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疲れ切った足取りで食堂に入って行くと、やはり集まって来る視線が痛いです。
今日は皆さんと連携して色々頑張りませんでしたっけ?
ゲンナリと配膳の方へ向かって行くと、思い切ったように身を乗り出して来る人影がチラリと。
「レイナード、お疲れな〜。」
飛び出して来た台詞は思いがけず優しいもので、驚いてしまいました。
「ハザインバースのヒヨコちゃんは、大人しく寝たのか?」
「お疲れな〜、しっかり飯食えよ〜。」
これまで声を掛けられた事もないような同僚の皆さんから口々に労いの言葉を貰って、ちょっとどうして良いのか分からなくてなってしまいます。
「あ、はい。どうも。」
照れ臭いの半分、戸惑い半分で、中途半端な返事しか返せませんでした。
「あ、レイナード様! お疲れ様でした!」
配膳のカウンターの向こう側からも声を掛けられて目を向けると、いつか荷物を持ってあげた料理人見習いの女の子が笑顔を向けて来ます。
「料理長から、レイナード様にはこれを試食にって言われてますよ。」
言って差し出して来たのは、いつもと形の違うパンの乗った皿です。
「料理長、今日は他所の厨房の料理人さんと話しに行ってて。レイナード様に説明しておくように言われました。こちらは、いつもと違う麦を使った作り方は一緒のパンだそうです。」
これには目をパチクリです。
どうやら料理長は、食堂改造計画にきちんと着手してくれているようです。
「そっか、それは楽しみだな。有難う。」
疲れた身体にご褒美ですね。
有り難く受け取ったところで、オンサーさんが手で合図してくれてるのに気付きました。
トレイを持ってそちらに向かいますが、ケインズさんはその場に居ないようです。
「おう、お疲れ様な。」
正面にトレイを下ろすと、オンサーさんが労いの声を掛けてくれました。
「お疲れ様です。オンサーさん、ケインズさんは?」
「ああ、団長に呼び出されてる。今日の事で色々聞かれてるんだろうな。」
それには何だか申し訳ない気持ちになりますね。
「うーん。只の事実確認だけだといいんですけど。ケインズさんはカケラも悪くないですから。」
「まあ、前代未聞の大事件だからな。上手い事収まるところに収まってくれる事を祈るしかないな。」
そうですよね、第二騎士団が魔獣の雛の託児所になるとか、普通に有り得ないでしょうし。
ケインズさんよりやっぱりレイナードが何かしら疑惑の目で見られる事態に突入してますよね。
そう考えると、色々と焦ってしまいます。
「オンサーさん、正直に答えて貰っていいですか? 俺って今色々とヤバい奴になってると思いますか?」
客観的に見て、どの程度か確かめておくべきですよね。
「・・・正直に言って、良く分からん。多分、隊長達も団長殿下も判断に困ってるんじゃないかと思う。だから、ケインズは呼ばれてるんだろうな。」
正直に答えてくれた様子のオンサーさんは、やっぱり公平で良い人です。
「ですよね。俺も俺の過去とか記憶を無くす前の俺が考えてた事とか、真剣に知りたいと思い始めてますから。多分、答えはそこら辺にありそうですからね。」
こちらも真面目に返すと、オンサーさんは何か読み取ろうとするような目を向けて来ました。
「お前は、何で以前のお前と全く違うんだろうな? 思考回路まで変わってるんじゃないかと思う程だ。そんな事が有り得るんだろうかって。他人が成り代わってるって言われた方がしっくり来るくらいにな。」
その台詞にはギクリです。
まだ本当に疑っている訳ではないようですが、疑惑の芽が出来たということは、やっぱり猶予はないってことですね。
タイムリミットは迫って来ているようです。
「まあ、なんて事言ってても仕方ないよな。とにかくお前は飯食え。」
「はーい。」
極軽い口調で返事をしてから夕食を食べ始めます。
試食のパンも、この前と同じく食べ始めと最後に試食してみますよ。
これはいつものパンと比べると、思わず唸る程の違いです。
原材料の質の差って、ここまで違うものなんですね。
「ちょっとオンサーさん、これ一口食べてみて下さいよ!」
思わず一口大に千切った試食パンをオンサーさんに押し付けてしまったくらいです。
「ん? ああ、美味いな。高級食材の味ってやつか?」
そう返して来たオンサーさんですが、普段のパンはオンサーさん的には許せる程度って事でしょうか。
「いつものパン、不味くないですか?」
「まあな。美味くはないけど、腹には溜まるだろ?」
この温度差には、成程と納得してしまいました。
シルヴェイン王子にしろトイトニー隊長にしろ、不味いのは分かってるけど我慢しろっていう態度なのは、そういうことなのでしょう。
食文化が世界として未発達だって事ですね。
だからと言って我慢出来るかと言うと、無理です。
それなら、やっぱりコストを掛けない方向で地味に改善を図るしかないって事ですね。
料理長を抱き込んで、セコい商人には鉄槌を下しつつ、第二騎士団だけでも、食文化向上を目指すということで。
この試作の感想は率直に伝えようと思います。
食べ終わったトレイを返却口に戻して、オンサーさんと食堂を出ようとしたところで、廊下の向こうからケインズさんが歩いて来るのが見えました。
団長とのお話が終わったんでしょう。
ご苦労様です。
「あ、レイナード! 丁度良かった、これから呼びに行こうと思ってたんだ。」
言いながら近寄って来るケインズさんの表情は複雑そうな色合いです。
「団長達から、お前と交代するようにって言われた。部屋のほうは?」
「えーと、ヒヨコちゃんとコルちゃんはベッドで寝てるので、鍵掛けて置いて来ました。」
答えた途端に、ケインズさんとオンサーさんがばっとこちらに強い目を向けて来ます。
「置いて来たって、檻から出したままか?」
オンサーさんが焦ったように聞き返して来ます。
「えーと。大丈夫そうだったので。」
「いやいや、サークマイトのコルちゃんの方は? 本当に大丈夫なのか?」
やはりというか、やっぱりそう言われますよね?
そこで深く息を吐いてから、2人に改まったように向き直ります。
「あのですね。俺もコルちゃんについては色々大丈夫かなって心配もしてたんですよ。だから、不在時檻に入ってて貰うとかしてた訳ですけど。あの子、賢いんですよ。ヒヨコちゃんとかお母さんとは違って、俺の言う事絶対分かってますよ? つまり、やる気になったら、檻に入れてるくらいじゃそもそも防げないって事ですよ。それより、眠ってるヒヨコちゃんを守るように包み込んでたから、任せてみた方が良いような気がしたんです。」
色々神経が擦り切れ気味で、投げやりな気持ちになってる事は内緒です。
どうせ、厄介ごとからは避けられない身の上なので、成るように成れと開き直る事にしました。
「「・・・・・・」」
お2人の重い沈黙ににかっと笑顔を返すと、深く一つ深呼吸しました。
「それじゃ、団長のとこ行って来ます!」
元気よく宣言してから廊下を歩き始めました。




