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第二騎士団 午前の訓練を、周りの環境にも小慣れて来たヒヨコちゃんをベンチ見学席に置いて熟しつつ、お母さんの餌やり対応で乗り切ると、あっという間に昼になっていました。
陽だまりのベンチ見学席でフワ毛に包まれつつウトウトするヒヨコちゃんは、第二騎士団の皆さんにもちょっと癒しの対象になっていたようです。
時折目を細めて見守る方達がいた事は、見逃しませんでしたよ〜。
赤ちゃんって、人間動物変わらず可愛いものですね。
まあ、ヒヨコちゃん魔獣ですけど。
しかも、訓練が終わって近寄って行くと、きちんと気付いて立ち上がって、短い翼を広げて抱っこをせがむみたいな格好をするんですよ。
そんなヒヨコちゃんを見ると、託児係悪くないなぁって思ってしまっているのは、内緒です。
「ヒヨコちゃん、お利口さんだったねぇ〜。」
頭を撫で撫でしながら抱き上げて、抱え込まれた胸に頭をスリスリして来るヒヨコちゃんに笑み崩れていると、訓練場の外から黄色い声が上がっているのに気付きました。
驚いて目を向けた先で、何故か着飾った女性集団がこちらを見てきゃあきゃあ言っているのが見えました。
目を瞬かせてそちらを見ていると、更に甲高い声と共にレイナードの名前が聞こえて来ます。
「レイナード様、素敵〜!」
「笑顔が、笑顔が!」
興奮気味の言葉が漏れ聞こえて来て、思わず、深呼吸しましょう、大丈夫ですか?って言いたくなって来ました。
レイナードって、アイドルみたいな、そういう対象だったんですね。
外面悪いから女性達からも塩対応かと思ってました。
でもまあ、お借りしてる身で言うのも何ですが、この容姿ですからね。
思わず渇いた笑みが浮かんでしまいました。
「ピヨピ!」
と、腕の中でヒヨコちゃんが鋭い鳴き声を立てました。
朝のレイナード兄のイオラートさんの時と同じく、きゃあきゃあ騒いでいる女性達に鋭い抗議の目を向けていますよ。
ここは、トラブルは事前に叩き潰す方式で。
「あーえっと。そちらの女性の皆さん、今こちらには訳あって魔獣の雛が居ますので大きな声で刺激を与える行為はご遠慮下さい! また、現在第二騎士団兵舎周辺は魔獣の親鶏が降りて来る事もある非常に危険な場所となっておりますので、速やかに敷地内から離れてくださいますようお願いします!」
声を大にしてご案内口調で退去を促すと、女性達が瞬時にシンと静かになった後、唐突に隣の女性同士で抱き合った挙句、押し殺した声で悶絶するような悲鳴らしき声を立てている。
その光景に寒気がしてしまうのは、芸能人でもなく免疫のないこちらとしては仕方のない事ですよね?
「レ、レイナード様、素敵。張り上げた艶のあるお声が・・・」
漏れ聞こえて来る声から、まだやっているようですね。
どうしましょうか、これ。
引き気味な顔でそちらを見ていると、隣まで来ていた様子のケインズさんが深々と溜息を吐いています。
「隊長は会議に呼ばれていていないし。仕方ないから散らして来る間に中に入ってしまえ。」
言いながら女性達の方へ向かって行くケインズさんは、やっぱり男前です。
感謝しつつヒヨコちゃんを抱え直します。
「はい、レイナードがさっき言った通り、非常に危険ですので出て行って下さいね! はいそこ、出口はあちらです! あんまり聞き分けて下さらないと、衛兵に突き出す事になりますからね!」
中々苦戦気味のケインズさんには申し訳ないですが、他の隊員さん達も手伝ってくれているようなので、この隙に兵舎に入ってしまいましょう。
そっと女性達とは別の出口から訓練場を出て兵舎に向かいます。
「あら、レイナード様。今からお昼?」
そう言って兵舎の方から出て来たのは、塔の魔法使いマニメイラさんです。
後ろにコルステアくんも居ますね。
「あ、マニメイラさんは会議でした?」
隊長達に招集が掛かった会議は、ヒヨコちゃんの処遇についてだったのでしょう。
託児2日目に入る今日は、隊長達の誰かが常にヒヨコちゃんを監視しているという昨日の状態からは警戒態勢が緩んで、餌やりのタイミングで誰か駆け付けるという方針に切り替わっています。
「ええそう。そのヒヨコちゃんがね、意外に大人しいし、親鶏も餌やりに降りて来るだけで直ぐに飛び立って悪さもしないから、いっそこのまま塔の協力の下、観察を続ける方がお得かしらって話になっていてね。」
そこでにこりと意味有りげに微笑んで来たマニメイラさんには、少しだけ身が引けます。
「塔としては、ハザインバースの生態を観察する良い機会だっていう方向に持っていってあげたんですからね? レイナード様、これは貸しよ。だからこれからは、もう少し色々協力的になって貰いますからね。」
良い笑顔でずいっと顔を寄せて来るマニメイラさんには、自然と後退ってしまいますね。
マニメイラさんに貸しって、滅茶苦茶怖いんですが。
「あの〜、えっと。協力的って、俺そんなに逆らったりしてないですよ?」
何とかこの場を濁して逃れたいこちらの内心を見透かすように、マニメイラさんはふっと挑戦的に笑いました。
「国一番の魔力持ちの可能性大。しかも魔法に転化し始めたばかりの未分化な部分が多く残る魔法使い。それなのに、塔に所属していなくて、第二騎士団所属。・・・これを放っておける訳がないじゃない!」
そういうものなんでしょうか。
「あの〜。魔法とか魔力とか、あんまり良く分からないんですが、そんなに問題視するようなものですか? 魔法って、結局その人が何処でどう使うかですよね?」
ここは、しっかり予防線張りますよ?
やりたい事しかやらない宣言です。
「あのねぇ。国家に所属しててそんな事許される訳ないでしょ? 貴方の持てる能力は把握されて、国の為に役立てられるの。それが国家に所属の魔法使いの定めよ。」
「え? だって、俺塔の魔法使いじゃなくて、第二騎士団の騎士ですよ? 対魔物戦線で有効な魔法の行使は磨くべきだと思いますけど。」
簡単に丸め込まれたりしませんからね。
目力込めて返してみると、マニメイラさんがふっと壮絶な笑みを浮かべました。
「レイナード様。ご自分の立場が分かってる?」
いやいや、マジで怖っ!
マニメイラさん、その悪役じみた超似合う笑み、やめた方が良いですよ?
「マニメイラさんも、薮の突き方、学んだ方が良いですよ?」
言い返したところで、不意に兵舎から出て来たシルヴェイン王子に頭上から一撃、ゲンコツ食いました。
「喧嘩を売るなと、散々言っているだろう?」
低い声は、苦々しげです。
「はーい、すみませーん。」
棒読み感満載の返事をしてしまいましたが、シルヴェイン王子には逆らいませんよ、命綱ですから。
途端に深々と溜息が返って来ます。
「レイナード、このままちょっと付いて来い。」
言ってシルヴェイン王子は兵舎の中に引き返して行きます。
「あ、それじゃマニメイラさん、コルステアくんもまた。」
挨拶して2人の隣を通り過ぎてシルヴェイン王子を追う事にします。
後ろからマニメイラさんのぼやきが聞こえて来た気もしましたが、聞き流しておく事にしました。




