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「我が君! 我が君! しっかりなさって下さい!」
小さな声と微振動が手に伝わって来る。
「ピヨピヨピ!」
ワサッと顔にフワ毛が擦り付けられて、ハッと我に返りました。
「レイナード!」
叫び声と共に、カルシファー隊長がこちらに走って来るのが見えます。
ぼおっと見守ってしまいましたが、地面から複数の振動も伝わって来ますね。
「大丈夫か!」
側まで来て膝をついたのはケインズさんで、肩から背中に手を回して上体を起こしてくれました。
「レ、レイナード??」
そのケインズさんが物凄く驚いた顔になっています。
「えーと。」
その驚きの原因は、やっぱり肩からずり落ちそうになってる上衣とか、トーンが高くなってしまった声とか、顔も女性化してますよね。
固まっているケインズさんの前で、服の前をキュッと前で摘んでずり落ち防止に努めます。
「た、た、た、隊長! レ、レイナードが!」
ケインズさん、脳の処理能力を越えましたか?
言動が可笑しいですよ?
まあ、こちらは笑う気力もないですが。
「どうした! レイナードは大丈夫なのか?」
捕縛された犯人とこちらを交互に見て状況把握に努めていた様子のカルシファー隊長が、ケインズさんに問い返しています。
「多分、大丈夫じゃないです! 今直ぐ医務室に運んでも良いでしょうか?」
え? ケインズさん動揺し過ぎじゃないでしょうか。
何故、医務室?
「何? 歩けないような怪我でも負ってるのか?」
訝しげに問い返したカルシファー隊長がこちらをしっかり見て、やはり固まりました。
「カルシファー隊長! 状況は? ハザインバースはどうなった?」
後ろからトイトニー隊長の声も掛かります。
「で、殿下を! 今直ぐ団長をお呼びして下さい!!」
切羽詰まったカルシファー隊長の声に、トイトニー隊長もこちらを覗き込んで来て、絶句しました。
が、立ち直りは早いです。
「わ、分かった。団長も非常事態の報告を走らせたので、こちらに向かっておられるはずだ。オンサー、リムニィ医師を呼んで来てくれ。」
指示を出したトイトニー隊長は、こちらをマジマジと見つめつつも、他にも駆け付けて来た隊長達に、冷静に犯人についてや現場の措置などを続けて指示していきます。
管理者の鑑ですね。
「レイナード様、僕はまた消えていますね。」
指にしがみ付くように取り付いていた指人形が囁くように口にして、パッと姿を消しました。
ヒヨコちゃんは、いつの間にか膝の上を陣取っていて、つぶらな瞳でこちらを見上げています。
力なく微笑み返すと、小さく小首を傾げて、お腹の辺りにスリスリして来ます。
どういう訳か、性別を悟られていた指人形とヒヨコちゃんには、性別が変わった事には特に問題はないようです。
支障がありそうなのは、やはり周りを囲む第二騎士団の皆さんですよね。
背中からそっと手を離したケインズさんは、複雑そうな顔をしています。
「カルシファー隊長、レイナード様は? またやんちゃしちゃったのかしら?」
この声は、久々のご登場のリムニィ医師ですね。
覗き込んできたリムニィ医師は、パチパチと目を瞬かせて。
「あらぁ。レイナード様ったら、女装願望でもあったの? 魔法暴走が変な風に作用したとか? それとも呪いの類? でも、羨ましいくらい絶世の美少女になっちゃった事だし、そのままでも良くないかしらぁ? 第二騎士団の他の子達の士気が上がるんじゃあない?」
この気の抜ける言葉に、周りの皆が若干イラッとしたのを感じましたね。
「取り敢えず、身体に合った服が欲しいです。それから、団長殿下と父が来るまで、色々黙秘します。」
良いタイミングなので、そう宣言してみると、トイトニー隊長が鋭い目を向けて来ました。
「それは、ランバスティス伯爵も呼んで欲しいという事か?」
「はい。」
はっきりと答えたところで、トイトニー隊長には少しばかり不快を滲ませた深い溜息を吐かれました。
「君の事は、何と呼べば良い?」
カルシファー隊長がトイトニー隊長よりは温度のある表情で問い掛けて来ます。
「お好きなように。何と呼ばれるべきなのか、私にも分かりません。」
そう返すと、周りの皆から唸るような声を出されました。
「誰か財務へ行ってランバスティス伯爵を呼んで来てくれ。レイナードの事で火急の相談事があるから、直ぐにと。シルヴェイン王子殿下もお待ちになっておられると伝えて構わない。」
トイトニー隊長の言葉に従って、第二騎士団の騎士さんが1人走って行きました。
「あとは、服装か。一番サイズの小さい訓練着、いや制服が良いか? それとも、何処かで侍女服でも借りて来るか?」
これには、流石にトイトニー隊長も戸惑っているようです。
「あの、食堂の女の子に私服を借りて来るのはどうでしょうか? ついでに本人にも着付けを手伝って貰った方が良いかと。」
動揺から立ち直って来たのか、ケインズさんが意見を出してくれました。
「そうだな。ケインズ、頼んで来てくれるか?」
トイトニー隊長の弱ったような苦めの返事に、ケインズさんは頷いて走って行きました。
「レイナード。便宜上今はそう呼んでおく。」
前置きしたトイトニー隊長が話し始めます。
「一つだけ確認しておく。お前は、悪意をもって第二騎士団に入り込んで、我々を謀って何かを企んでいた訳ではないな?」
そこは、隊長として絶対に確かめておくべき事だったのでしょう。
「はい。それはありません。」
こちらもそれだけははっきりと返しておくと、トイトニー隊長にはまた、深々と溜息を吐かれました。




