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 追って行った先の兵舎の廊下で、シルヴェイン王子がこちらを待つように立ち止まっています。


「余り時間がないので立ち話で済ませる。」


 すぐ側まで追い付いたところで、シルヴェイン王子が振り返って前置きして来ます。


「塔に借りを作ってでも、ハザインバースの件は現状維持の方向で調整が進んでいる。それから、今朝一番で財務次官に個人的な面会を申し込んだ。」


 二つ並べたシルヴェイン王子は、昨日のこちらの要望に最速で応えてくれたようです。


「有難うございます!」


 もうこれには感謝しかないです。


「といった私の苦労を無にするな。もう一度言っておく、塔とは揉めるな。」


 成る程です。


 マニメイラさんに喧嘩腰はしばらく自粛した方が良さそうですね。


 ただ、事あるごとにレイナードの能力値を探ろうとしたり、実験体宜しく協力という名の調査をさせろというのは容認出来ません。


 そういうのは、行き過ぎるといずれこちらの尊厳を失う行為に走らせる原因にもなり兼ねないんです。


 絶対に認めさせる訳にはいきませんね。


 実際、過去のレイナードの記憶の中にあった、それを目論んでいた者の声も聞いていますし。


 ここは、上手に躱してすり抜ける方法を考えておくべきでしょう。


「なるべく自粛します。ただ、何度も言いますが、塔の魔法使いに俺の能力を引き出す手助けをさせたり、探らせる許可だけは絶対に与えないで下さい。レイナードの記憶喪失の原因の一端は多分それです。」


 こちらもシルヴェイン王子には、少しずつ本音を晒しておきますよ。


「・・・前から思っていたが、お前は時々、自分がレイナードじゃないみたいに話す時があるな。」


 何か確かめるように強い瞳のシルヴェイン王子が問い返して来ます。


「だから、俺にはこの地でレイナードとして生きて来たという記憶がないんですよ。自分がレイナードだという確かな確信も。」


 シルヴェイン王子は秀麗な眉を顰めました。


「・・・私は、そもそも、何か思い違いをしているのか? お前は・・・」


 決定的な言葉を引き出してしまいそうなので、ここは遮る事にしますよ。


「なので! 父との話し合いが重要なんです。俺も自分の状況把握を客観的になるべく正しく行っておく段階だと思ってるんです。」


 にっこり笑顔で言い切ると、シルヴェイン王子は黙って何かを見極めるようにまじまじとこちらを見詰めてから、頷き返して来ました。


「ところでその雛鶏だが、随分ここにも慣れた様子だと報告があったが、お前以外には相変わらず懐かないのか? 誰か抱き上げる事を許したり、自主的に近付かれている者は?」


 取り敢えず、話題を変えにきたシルヴェイン王子に逆らわず、小首を傾げつつそんな対象がいたか思い出してみますよ。


「えーと。今のところ、俺にべったりですね。時々、ヤキモチ妬くみたいに威嚇っぽい声を上げてるのは見ましたけど。」


 初対面の時のコルちゃんと、兄と女性達に、ちょっと不穏な鳴き声立ててましたね。


「そうか・・・。お前が親しい者、ケインズやオンサー、カルシファーでも良いが、誰かそっと近付いて嫌がられないか試してみるべきかもしれないな。」


 このまま第二騎士団ナイザリークで育てて行くなら、確かに何かあった時の為の代理として誰か世話が出来る者がいた方が良いでしょう。


「そうですね。ちょっと試してみますか?」


 問い返すと、シルヴェイン王子、考え込んでしまいました。


「お前が警戒する相手は、まあやめておくべきだろうな。塔の魔法使い達が側で観察したがっているが、今はまだ駄目だな。」


 ボソボソ言いながらヒヨコちゃんを見詰めるシルヴェイン王子。


 ここでイタズラ心が働きましたよ。


 そおっと近寄って、ヒヨコちゃんを抱えた腕をシルヴェイン王子に近付けますよ。


 途中で意図に気付いたシルヴェイン王子が一瞬びくりとし掛けましたが、そこはぐっと堪えて深呼吸しつつじっとしています。


 ヒヨコちゃんは突然腕を伸ばされて、キョロキョロした挙句、シルヴェイン王子と目が合ったようです。


 途端に目付きが鋭くなりますが、声は立てずにシルヴェイン王子とのお見合いならぬ睨み合いに入ります。


「ピ!」


 少し低い鳴き声ですが、威嚇ではなくこちらをチラッと見るので、問い掛けて来るように見えます。


「ええと。ヒヨコちゃん、この人には逆らっちゃダメ。仲良くだよ?」


 言い聞かせように口にすると、ヒヨコちゃんは何か不満そうな顔をしながら、シルヴェイン王子をチラッチラッと見ています。


 それからプイッと視線を逸らして、フワ毛を膨らませて腕の中で寛ぎ姿勢を取りました。


 これは・・・。


「そっと、後ろ頭撫でてあげて下さい。」


 声音を抑えてそっと伝えると、シルヴェイン王子が今度こそビクッと少しだけ肩を震わせてから、そおっと手を上げました。


 顔が面白いくらい真剣です。


 本当にそおっと頭のフワ毛に触れたシルヴェイン王子は、ガチガチの手で細心の注意を払ってフワ毛に触れた指先を前後に動かします。


「ピピュ。」


 あちらも身体に力の入ったヒヨコちゃんが小さな囁くような声を立てます。


 普段撫でてあげている時の気持ち良さそうな目を細める表情とは違い、我慢している顔ですね。


 可哀想なので、すっと腕を引いてシルヴェイン王子の手から離すと、ヒヨコちゃんはホッとしたように息を吐きました。


 因みに、シルヴェイン王子の方もホッとしたような表情になっていますね。


「レイナード、いきなりは止めろ。」


 疲れたような覇気のない声で言われて、可哀想になってしまいました。


 連日、シルヴェイン王子には尻拭いをさせてしまっている気がするのに、追い討ちのイタズラは良くなかったですね。


 素直に反省しようと思います。


「済みません。でも、そのですね。俺が一番信頼してるのは殿下だから、ヒヨコちゃんにもその気持ちが伝わるかなって。」


 言い訳しつつもそう謝ってみると、シルヴェイン王子は目を瞬かせて、ふっとこれまた疲れたような笑みを浮かべました。


「そうか。まあ、今のお前には悪意のある裏は無さそうだからな。そこは私も信頼している。」


 ドSの王子様も、今日は流石にお疲れ気味のようですね。


 反応が大人しいものです。


「さて、それじゃ俺、昼に行って来て良いですか?」


「ああ、行って来い。」


 許可を貰ってから踵を返しました。


 コルちゃんのお昼ご飯を済ませてから食堂行きになりますかね。


 兵舎の廊下を宿舎に繋がる方へ向かいながら、午後の勤務についてどうするのか聞いていないことを思い出しました。


 まあ、昼食後に会議室か隊長達のデスクのある事務室に行ってみることにしようと思います。

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