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面会室の空気が重いです。
そして、酸素も薄いんじゃ?
「という訳で、お話続けて良いでしょうか?」
仕切り直しの言葉を口にすると、椅子に座らず周りを囲むカルシファー隊長とオンサーさんやケインズさんが無言で頷いています。
それに威圧感を感じるのか、ロザリーナさんとコルステアくんが引き気味な顔でそちらをチラチラ見てますね。
最早後ろに立つお3方、レイナードの保護者のつもりなんじゃないでしょうか?
そもそも、ハイドナーには午後勤務に遅れる旨、カルシファー隊長に伝えて来て貰うつもりだっただけなんですが。
何故かカルシファー隊長だけじゃなく、オンサーさんとケインズさんも連れて帰ってくるんですから、驚きです。
まあ皆さん、色々気にしちゃ負けです。
ここは、何事も無かったかのように始めますよ?
「それで? ロザリーナさんは、俺の口から婚約解消の話を聞きたいって事で良いですか?」
もう結論から押さえていきますね。
「えっと、でも、レイナード様はわたくしとの事も何も覚えてらっしゃらないのでしょう?」
「うーん、そこはねぇ。前の俺が何を考えてたのかは正直全く分かりません。振り回されたロザリーナさんには申し訳ないんですけど、万が一前の俺がロザリーナさんに優しい心を持って接してたとしても、何だか良く分からない事件を引き起こしたらしい俺とは、もう婚約してられない状況なんですよ。そこは理解出来ます?」
誤解だったのか真実だったのか分かりませんが、優しいと思い込んでたレイナードに、ロザリーナさんは少なくとも心惹かれてたって事ですよね。
その相手といきなり婚約解消する事になって、割り切れないのはまあ無理もないのかもしれません。
しかもこれって、ロザリーナさんにすっぱり諦めて貰う為にはっきりさせるのが正解かどうかは微妙な話ですよね。
万が一傷付いたロザリーナさんを受け止めて慰めるのが、あの冷たい態度のコルステアくんっていうのも、ちょっと不安を感じますしね。
案の定ロザリーナさん、俯いてしまいましたよ。
「コルステアくんは、ロザリーナさんと婚約したんだから、そこは責任持って仲良くしようって努力出来るんだよね?」
ここは、ちょっとコルステアくんにも強めに行きますよ。
「・・・あんたのとばっちりを何で僕が・・・」
ボソボソ言い出したコルステアくんの言葉は遮りますよ。
「はいそこ! いつまでもお子ちゃまな態度はダメですよ! 婚約って将来結婚するって事だよ? 結婚ってその相手と互いを尊重ながら人生を共にするって事だよ? 前向きに相互理解の努力を重ねていく契約なんだから、ロザリーナさんと向き合う努力が必要です! そこに俺のことは関係ないでしょ!」
強めのお説教には、コルステアくんの敵意に満ちた睨みが返って来ました。
「あんたに何で偉そうに、そんな事言われなきゃならない!」
「俺は俺の過去に対する反省を、今ここで滅茶苦茶強いられてるって、分かってる? だから、コルステアくんからの物凄い反発も嫌味も俺なりに受け止めてるつもりだよ? 何言われても、文句言った事ないでしょ?」
真っ直ぐそう返してみると、コルステアくん唇噛んで黙りました。
「だからね、俺に対して素直じゃない突っ掛かり方したり、嫌味言ったりするのは誰にも迷惑掛からない状況でなら構わないよ? でも、ロザリーナさんの事はもう俺と結びつけちゃダメだよ?」
「っ! それは! ロザリーナがあんたの事ばっかり!」
あれ? もしかして分かりにくいけど、実はヤキモチでした?
ロザリーナさんに困った目を向けてみると、少し赤い顔になったロザリーナさんがすっと目を逸らしました。
もしかして、レイナードの家系って実は面倒臭い性格の人間が多いんじゃ。
兄も別方向に振り切れてましたし、レイナードも言わずもがな、コルステアくんは究極のツンデレ体質っぽいし。
溜息吐きたくなって来ましたよ。
「あの、レイナード様?」
ここで口を挟んで来たハイドナーに、面倒な事言い出すなよと圧を込めて笑顔を向けておきます。
「一つだけ宜しいでしょうか? ロザリーナ様への贈り物の贈り主についてですが。私はやはりレイナード様だと思っております。」
そこ、今蒸し返しますか?
