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「殿下がこちらに向かっています! 辿り着くまで持ち堪えろとのご命令です!」
「ちょっと! 王城に降ろして良いわけ?」
「王城守護の為には、結界の展開を要請します!」
現場で上がる悲鳴に近い声の数々が聞こえて来て、横を向いて頭を掻きたくなって来ます。
「レイナード! 雛を連れて早く出てこい!」
こちらに気付いて声を掛けて来たのは、先日少しだけコルちゃんの件で揉め掛けたフォガート隊長です。
「はーい!」
ここは大人しく返事してなるべく急いで兵舎玄関に向かいます。
ですが、ヒヨコちゃんが目を覚さないように極力揺らさないように気を付けてなので、早歩き止まりですけど。
「レイナード様! 貴方親鶏と話せるのよね? 降りてくるなって説得してみるのは?」
マニメイラさん、玄関に居たようですね。
その無茶な要求には苦笑いです。
「話せる訳ないじゃないですか! 何なら一つも俺の話通じてなかった気がしますよ? 通訳出来る人、是非お願いします!」
こちらもヤケクソで言い返してみると、軽くパニック気味だったマニメイラさんも苦い顔になってます。
「じゃあ何で雛鳥押し付けられてるわけ? 貴方とあの親鶏の関係説明しなさいよ!」
「あのですね、俺とあの親鶏の間に何か関係があるって本当に思ってます? 誓って初対面ですよ?」
思いっきり顔を引き攣らせながら言い返してみると、流石のマニメイラさんもそれ以上は八つ当たり出来ないと思ったのか、目を逸らしました。
因みに、レイナードとあの親鶏さんが何も関わりがないかについては、若干不安要素がありますけどね。
コルちゃんにしろ鶏さん達にしろ、懐いてくるのは、やはりレイナードの中の強過ぎる魔力と魔王になれる素質の所為ではないでしょうか。
魔物や魔獣さん達は、本能的にレイナードが魔王候補だって分かっているのかもしれません。
ですが、本当に迷惑ですからね?
魔王の素質って、身体起因でしょうか、中身起因でしょうか。
とはいえ、以前見た夢の中身を信じるなら、非常事態で2回程レイナードを呼び出した事で、存在の融合でしたっけ? それをしてそうで、そうするとこちらにも魔王の素質的なものが移ってたりしたら、怖いですよね?
魔王にしようと画策した人達は探し出して、上手に晒してその芽を摘むとして、魔王の素質って日常生活に支障を来たすようなものなんでしょうか。
こちらも要調査項目に追加ですね。
まあ、何はともあれ、一つだけはっきりしてるのは、いつかレイナードご本体と対峙出来たら、ボコ殴り決定って事です。
覚悟しといて欲しいですね。
なんて事を現実逃避気味に考えてたところで、腕の中でモソモソとヒヨコちゃんが身じろぎし始めて、ギョッとします。
何とか玄関から外へ飛び出したところで、ヒヨコちゃんが首を伸ばしてつぶらな瞳をキョロキョロしながら周りを窺っています。
と、玄関に待機していた第二騎士団の皆さんと塔の魔法使いさん達が、強張った顔でこちらを注目しています。
ええと、そんな怖い顔で注目したら、ヒヨコちゃんが怯えるんじゃないですか?
「あー、よしよし? 皆んな怖い顔だけど、怖くないですからね〜。」
無根拠な言葉を掛けてあげながら、不揃いな毛の生えた頭をそっと撫でてあげました。
「ピヨピヨピ?」
可愛いか細い声が上がります。
「うんうん、何かよく分からないけど、お母さん、やっと迎えに来てくれたのかな? だといいね〜。」
笑顔を心掛けてそう続けると、ヒヨコちゃんは嬉しそうに腕の上で足を踏ん張って風切り羽の生えていない翼をバタバタするような仕草をします。
ちょっとだけ生え始めた鉤爪が袖に食い込んで、腕が少しだけ痛いです。
あ、待って下さいよ、この鉤爪って、確か毒があるんじゃなかったですっけ?
ええと、雛のうちから毒持ちなんでしょうか?
本当に怖いんですが!
