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『なりませんぞ! レイナード様!』
いつか耳にした賢者の声が、慌てて遮っている。
『中身だけの完全な入れ替わりなど! 貴方様の折角の魔王の魔力が! この世界から消えてしまう!』
“ああ、やっぱりね。”
苦々しい独白が、耳慣れてきた声で聞こえて来た。
『何の為に! 苦労してこの世に作り出した魔王の魔力持ちの子供が! 結局、子供の内に取り上げる事には失敗してしまったが、今度こそ追い込む事には成功した筈が!』
黒々とした賢者の告白に、失笑が聞こえる。
「貴方の思い通りにはならない。私は幸い、全てを投げ出してしまいたいと望んだ親愛なる彼女を迎えて、完全に入れ替わる事も出来た。残念だがこれで、さようならだ。」
はっきりと耳に届いたレイナードの声をそうと認識出来たところで、こちらも反論の声を頑張って上げる事にしますよ!
「ちょっと待った! 私は全て投げ出してしまいたいとか思ってないからね! 何勝手に入れ替えてくれたのよ!」
途端に、戸惑うような空気が広がります。
「ーーーも、そんな事を言っていたが、この入れ替わりは片道通行で、もう元には戻せない。貴女はあの日、確かに望んだはずだ。だから、酷く傷付き心が疲弊していて、自らの過去や現状に納得しておらず未練がない者、という選定条件が満たされた。」
「えぇ?? あの日? こっちに来る直前、やけ酒飲んでて・・・、確かに全部捨ててやるって叫んでたかもしれないけど。でも、それはその場の勢いで。最後には、明日からも負けるかやってやるって思ってた筈!」
「・・・うーん。ーーーもそうに違いないって言っていたな。が、まあ手遅れなので、何とか頑張って貰えないだろうか?」
「いやいや、ちょっと待とうか。そんな無責任な話ってある?」
「もしかしたらだが、選定条件に表層心理しか反映されていなかったんじゃないかと分析してみたりもした。だが、やり直しはもう出来ないので。せめて一つだけ伝えておきたいんだが、君を陥れた碌でなし男だが、地表まで減り込む勢いで突き落としておいた。最早私達の前には姿を見せる事も出来ないだろう。」
「碌でなしって! あんたもでしょうが!! てゆうか、あの男は私がめり込ませるつもりだったのに!!」
「済まない、が。少しは溜飲が下がっただろう?」
勝手な話に怒りが沸々と湧いて来る。
「済まないで済むか!! あんたはエセ賢者様を出し抜いてやったつもりかもしれないけど! 私の人生返せ!!」
「ごめんね。でも、私はこちらに来てーーーに出会えて、世界が開けたような気がする。貴女のご両親にも、海外で手術して男になってくるって伝えて来たから、性別の入れ替わりも問題なくなった。これまで、貴女には不自由をさせて済まなかった。身体は私のものだが、これからは性別も入れ替わるから、きちんと女性として生きていけるから、ね。」
「・・・い、いや〜!!」
心の底から溢れ出した悲鳴がこだました。