ロザリーナさんのレイナード愛を助長するような事今更言って欲しくないんですが。
「ええと、その根拠はって訊かなきゃダメ?」
「え〜? そこは言わせて下さいよ〜!」
ハイドナーのうるうる目には、やはり引いてしまいますね。
「はあ。まあ、ご勝手に?」
物理的に隣に座るハイドナーから上半身を離しながら許可してみると、ハイドナーは嬉しそうな笑顔になりました。
「レイナード様は、ロザリーナ様がお越しになるのを実はとても楽しみにしてらっしゃったんですよ? いつも、お越しの時は密かに前準備を欠かされないんです。その方向性はまあ、ちょっとアレですが。」
あー、何だか聞きたくない暴露話が始まりそうな予感です。
ほら、ロザリーナさんの目が輝き始めましたよ。
そして、同時に嫌そうな顔になったコルステアくん。
平和が欲しいです。
遠い目になりつつ、ハイドナーの話の続きを待ちます。
「レイナード様は、読書を始めると入り込んでとにかく周りを気にしなくなられるんですが、ロザリーナ様がいらっしゃる日は、必ず読む本の傾向が変わって、軽い読み物感覚の本をご用意されるんですよ。ですから、あれは聞き流してるフリで、絶対に聞いていらっしゃった筈です。」
うんうん頷きながら語ってくれたハイドナーには、何となく蹴りを入れてあげたい気分になってしまいました。
そんな事を言うから、ロザリーナが両手を前で握りしめて目がうっとりしています。
「それに、レイナード様がお優しいのは本当です。レイナード様は魔法は使えない方でしたが、潜在的に魔力が高いからか、使い魔的なモノが居たようなんです。」
そのハイドナーの発言に、室内の全員がハイドナーにザッと目を向けます。
恐らく、これ皆さんが初耳なんじゃ。
「使い魔?」
カルシファー隊長が眉を寄せて怪訝そうに問い返しています。
「はい。レイナード様にはっきりと聞いたことはないんですが、レイナード様の側を時折黒いアゲハ蝶らしきモノが飛んでいるのを見掛けた事があります。こちらがはっきりと見てると気付くと、パッと姿を消してしまうのですが。」
これはちょっと冷や汗ものですね。
レイナード、なにハイドナーに見られてるんだか。
「黒いアゲハ蝶の使い魔、か。それで? それが何かしてたのか?」
続けて問うカルシファー隊長に、ハイドナーは何か嬉しそうにふわりと笑いました。
「私達レイナード様の従者や、ロザリーナ様もそうですが、落ち込んでいたりすると、その黒いアゲハ蝶がふわりと目の前を横切って、注意を引いて角を曲がった先にちょっとした贈り物が置かれていたりするんですよ。花が一輪とか、四葉のクローバーとか。」
中々乙女な感覚の贈り物ですね。
「うーん。レイナード、お前その黒いアゲハ蝶に心当たりとかあるか?」
カルシファー隊長に訊かれて首を傾げます。
「無いですね〜。それ、本当に俺の使い魔的なモノだったんですかね?」
「さあなぁ。そんな話聞いた事ないからな。塔の魔法使い共に聞けば何か分かるかもしれないが。」
と言いながら、カルシファー隊長、コルステアくんを見ます。
「実物を見てみないとはっきりとは分からないな。それ、蝶の形を取ってたかもしれないけど、実態は違うモノだったかもしれないから。大体ハイドナーは、そういう大事な事を何で父上にも誰にも言わなかったんだ?」
後半はハイドナーに責めるような口調を向けるコルステアくんに、どうしたものかと困りますね。
「ええ。でも、きちんと見ると消えてしまうので、誰に話しても信じて貰えないかと。」
背を窄めながら言うハイドナーに、コルステアくんは溜息を吐いて返しました。
ここへ来て、レイナードの新情報と共に、人物像が分からなくなって来ましたよ?
「はあ、もう。分からなくなって来た。レイナードって本当はどんなヤツだったんだ?」
つい溢してしまった言葉に、部屋中から呆れたような視線が返って来ました。




