うべきか。
いえ、黙って好意にはお礼言っておきましょう。
「有難うございます。」
この方、これからも変わらず命綱でしたね。
レイナードに間借り状態は終了で、これからはこのトラブル生みそうな気しかしない美少女が自分の外見なんでした。
なるべく周りとは摩擦なく、大人しく過ごしておこうと思います。
言いたい事は色々ありますが、吠えるのは今ではないでしょう。
有り難くマントを身体に巻き付けてからヒヨコちゃんを抱えて立ち上がると、丈の余った服を引きずり気味に兵舎に向かいました。
「大丈夫か? 手を貸さなくても歩けるか?」
ケインズさんが細かく気遣ってくれますが、やっぱり物凄くか弱い女子扱いですね。
「大丈夫ですよ? 服がずり落ちそうだから歩きにくいだけで。」
「ずり落ち!? お、押さえるか? 大変だ!」
大真面目に顔色を変えるケインズさんが可笑しくて、つい吹き出してしまいました。
「大丈夫ですって。ちゃんと押さえながら歩いてますから。」
途端に、ケインズさんが真っ赤になりました。
「良く事情分かりませんけど、レイナード様、物凄く可愛らしい美少女さんになってしまわれたから。無理ないですよ。」
料理人見習いの女の子がケインズさんをフォローしてます。
「何もこんな反則級の美少女にならなくても良かったのに。色々面倒くさいなぁ。」
ブスッと本音を漏らしてしまうと女の子にはこれまたクスッと笑われました。
「レイナード様じゃなかったら、嫌味かって言っちゃいますけど。折角可愛くなったんですから、オシャレとか楽しんだ方がお得ですよ?」
なる程、料理人見習いの女の子、割と気さくな子だったんですね。
「そうかなぁ。女子の世界はそれはそれで面倒臭いでしょ? 程々シンプルで背伸びせず、自分に合ってる服装が一番だと思うんだけどね。」
過去の女性人生で学んだ感覚で話すと、女の子は目を瞬かせました。
「ええと。正直言って、レイナード様のご容姿だと、どんな格好しても間違いなく似合いますよ? 後は好みでどっち系に攻めるかで。」
「・・・攻めるんだ。あのね、その内、落ち着いたら服装選びとかお化粧とかについて、相談に乗って貰っても良い? 自分で無難に装える気がしなくって。」
そう言ってみると、途端に女の子は両手を前で握りしめて、ウルウルした目になりました。
「やだ。私がレイナード様のご相談だなんて、恐れ多いですけど! 凄く嬉しいです! 是非服とか飾りとか化粧とかのこと、お話させて下さい!」
物凄く興奮した様子の女の子の様子が素直に可愛いです。
ところで、そろそろお名前聞いても良いでしょうか?
「あのね、名前って聞いても良い?」
男のレイナードが聞くとちょっと意味深かと思って躊躇ってたんですが、女の子になったし、そろそろ良いですよね?
「あ、済みません。名乗ってもなかったですよね? 私、エスティル・ニーマです。」
「宜しくね、エスティル。」
そう、笑顔で返したところで、ヒヨコちゃんがくいっと首を伸ばしてエスティルに目を向けました。
「ピヨピ!」
「ヒヨコちゃん、お友達だよ? 仲良くね?」
少し強い調子の鳴き声に、慌ててそう言い聞かせます。
「ピヨピ。」
今度は小さく鳴いて、諦めたように首を引っ込めました。
「凄く大きな鳥の雛ですよね? 食堂の特別席ってその雛を連れてるからなんですよね?」
覗き込んで来ようとするエスティルからそっとヒヨコちゃんを引き離します。
「あー、あんまり近付いちゃダメだよ。手も出さないでね。この子、魔獣の雛なんだけど、ちょっとした都合で今私が託児中で。」
「へぇー。魔獣って危ないんですよね? その雛を人の手で育てたり出来るものなんですね?」
不思議そうな問いに苦笑いです。
「普通はこんなことないみたいなんだけど。まあ、諸事情があって。」
レイナードになってから、諸事情があり過ぎるような気がします。
この調子で残りの人生、トラブルだらけとかだったら、どうしましょうか。
少し凹み始めた気持ちを振り払うように素早く頭を振って、辿り着いた部屋にエスティルと一緒に入って行きました。




