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面会室には、微妙な空気が流れてます。
「因みに、最近俺が記憶を失ってからは、その黒いアゲハ蝶見掛けた?」
これ、重要な確認事項じゃないでしょうか。
「ええと、そういえばお見掛けしていませんね。レイナード様が分かり易くお優しくなられましたから、必要が無くなったのかもしれませんね。」
にっこりそれは嬉しそうな笑顔で言ってくるハイドナーには、渇いた笑いを返してあげました。
「ハイドナー、この機会に色々はっきり訊いときたいんだけど。俺の記憶にないレイナードのこと。」
この際、色々訊いてしまおうと思います。
「はい。何なりとお答えしますよ。」
ハイドナー、それは嬉しそうな良い笑顔になりました。
取り敢えず、突然降ってくるトラブル回避の為に、微妙な話題から行ってみましょう。
今回の事で、こちらも知らずに済ませてた事を反省しましたから。
「まず、女性関係で精算出来てないものはないよね?」
レイナードのこの顔、普通に考えたら周りが放っておいてくれない筈です。
具体的にどんなトラブル背負ってたのか聞いておかないと、いつかのボコ殴り事件の二の舞に成り兼ねません。
「ええ。レイナード様は普段は素っ気無い方でしたが、不思議と夜会やお茶会などの催しには良くご参加されていまして、その場では女性の方とも卒なくご交流されていたようです。どなたとも良くお話される代わりに深い仲になられた方はいらっしゃらなくて。お相手の方に誤解されるような事も無かったそうです。」
「そうなのよ。レイナード様は、いつも程よい距離感を保って、でも絶対に本音を覗かせずにスルリと皆の間を渡り歩いていて。確かにそこにいらした存在感はあるのに、気付けば隣のテーブルで他の方と話してらっしゃるような。」
あれ、ますますレイナードが分からなくなってきましたよ?
これ、ただのダメ男に出来る芸当じゃないでしょ。
レイナード、実は策士だった説がやっぱり浮上してきましたよ?
「・・・それじゃ、レイナード何しにその催しに参加してたんだ?」
ケインズさんが思わずと言うように口を挟んでます。
「実は賑やかな場が好きだったとか? うーん、それにしても騎士団に来てからのレイナードとは、随分と印象が違うよな。」
オンサーさんも分析始めたようです。
「そうなんですよ! 本来レイナード様はそんなに攻撃的な方では無いんですよ。どちらかと言うと、家で静かに読書してらっしゃるのが似合う方で。そもそも夜会やお茶会にいらしている姿が不思議と思う程に。」
という皆様の情報を総合すると、ちょっと見えて来ましたよ。
レイナード、その催しでは情報収集してたのかもしれません。
「男友達は? 社交の場に出てたなら、当然親しい友達とかも居たんじゃないのか?」
その友達関係に探りを入れてみたら何か出てくるんじゃないでしょうか。
「・・・それが。レイナード様、男性はお嫌いだったみたいで。寄って来られる方は沢山いらっしゃったのですが、一律すげなく遠ざけてしまわれるんです。」
ええと・・・。
頰を掻いて明後日の方向を向いてみました。
「それだ! だからここでもあの態度だったのか。」
苦い口調になったケインズさん、第二騎士団でのレイナードは、通常運転だったって事ですね。
「うーん。男関係で、過去に嫌な事でもあったのかもなぁ。その顔だもんな。そりゃあ、本人に悪気がなくても色々引き寄せただろうからな。」
オンサーさんもちょっと同情的な目を向けてくれます。
うーん、ダメですね。
ますますレイナード像が分からなくなって来ました。
「あーダメだ分からない〜。何考えて生きてたんだろレイナード。あ、そうだハイドナー、家族構成、父兄弟以外は?」
ぼやきからの重要な質問に、ハイドナーがああという顔になりました。
「あのさ。」
と、ここでコルステアくんがこちらに睨みをくれながら声を上げます。
「あんた、誰?」
その確信を持った問いには、一瞬言葉に詰まってしまいました。
周りの空気がカチッと凍り付きます。
あー、えっともしかして、その様子だと皆さんどなた様も一度はその疑問を頭に浮かべた事があるって事でしょうか。
はい深呼吸!
「誰でしょうか?」
にっこり笑顔で誤魔化しに掛かりますよ?
「・・・魔力が、アイツのはもっと得体が知れなかった。」
あー、コルステアくんも魔力の変化が分かっちゃった人でしたか。
これ、誤魔化し切れないかもしれないです。
「・・・へぇ。」
薄い反応を返してから、コルステアくんと見つめ合いますよ。
「近々、シルヴェイン王子に付き合って貰って、父と話し合いの場を設けてもらうんだけど。コルステアくんも同席する?」
真正面から見返しながらコルステアくんに告げると、途端にその目が揺れました。
「・・・何考えてるのか分からないのは、あんたの方だ。」
ボソッと溢したコルステアくんに、にこっと笑顔を向けておきます。
「あのね。大事な交渉ごとの時は、動揺したら負けなんだよ?」
余計な一言を挟みつつ、その場で腕を伸ばして伸びをします。
と、ここで膝の上でモソモソ。
ヒヨコちゃんが目を覚ましましたよ。
「ピヨピヨピ?」
甘えるような可愛い鳴き声です。
「おはよう、ヒヨコちゃん。そろそろ次の餌の時間かな?」
スリスリしてくるフワ毛に覆われた頭をヨシヨシと撫でてあげます。
「レイナード。」
ふと名前を呼んで来たカルシファー隊長の声が、驚く程真剣です。
目を向けた先で、躊躇うように言い澱むカルシファー隊長と、その他の皆様の表情も一律微妙です。
これは、何事もなかったようにっていうのは無理ですよね。
「この話の続きはまた後日って事で良いですか? レイナード父とシルヴェイン王子と、きちんと話してからで。」
部屋を見渡して一人一人視線を合わせていくと、揺れる瞳やら複雑そうな顰め面やらを見る事になりましたが、反論は返って来ませんでした。
取り敢えず、これまで頑張ったと思うんですよ。
ダメ男仕様だったレイナードを払拭しながら。
「レイナード〜! ヒヨコちゃ〜ん! お母さん来たぞ〜!」
廊下から叫び声が聞こえて来ます。
恐らく玄関から誰か呼んでくれてるようですね。
「は〜い! 今行きま〜す!」
こちらも叫び返しながら、立ち上がります。
「じゃ、そういう事で、行って来ますね〜!」
言い残すと、ダッシュで扉に向かいます。
それに、はっと我に返った様子のカルシファー隊長が付いてくるようです。
廊下に出て走り始めると、ふうと大きく息を吐きます。
「レイナード!」
とここで並んだカルシファー隊長が呼び掛けて来ます。
「それでもお前は、俺の部下だからな!」
続いた言葉には、少し驚いてしまいました。
「だから! そんな捨てられた犬みたいな顔するなよ!」
えっ??
思わずガッツリ振り返ってしまうと、カルシファー隊長がにっと笑っています。
ちょっと! いつそんな顔してました?
半眼を向けてみせると、バシッと背中を叩かれました。
「お前がなんであろうとも、親と上司ときっちり話付けようとしてるんなら、問題ないだろ? 胸張ってここに居ればいい。」
最後は重々しく言ってくれたカルシファー隊長は、なんだかんだ面倒見の良い上司ですね。
苦笑いを返しつつ思う事は。
レイナードは何で逃げ出すことしか考えなかったんだろうって事です。
第二騎士団本当に悪く無いですよ?