真っ青になりながら乾いた笑みを浮かべていると、上空から鳴き声が聞こえてきます。
「ピュルルルル〜」
「ピヨピヨピ!」
ヒヨコちゃん更に大興奮で腕の中でバタバタしだすので、地面に降ろす事に決定です。
そっと屈んで降ろしてあげると、ヒヨコちゃんが鳴き止んでこちらをつぶらな瞳で見上げて来ます。
ええと、何でしょうかその瞳が潤んだ寂しそうなお顔は。
「うーんと、ほら、抱っこしてたらお母さん、餌あげにくいかもしれないじゃない?」
何とか言葉を探して取りなしてみると、気を取り直したのかヒヨコちゃんはピヨピヨとまたご機嫌に鳴き始めました。
そして、上空からこちらに向けて滑空してくる親鶏さんの影が。
まあ、ヒヨコちゃんがいるので攻撃的な事は恐らくして来ないでしょう。
なので、とにかくヒヨコちゃんのお迎えお願いしますね。
ここ、保育園じゃないので、託児は不可ですよ?
そんな意味を込めた瞳で見守る内に、バサバサっと風圧が来て、トンと親鶏さんが地面に降り立ちました。
ふと周りに目を向けると、第二騎士団の皆さんと塔の魔法使いの皆さん、いつの間にかこちらから離れて兵舎の玄関と宿舎前庭の木の影に身を隠してます。
いつの間に、という華麗で素早い回避行動ですね、ホント。
ちょっとだけそちらに向けてジト目を向けてから、気を取り直して親鶏さんに視線を戻します。
と、ピヨピヨ鳴くヒヨコちゃんに、お母さんはやはり餌をあげてるみたいです。
バタバタと翼を広げながら餌を貰うヒヨコちゃんは、可愛いものです。
まあ、サイズを考えないとっていう注釈は付きますが、そして餌が何かは考えない方向で!
「さてお母さん。今度こそ赤ちゃん連れて帰らないとダメだよ! ここは、この子にとって安全な場所ではないからね。」
腕を組んで精々虚勢を張っての訴えです。
内心足が震えそうになる程心臓がドキドキしてることは、内緒です。
が、親鶏さんは小首を傾げて、それから何かを思い付いたのか、機嫌良さそうにピュルルルルと鳴いてから首を伸ばして来ました。
嘴怖っ! と思っていると、不意にお辞儀をするように嘴を下げて頭頂を寄せて来ます。
微妙に鶏冠もへにょんと垂れて、もしかして撫でてっていうポージングでしょうか。
ええと? ここは、そっと撫でてみる?
という訳で、ゆっくり手を上げますよ。
間違ってたら、さっさと離れて下さいよ?
時折チラッと上目遣いに見られつつも、離れる様子がないので、そっと頭を撫で撫でしてみます。
レイナードと身長差のない鶏さんなので、その羽根も大きいんですが、硬い芯から伸びる羽の先端はふわふわしています。
撫で心地も撫でる方向を選べばなかなかですよ?
やらかすと瞬時にこちらの命が危険って分かってるので、流石に癒される〜とはなりませんが、結構なお毛並みでしたと褒めるくらい出来そうです。
「お母さん、色々お疲れ様で大変なの分かるけど、ここで託児は無理だからね。それじゃあね、赤ちゃんと仲良くね。」
そっとそう声を掛けてから手を降ろすと、ジリっと後ろに下がります。
今度こそ、親鶏がヒヨコちゃんを抱えて飛んでいく姿を脳裏に浮かべてみましたが、身体を震わせて引き締めた親鶏が翼を広げ始めると、ヒヨコちゃんがキョロキョロした後、だっとこちらに駆け寄って来ようとします。
「いやいや、ヒヨコちゃんはお母さんと行くんだよ?」
親鶏の方を指差してみますが、ヒヨコちゃんはつぶらな瞳で小首を傾げるだけです。
その間に、親鶏は羽ばたいてあっという間に飛び立ってしまいました。
「いや、ちょっとさ。いい加減、俺の話聞いてくれないかな? ホントに、本当に困るんですけど!」
足元でピヨピヨ機嫌良さそうに鳴くヒヨコちゃんに涙目を向けてみますが、全く理解されていない様子です。
このままでは、ここがハザインバースの託児所にされそうな勢いです。
「くっ! カルシファー隊長! 殿下は? まだ来ないんですか? 俺、何でハザインバースの託児係になってるんだと思います?」
涙ながらの訴えに、カルシファー隊長からは相変わらずの乾いた笑いを貰いました。




