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ヨチヨチ歩きのヒヨコちゃんを従えて会議室から出て廊下を歩き始めると、何となくその辺りで会議の終わりを窺っていた様子の隊員さん達がちらほらこちらに視線を投げて来ます。
余裕がないのでその視線を流しつつ歩いていくと、廊下の向こうからオンサーさんとケインズさんが駆け寄って来ます。
「レイナード! どうなったんだ?」
オンサーさんが気遣わし気に問い掛けて来ますが、結論はまだ出てませんからね。
「取り敢えず、今のうちにコルちゃんとヒヨコちゃんの顔合わせしとくことにしたんで。後の事は、殿下が決められると思いますよ。」
他人事感満載ですが、決定権は元からレイナードにはないですし。
「いや、でも、お前の事だろ?」
「ですけど。俺に発言権とかないですよね? 決まった事に従うだけですよ。まあ、無理な事は無理って言いますけど。」
「まあ、それでこそレイナードだな。」
溜息混じりにケインズさんが纏めてくれますが、2人はそのままついて来るようです。
遅れて会議室を出て来たカルシファー隊長とコルステアくんも追いついて来て、頑張って歩くヒヨコちゃんが可哀想になってきたので抱き上げる事にします。
「何か爪が腕に食い込まないように、皮の手袋とか籠手っぽいものとか欲しいんですけど。」
後ろを振り返ってカルシファー隊長に訴えてみます。
「そうだな。雛でもハザインバースだったな。何か直ぐに用意させよう。」
考えながら答えてくれたカルシファー隊長ですが、一杯一杯感が溢れてますね。
そんなところに悪いですが、もう一つ訊いておくことにします。
「クイズナー隊長って、魔物の生態とかに詳しいんですか?」
「ああ、恐らく騎士団一詳しいだろうな。」
「塔の魔法使いさん達よりも?」
今度は微妙にコルステアくんにも目を向けておきますよ。
「魔物や魔獣となると、恐らく騎士団の方が詳しいだろう。」
ちらりとコルステアくんを見ながら答えたカルシファー隊長ですが、微妙に苦い顔です。
「一部の誰かが研究対象にしている魔物、例えばサークマイトとかなら、塔の魔法使いの方が詳しい。」
コルステアくんも微妙にムスッとした顔で続けてくれます。
「ふうん。書物も読んで調べてみた方が良いよなぁ。」
そう零すと、周りからは溜息が聞こえて来ました。
「何というか、いつもながら冷静だよな。」
言葉にしたのはオンサーさんです。
「そうだな。慌てて無駄に騒いでるように見えて、やらなきゃいけない事はいつもしっかりきっちりこなしてるからな。」
ケインズさんからも評価して貰えてるのは嬉しいですね。
ですが、そのケインズさん、表情に少し元気がないですよ?
「・・・俺は、ハザインバースが降りて来た時、何も出来なかったのにな。」
そこですか〜。
「ええとですね。俺の場合、ものを知らない赤ん坊が怖がらないのと一緒ですよ。蓄積してきた知識とか皆んなにとっての当たり前が分からないから、無謀にも無鉄砲にもなれるんですよ。何だかこう、生きてる実感がないみたいな。死ぬ時は何しても死ぬなっていう割り切り?みたいな感じですよ、きっと。」
申し訳ないとは思うんですが、ここは自分の生きる世界じゃないっていう良い加減さが、そんな風にさせてるんでしょうね。
「・・・。」
途端に何だかこう、周りに重たい湿っぽい空気が流れましたよ?
「あのな、レイナード。お前もあっけらかんとしてるように見えて、色々内心では抱えてるんだろうなって思うけどな。もう少し、頼っても良いんだからな。」
オンサーさんが気遣うような口調でそう言ってくれるのに、なんだかこちらもちょっとだけ湿った気持ちになりますね。
「実は、お前のほうが魔力も強いし頭の出来も良いんだろうと思う。前のお前はともかく、今のお前ならいずれは第二騎士団を引っ張ってくような立場になるんじゃないかって気さえする。でも、今はまだ、新人騎士と同じだろ? 甘えるとこは甘えとけよ。」
オンサーさん、人間が出来てますね。
冗談じゃなく、今のこの環境が居心地良くなって来てます。
文明度とか、快適さとか、食文化の残念さとか、そんな諸々の問題が小さく思えて来て、少し困るかもしれません。
ここは、本当はレイナードの居場所であって、入れ替わった偽物は、いずれは去る事になるんですから。
ちよっとそんな感傷に浸りつつ、腕の中でモソモソしながら周囲を観察中のヒヨコちゃんを抱えて廊下を進みます。
「どうしようかな。俺、結構ここが好きかも。」
だから、いつまでも偽ってなくて良いように、諸々の早期解決を目指しますよ!
と、決意も新たにしたところで、宿舎玄関です。
さてさて、そもそもサークマイトとハザインバースって種族的に仲良く出来るんでしょうか。
サークマイトは魔獣に擦り寄って余剰魔力を取り込むくらいだから、ハザインバースとも上手くやってく方法を知ってる筈です。
ただ、個体差というか性格というか、何故かコルちゃんもヒヨコちゃんも自己主張強そうなんですよね。
「あれ、そういえば、コルちゃんって性別的にはどっちなんだろ。コルステアくん知ってる?」
振り返って問い掛けてみると、コルステアくんはいつもの不機嫌顔で、それでも口を開きました。
「あの個体はまだ大人になりきってないから、まだ性別がはっきりしていない。」
その回答には目を瞬かせてしまいました。
「ん? 魔物って、大人にならないと性別が分からないものなのか?」
素直に問い返してみると、コルステアくんが少し顔を顰めたようです。
「環境適応力と生存意欲が人間や魔力を持たない動物よりも高いようだ。生育環境が過酷で大人になるまでに淘汰される率が高いからという事もあるんだろうけど、効率よく子孫を残す為にそういう生態になる魔物は多い。」
なるほど、生態ピラミッドの頂点に近いが故にって事ですね。
「つまり、コルちゃんはまだオスになるかメスになるか分からなくて、もしかしてヒヨコちゃんも?」
それに、コルステアくんがブスッとしたまま頷き返して来ます。
「そっかぁ。性別的な相性では測れないってことだな。」
そう漏らした言葉に、周りからまた溜息が聞こえて来ました。




