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「良く分からないけど、分かりました。レイナード様は、もう大丈夫ってことですね?」
マユリさんが下がり眉で結論を出したようです。
「ええ、そうです。以前のレイナードが何かご迷惑をお掛けした事に関しましては、彼に代わって心から謝罪します。それなのに、未だに案じてくれた事に関しても、お礼を言わせて貰います。でも、これからは関わりなく生きていきましょう。じゃないと、王太子殿下に手を回されて殺されそうです。目的達成までは、殺して貰っては困るので。」
にこやか笑顔で返していると、シルヴェイン王子の歯軋りからの深い溜息が聞こえて来ます。
そして、王太子様が一歩前に出て来ます。
「貴様、二言はないだろうな? マユリの周りを今後は一切うろつくな。そう出来るのなら、お前の事はシルヴェインに任せる。」
おっと、王太子様意外に冷静に対応してくれましたね。
ただ、その丸投げ感、きっとシルヴェイン王子は嫌がりますよ。
案の定、シルヴェイン王子が滅茶苦茶苦虫を潰したようなブスッとした顔になってます。
「承知致しました。あ、ところでいい機会なので、一つだけお話しを通ておきたいんですが。俺、これから色々と調べ物をしますので、どうしてもダメなところに踏み込んでましたら、優しく声掛けて貰えますか?」
ここは、優しく、を強調しますよ。
途端に王太子様が舌打ちしそうな顔になりました。
「シルヴェイン、こいつの手綱はしっかり握れ。だが、お前が把握した上での事ならば、ある程度は許す。」
これは、中々話の分かる王太子様ですね。
「兄上?」
シルヴェイン王子もこれにはびっくりだったようです。
「これは、仮にもランバスティス伯爵の息子だ。今のまともな様子ならば、監視下に置いて恩を売っておく方が後々良いだろう。」
「畏まりました。」
予想外の展開ですが、王太子様からこっそり刺客を送り込まれる未来が回避されたのは収穫ですね。
ホッと肩を撫で下ろしました。
そのまま王太子様とマユリさんが第一騎士団の騎士さん達に囲まれながら去って行くのを見送って、ふと足元に目を落とすと、足の甲の上でヒヨコちゃんが腹を付けてうとうとしています。
残った第二騎士団の皆さんと、遠巻きにしていた第三騎士団の人達が微妙な視線をその足元に向けています。
「それで? 何があってこうなった?」
シルヴェイン王子の疲れ切ったような声が事情説明を促して来ます。
「ええとですね。この状況は、誓って俺の所為じゃないと思うんです。マユリさん曰く、俺はどうやら魔物に好かれるかもしれない体質っぽいです。」
思いっきり濁しておきますが、魔王の素質があるってことは、多分そういう事なんじゃないかと思います。
懐かれてる理由がどの辺にあるのか分かりませんが、もういっそそういう事にしてしまった方がいいでしょう。
「ふうん? それで?」
気の所為か、シルヴェイン王子何やら物凄く苛立ってるご様子ですね。
「ええ、始めは、目眩し掛けられた卵を見掛けちゃったところからなんですけど。多分、現場から卵持ち出して逃げて来た奴がそこの雑貨屋に押し付けたみたいで。」
シルヴェイン王子の視線で、カルシファー隊長が雑貨屋の店主を探しに行ったようです。
「店主が袋から卵取り出して眺めてたら、親鶏さんが空から降りて来たんですよ。」
店主や第三騎士団の人とちょこっと揉めたことはまあ割愛するとして。
「ん? 親鶏が降りて来たからそれが目眩しされた卵だと気付いたという事か?」
中々細かく切り込んで来ますね。
「ええと。その前に、モヤっとしたのが取り囲んでる金の卵だなって見えたので、店主に話し掛けに行ってました。」
ここは、仕方ないから素直に行きますよ。
「目眩しが不完全だったのか? ケインズ?」
側で所在なく立っていたケインズさんが話を振られます。
「あ、いえ。俺はレイナードが目眩しを解くまで、卵には見えませんでした。」
ここで、シルヴェイン王子の片眉が上がります。
「つまり?」
レイナードに半眼を向けて来るシルヴェイン王子には、もう胸を張って答えてみせます。
「初めはモヤっとしたのが取り囲んでて、何だろうって目を凝らしたら、見えたんです。何でとかどうやったとか聞かれても分かりませんけど、この間の結界と同じで、見えるんですよ。」
こうなったら開き直りますよ。
チートは、良く分からないけど持ってる特殊能力ってことで認知して貰いましょう。
「だから、塔に放り込んで精密検査とかやめてくださいね。」
ただし、これだけは念を押しておきますよ。
人体実験は拒否ですからね!
「ああ、分かった、分かった。」
面倒になったのか、シルヴェイン王子には適当に流されます。
「それで、ケインズさん達から卵が外因で割れると、雛鳥が鳴き叫んで親鶏達を呼ぶって聞いたので、降りて来た親鶏に無傷で返そうとしたんですよ。」
ここ、大事なポイントですよ、しっかり覚えといて下さいね。
「そうしたら、目眩しを解けって促してきたんです。」
「・・・なんで、解けって言ってるって分かったんだ?」
そこね、本当もう説明し辛いんですよ。
「じりじり下がってたら、身振りで、戻って来いってクイクイしてきたので。それって目眩し解けってこと?って訊いてみたら、頷いたんですよ。魔獣って、人の言葉分かったんですね。」
「・・・ほぉ。」
あ、これは微妙に疑ってる相槌ですね。
「お前と魔獣は会話が成立すると?」
「大丈夫です。全然成立してなかったみたいです。その結果がこれですから。」
足元のヒヨコちゃんに目をやってにっこり笑顔でドヤってみせました。
「俺、目眩し解いたら卵回収して大人しく帰ってねってお願いしたんですよ? 完全無視して卵温めて孵化してくれちゃった上、お母さん、ヒヨコ置いて飛び去りましたからね。これ、どうすれば良いんでしょうね。」
途端にシルヴェイン王子からまたまた深い溜息が来ます。
額に当てられた手と眉間の縦皺が、理解し難いって物語ってますね。
大丈夫です、こちらも理解不能で困ってますから。
「・・・お前の部屋は、魔物の飼育部屋になるのか? とにかく、完全に外部と遮断出来る完全結界の中にそれを入れてから、今後の方針を検討する。それまで、お前が連れ歩くもしくは持ち歩け。因みに、塔には直ぐに協力を要請するからな。」
塔への報告は、やっぱり避けて通れない展開ですよね。
実験体への道がまた近付いたような。
「はい。畏まりましたー。」
モチベーションの低下は仕方ないです。
そこから、ヒヨコちゃんを腕に抱えて第二騎士団の皆さんに取り囲まれた状態で騎士団に戻る事になりました。




