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さて、気を取り直したところで、慎重に切り出しますよ?
「・・・それじゃ、取引きってことで。俺が近付いても攻撃しない。目眩し解いたら卵回収してさっさとこの場から去る。いい?」
ど緊張しながら話し掛けるこちらに、親鶏さんはどんと胸を逸らして尊大な態度です。
これって、不成立でしょうか?
誰か、お願いだから通訳さん連れて来て貰えませんか?
それとも、そろそろレイナードさん登場のお時間ですか?
まあ、あの方の登場って、“レイナード命の危険に見舞われる”っていう発現条件がある気がするんですけどね。
と、親鶏さんがプイッと横を向いて、唐突にプキップキュッと何か不貞腐れて呟いてるようなモゴモゴした声を立てます。
それからチラッチラッとこちらに目を向けて来ます。
あれ? 何か最近こんな光景を何処かで見たような・・・。
いえ、きっと気の所為です。
ここは全力否定で行きましょう!
さて、色々傍に置いておくとして、ところで目眩しってどうやって解いたら良いんでしょうか。
仕方なく金の卵の方に身を乗り出して、マジマジと観察してみる事にしました。
金の卵を包み込むようにもやもやっとしたモノが覆っていて、目を凝らすと、それが段々と細かい文字が繋がる鎖のように見えて来ます。
それがサッカーボールを包むネットみたいに網目状に絡み合って卵に巻き付いていて、呪いってこんな感じじゃないでしょうかって見た目になっています。
この呪い自体は複雑な構造をしていそうなので、継ぎ目や結び目を解いて卵を取り出すことを想定して観察してみます。
と、この呪いの網の出所が胴体中程にあって、その中心にコルステアくんが結界魔法を展開する時に使っていた石の小さいバージョンのようなものがあるのが見えました。
という事は、これも結界魔法の一種なんでしょうか。
でも、コルステアくんの張った結界にはこの呪いのような網目状の文字は見えなくて、もっと風船みたいに満遍なく綺麗に膨らんでいました。
首を傾げながら、仕方なく卵を包む呪いの網目に手を伸ばします。
この網目は、他の人が触った時同様、こちらには何の影響も与えないようです。
では、中心の石に触ってみますよ。
チョンっと突いてみると、網が一気に解けて石の中に収納されて行きます。
そして、小さな透き通った石の中に先程の呪い文字が浮かび上がって来ます。
目を凝らすと、目眩しに幾つか条件が付加されたような所謂魔法を使う時の呪文が描かれているのが見えました。
ですが直ぐに石の表面にヒビが入って行って、ピシピシっと音を立てて最後にはパシンという音と共に砕け散ってしまいました。
粉々になった石を手に浴びて冷汗が出ましたが、卵さんには影響が無さそうなので、一安心です。
チラッと目を上げて、親鶏さんに引きつった笑みを向けつつ、これまた慎重に下がりますよ?
さあ、持ってけ泥棒! と胸を張って見返した先で、親鶏さん何かご機嫌な様子でいそいそと卵に近寄るとポスン。
卵を腹の下に入れて座り込んでしまいました。
「え?」
いやいや、そこは抱えて飛んで行って欲しいんですが。
ここ、あなたの巣じゃありませんからね?
何かとっても嫌な予感に支配されて、チラッと後方にいる筈のケインズさんと第三騎士団の騎士さん達に目をやってみます。
と、第三騎士団の騎士さんがフルフルと高速で左右に首を振っていて、その後目に入ったケインズさんは、現実逃避中か遠い目になっています。
怖くて声も出せませんが、今こそ色んなものから全力逃走を試みるところですか?
とか、躊躇っている内にピシッと嫌な音が聞こえて来ます。
振り向いた先で、卵から身を浮かした親鶏さんの足元で、金の卵が割れて行きます。
そして、ピヨっピヨっと可愛い鳴き声を立てながら、白い毛玉に覆われたヒヨコさんが顔を出します。
ピュルルルル〜。
と親鶏さんが空に向かってご機嫌な鳴き声を響かせると、遥か上空やら町から離れた空で豆粒のような鳥達がクルクルじゃれ合うような光景が見られました。
あー、なんか、良かったですねーっていう乾いた感想が浮かびました。
ふう、これで安心して雛鳥連れて帰れますね、と微笑ましい笑顔を張り付けて見つめてあげました。
と、その気持ちを汲んでくれたのか、親鶏がしっかり立ち上がってこちらを見つめ返して来ます。
その目付きは出会い頭の時の凶悪なものには見えませんでしたから、ここからいきなり何か危害を加えて来るような事はないと思います。
本当にホッとしますね。
「それじゃあね。君ももう卵盗まれたりしないように気を付けるんだよ?」
ついこう声を掛けてしまうと、キュルルっと何か返して来たようです。
流石に魔物の言葉までは翻訳してくれないようですが、肯定的な鳴き声に聞こえました。
親鶏はそのまま、足元のヒヨコのところどころハゲハゲが目立つふわ毛を優しく整えてから、くるりと踵を返しました。
因みにそのヒヨコちゃんですが、一抱えあった卵より少し小さいくらいのサイズだから、ヒヨコとしてはかなり巨大です。
親鶏は颯爽とこちらに背を向けて通りを反対に歩き始め、それをヒヨコがとことこと?
追って行かずに、何故かこちらにヨチヨチ歩いて来ますよ?
あれ? お礼でも言いに来たんでしょうか?
「ん? お母さんに置いて行かれちゃうからね。もう行って良いよ?」
そこで、そう声を掛けてあげますが、ヒヨコちゃん目の前まで来るとつぶらな瞳でこちらを見上げてキョトンと小首を傾げています。
「あ? え? ちょっとお母さん? 赤ちゃん置いてってますよ?」
親鶏さんに向かって声を張り上げてみると、ピタッと立ち止まった親鶏さんがくるりと振り返り、何故かちょっと艶っぽい流し目を向けて来ます。
え? いや? なになに? ちょっと待って、どういうこと?
「ピヨピヨピッ。」
足元では巨大ヒヨコちゃんがふわ毛を足元に寄せてスリスリして来てます。
「ちょ、ちょっと! まさか置いてくから宜しく、とかじゃないよね?? いやいや、無理だから! ちょっとお母さん!何でまた行こうとしてる?」
大慌てで呼び止めますが、親鶏さんグッと身を沈めてから羽ばたき始めます。
そして、あっという間に上空に。
「おいこら! ちょっと待てって!」
叫びも虚しく、ちょっと低空を旋回した後で、親鶏さんはぐっと高度を上げて飛んで行ってしまいました。




