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怒涛のヒヨコちゃん餌やりタイムを終えて、出て来ていたカルシファー隊長と何となく一緒に食堂に戻る事になりました。
「朝飯の最中だったのか?」
「いえ、食べ終わった直後ってとこでした。食器も置きっぱなしだったし、様子見に戻ろうかなと。」
答えたところで、もう一つ用件があった事を思い出しました。
最近、色んな事件が併発している所為か、物忘れが激しいです。
「あ、そういえば、兄らしき人と会ったんですよ。食堂で。」
「は? 兄らしき人? 財務に勤めてるランバスティス伯爵の後継者で長男のイオラート・セリダインか?」
やっぱり兄でしたか。
「うーん、多分そうですね。官僚服っぽいの着てましたし。」
「ふうん? でも、何でまた食堂だ?」
カルシファー隊長の心労が増える発言は控えた方が良いでしょうか?
「ええと、料理長に用があるみたいでしたよ? ついでに少し話せたらって声掛けてから出て来たんですが、まだ居ますかね?」
「まあ、財務の人間は常に忙しそうだからなぁ。」
「そうですよね〜。」
軽く流したところで食堂に辿り着きました。
まだ食事中の隊員も残る中、先程ヒヨコちゃんと並んで座って食事していた一角で、まだ推定兄と料理長が話しているようです。
「あー、あれか? 確かに財務の人間だな。」
言いながら離れて配膳カウンターの方に向かって行こうとするカルシファー隊長は、これから朝食なのでしょう。
もしかして、関わり合いになりたくないっていう事でしょうか。
まあ、良いんですが。
仕方なく料理長達が話す食堂の隅に向かいます。
「と言う訳で、あの悪徳商人、吊し上げてやりたいくらいですよ! それもこれも、レイナード様が指摘して下さらなきゃこっちは気付きもしませんでしたよ!」
そんな台詞が聞こえて、来るタイミングを間違えた感満載です。
「レイナードが? まさか。」
そんな胡乱な目になる推定兄の言葉に、物凄く気不味い気分です。
「ピヨピ?」
と、唐突に腕の中で大人しくしていたヒヨコちゃんが鳴き声を立てました。
一斉に振り返る食堂中の視線が痛いです。
「ヒヨコちゃん? もうお腹空いたのか?」
何処からともなくそんな声が掛かります。
いやいや皆さん、その近所のおばちゃん的な呼び掛け、ヒヨコちゃんに馴染み過ぎなんじゃ?
「いえ、さっき貰ったばっかなので、お腹は大丈夫だと思います。」
言いながら覗き込んだ腕の中で、ヒヨコちゃんがいつもはつぶらな瞳を鋭くして睨んでます。
その視線の先を辿ってギョッとしました。
「ヒヨコちゃん?」
「ピヨピ!」
嘴を突き出して抗議するように鳴き立てる先は、どう見ても推定兄の方です。
「レイナード? ・・・それは?」
「ええと。貴方レイナードのお兄さんで間違ってないですか?
この子は第二騎士団名物、ハザインバースの雛鶏のヒヨコちゃんです。」
「いや、そこは名物にするなよ。」
どなたかの突っ込みが入りましたが、流す方向で。
「間違いないですかって・・・。それにハザインバースって魔獣じゃなかったか?」
推定兄、かなり及び腰です。
「記憶が無いんですよね。ちょっと前から。自分の事はレイナードって言うらしいって事と、財務次官のランバスティス伯爵が父親らしいって事と、魔法使いのコルステアくんが弟らしいって事と。自分は第二騎士団に放り込まれた素行不良のダメ男だったって事くらいは分かりましたけど。」
胸を張って教えてあげる事にしますよ。
推定兄、レイナード記憶喪失の情報は知らなかったみたいですね。
この様子だと父も知らないんじゃないでしょうか。
コルステアくん、家族と会話のない子なんでしょうか。
「レイナード! 一体何があったんだ! だから、父上にも第二騎士団に放り込むなんて無茶だって言ったんだ!」
拳を握って目元を潤ませる推定兄の反応は想定外で、目を瞬かせてしまいます。
「えっと?」
そのまま近付いて来て、眉下がりに潤む目を堪える推定兄は、二の腕にそっと包むように手を掛けました。
「辛かったのか? 辛かったんだよな? お兄ちゃんが王太子殿下に直談判して何とかしてやるからな! 待ってろ!」
そのままの勢いで駆け出しそうな気配の推定兄の腕をガシッと片手で掴みます。
「いやいや待って。あのね、推定お兄様。勝手に何してくれようとしてる? 王太子殿下とは良く分からないけど、この間話付けたからね。お願い、大人しくしててくれる?」
どうやら、この推定兄はダメ男製造機の方だったみたいですね。
「殿下と話したのか? 大丈夫だったか? 酷い誤解だっただろう?」
ああ、この人ダメですね。
「いや。実は何があったのか全く知りませんけど。あの方話して分からない人じゃなかったですよ? 俺としては、誤解させる方にも問題があったと思うんですよね。まあ、何とかしますから、お兄様はお仕事戻って良いですよ?」
この人とこのまま話してるとどっと疲れそうです。
何だか、レイナードが禁呪使ってまで逃げ出した理由が分かって来たような気がします。
レイナードって、身内に全く理解されてない人だったのかもしれません。
まあそれはそれとして、勿論、今現在迷惑掛けられてる事は、絶対に許すつもりはないんですけどね。
どう落とし前を付けてもらうかは、しっかり考えておこうと思います。
「ピヨピ?」
ヒヨコちゃんが腕の中で問い掛けるような鳴き声を立ててます。
「ん? この人はね、放っておいてあげて。」
ゲンナリ声で返してあげると、珍しく意味が分かったのか、ヒヨコちゃんがつぶらな瞳で慰めるように頭を腕に擦り付けて来ました。
その仕草とフワ毛にちょっとだけ癒されます。
この調子だと、レイナード父との会話も前途多難な予感がして来ました。




