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「あ、レイナード様おかえ・・・」
ブシッと部屋の前にいたハイドナーの口を強制的に塞ぎました。
そのまん丸に見開かれた目が、腕の中の巨大なヒヨコちゃんに向けられています。
やはり、口を塞いでおかなければ今頃大騒ぎしていたでしょう。
ハイドナーは、口を塞がれたまま涙目でこちらを見ています。
「ハイドナー、静かにね。今はお前の事構ってる暇ないから。」
言い聞かせてから、手を外すと部屋の扉を開けました。
「コルステアくん、結界は問題なく働いてる?」
「・・・問題ない。」
ヒヨコちゃんの餌やりの間隔がどんなものか知りませんが、余り時間を掛けている暇はないでしょう。
サクッと行きますよ?
ずかずかと部屋に入って行って、コルちゃんの檻に近付きます。
途端にキュウッと可愛い声で鳴いたコルちゃんですが、腕に抱かれたヒヨコちゃんに気付いた途端に、頭の毛を逆立てて顔付きが変わりましたよ?
「ピヨピ?」
ヒヨコちゃんも微妙な鳴き方です。
「コルちゃん、ルームメイトだから、これから仲良くね。」
檻の前に座り込んで笑顔で言ってみますが、コルちゃんが軽く喉の奥をグルグル鳴らしているようです。
勿論、ご満悦なグルグルではありませんが、いきなり威嚇行動に入った訳ではなさそうなので、ちょっとホッとしました。
「コルちゃん、檻から出てご挨拶しようか。この子まだ生まれたての赤ちゃんだからね。くれぐれも優しくだよ? コルちゃんの方が人生の先輩なんだからね。」
言い聞かせてから、ヒヨコちゃんを床に下ろします。
ヒヨコちゃんはマイペースにまた足にスリスリして来ます。
それに鋭い目付きを向けるコルちゃん。
はあ、どうなる事やら。
ドキドキしながら檻の鍵を外して扉を開けると、途端にコルちゃんが飛び出して来ました。
ですが、いつものように擦り寄って来ずに、視線をヒヨコちゃんに固定したまま一定の距離を保って周りをグルグル回ってますね。
「コルちゃん、おいで。」
その場に座り込むと、ヒヨコちゃんがくっ付いているのとは反対の右脇で迎え入れるように腕を広げると、コルちゃんがおずおずと近付いて来ます。
そして、少し躊躇ってからするっと滑り込んだところで、コルちゃんは右脇にグリグリと頭を擦り付けて来ます。
と、ヒヨコちゃんがすっと頭を伸ばしました。
「ピヨピ!」
強く鳴いてから反対側を覗き込むような仕草をするヒヨコちゃんの嘴の前に、手を出して押し留めることにします。
「ヒヨコちゃん、ダメだよ。コルちゃんを威嚇するのは禁止。俺の側にいるなら、コルちゃんの事も邪険にするのは無し。」
言葉は通じていないようなので、顔付きを真面目にして大事な事だと分からせる事にしますよ。
そして、コルちゃんのもふ毛を優しく撫でる仕草を見せます。
その後に、ヒヨコちゃんの頭のフワ毛も撫でてあげます。
そうして交互にそれを繰り返すと、ヒヨコちゃんとコルちゃん、両方の身体から段々強張りが取れて来たようです。
「ふたりとも、良い子だね。」
優しく声を掛けて同時に撫で始めると、ヒヨコちゃんもコルちゃんもつぶらな瞳を満足そうに細め始めました。
途端に、部屋の隅からほっと息を吐くオンサーさんとケインズさん、カルシファー隊長の姿が目に入りました。
「引き合わせは、取り敢えず成功か?」
オンサーさんの確認に、こちらもホッと一息頷き返しておきます。
「・・・なんで、サークマイトもハザインバースもあんたに懐く?」
ポツリと呟くように口にしたのは、眉間に皺を寄せたコルステアくんです。
「レイナードお前、王太子殿下やマユリ様と話してたあれは、何だ?」
カルシファー隊長が難しい顔で問い掛けて来ました。
「お前を陥れようとしてる奴がいるとか、調べるとか、穏やかじゃない話をしてたな? それを、王太子殿下も団長も容認するような発言をなさっているように聞こえた。」
他の3人が口を噤む中、カルシファー隊長の追求が続きます。
「・・・お前、俺や団長に隠してる事があるだろ? 記憶喪失の心当たりがあるような発言じゃなかったか?」
やはり誤魔化し切れなかったか、と少し目を逸らしてみることにします。
「状況分析と、物凄く断片的な思考のカケラが記憶の中にほんの少しだけ引っ掛かってるんですよ。誰かに話す程の事でもないような、記憶の断片を追憶したような薄っすらとしたもので。」
夢の中でのあれは、そんな表現が相応しいようなものでした。
ただ、異世界人としての記憶があるとは流石に言えませんね。
ですが、ある程度調査をスムーズに進める為には、周りの協力は不可欠で、その為に必要と判断出来れば、少しずつ様子を見ながら明かしていっても良いかもしれません。
「取り敢えず、財務次官をお務めだというお父さんとは、ちょっと現状を含めて真面目にお話しといた方が良いと思うんですよね。まあ、向こうにその気があればですけど。」
まずは、レイナードの過去を正確に、そういう目線で振り返る事の出来る協力者が必要です。
その協力者は、出来ればレイナード父が一番なのではないでしょうか。
どんな人が知りませんが、持ってる立場やら権力やら人脈やら、この人が動いてくれるなら、調査はかなり楽になる筈です。
ただ、レイナード父のお人柄だとか、こちらを信用してくれるかどうかが争点でしょうね。
「・・・それは、俺では相談に乗れない話だな。そこの弟を通すか、団長に相談してみて間に入って貰えれば、実現の可能性が出て来るだろうが。・・・そもそも、お前が直接連絡を取ってみるのじゃダメなのか?」
カルシファー隊長の戸惑いも一理ありますね。
「ええとですね。その連絡の取り方が分からないんですよ。誰かに教えて貰おうと思ってたんですけど。」
少し恥ずかしげに小さくなって零すと、カルシファー隊長が目を瞬かせました。
「まあ、あんたが手紙を届けさせたところで、父上が取り合うかどうかは確かに微妙だな。そこは厳しく、読みもせずに終わる可能性もなくはない。」
すかさずコルステアくんが微妙な顔で答えてくれて、苦い空気が流れます。
「成る程なぁ。じゃあ、弟殿が間を取り持ってくれるつもりは?」
カルシファー隊長がコルステアくんに返しますが、物凄く嫌そうな顔をされた挙句、そこから発言がありません。
しばらく待ってから埒が明かないと悟ったカルシファー隊長が咳払いしました。
「ああ、うん。では、団長に話してみよう。さあ、そろそろサークマイトは檻に戻して、会議室に戻るぞ。」
カルシファー隊長の解散の合図に、コルちゃんを抱いて立ち上がると、檻に連れて行きました。
「コルちゃんはごめんね、またお留守番してて? ヒヨコちゃんのお母さんがそろそろ来るかもしれないからね。怖いでしょ?」
言葉が理解出来たのか分かりませんが、コルちゃんは大人しく檻に入ってくれました。




