53
「見付けた場合の対処は?」
溜息混じりに第三騎士団の騎士さんに問い掛けながら、足を進め始めます。
「は? いや、本部に連絡して応援を要請してから。っておい! 何しようとしてる?」
騎士さんが慌てて追って来ますが、足を緩めずに店に真っ直ぐ向かって行きます。
「ふうん。待てそうにないので、確保だけしときますね〜。人呼んで来て下さい。」
時にはスピード命の場合もあるんですよ。
ちょっと考えてみたんですが、あの卵のサイズの親鶏さんって、物凄い威圧感じゃないでしょうか。
その集団が踏み込んで来たら、確かにこの町終わりますね。
「は? おい!」
「レイナード?」
騎士さん達とケインズさんが焦って追って来ますが、だから応援呼んで下さいって!
言っても無駄そうなので諦めるとして、足を早めて店先まで到着です。
「こんにちは、店主さん。」
店先でまだ卵を眺めていた店主ににこりと笑顔で声を掛けてみます。
「へ? あ、はい? 騎士様?」
驚いたような返事が返って来ますが、店主は卵をきっちりホールドしてくれているようです。
「その手に持ってる置き物、売り物ですか? どういう経緯で入手したものかお伺いしても?」
目眩しをされた状態で、卵が店主に何に見えているのか分かりませんが、穏やかな口調を心掛けて問い掛けてみます。
「はあ。貴方様は?」
尤もな問いが来ますが、あれ、こういう時どうやって名乗っとけばいいんでしょうか。
「あ、いや。こちらは第三騎士団の警邏の者だ。参考までにちょっと聞きたい事がある。」
第三騎士団の騎士さんが慌てて間に入りつつ、こちらをきっと睨んで来ます。
勝手な事をって思われてるんでしょうね。
「ああ、警邏ご苦労様です。」
店主の方も、第三騎士団の騎士さんには慇懃に応じてます。
どうでも良いですが、その卵こっちに渡しなさいって言いたいんですが。
「あー、その置き物?か? ちょっと見せて貰えるかな?」
「え? あー、はい。さっき、店先に売り主が勝手に置いて行きやがりまして。得体が知れないので、ちょっと調べてまして。お見せ出来るような代物かどうか。」
店主はちょっと小狡い顔になります。
いやいや、勿体ぶってる場合じゃないですよ?
何故なら、上空がいきなり暗くなって不自然な風が吹き付けて来ましたからね。
そして、バッサバッサ羽ばたく音まで聞こえて来ましたよ?
「はあ。死にたいんですか?あんたがた。さっさとこちらに寄越してくれます? お母さん、メチャクチャ怒ってますよ?あれ。」
見上げた先に、巨大な鳥の影が。
いやいや、鶏って飛べましたっけ?
これ、翻訳チートの誤変換か何かですかね?
鶏って言いませんよ、あれ。
「ひっ!」
思わず取り落としそうになった店主から、危うく金の卵をキャッチ。
騎士さん達とケインズさんが、空を見上げて青い顔になって固まってます。
「だから、応援呼んで下さいって言ったのに。」
ぼやきながら、卵を抱えて通りの真ん中に出て行きます。
と、巨大な鶏さんが上空からゆっくり羽ばたきながら降りて来ます。
激しく吹き付ける風に、通りのあちこちから悲鳴が上がり、こちらも吹き飛ばされないように踏ん張る必要がありました。
「くっ! レイナード下がれ!」
ケインズさんの声が掛かりますが、鶏さんの狙いはレイナードが持ってる卵ですからね、下がると下がるだけ近付いて来ますよ、きっと。
「ケインズさん、鶏さんの卵は、割れると雛の鳴き声で集団が襲ってくるんですよね? じゃあ、親鳥に無傷で卵を返せば? 少なくとも集団での襲撃は防げる?」
大事な事を確認するために声を張り上げると、側で踏みとどまってる様子のケインズさんが返して来ました。
「馬鹿言うな! 親鳥に殺されるぞ! そいつは魔獣ハザインバース! 1匹でも危うくなると仲間を呼ぶから中隊クラスで討伐するような魔獣だ!」
成る程、討伐しようとか考えるのは、やめましょうね。
「個体の攻撃特性は?」
「口から何でも溶かす毒液と炎を交互に吐いて来る! 射程は長くて3メートルくらいだ。鉤爪にも毒があるから注意だ!」
「魔法は?」
「風属性の波状攻撃を仕掛けて来る。これも3メートルも離れればただの強風になる。」
つまり、接近戦には持ち込み辛く、遠くから飛び道具か魔法で倒すのがベストな魔獣さんなのでしょう。
とか聞いてる間に、鶏さんがドシンと振動付きで地面に降り立ったようです。
足を伸ばして立った高さは、ほぼレイナードと同じ。
レイナードの身長は推定180から190センチくらいとして、物凄くデカい鶏さんです。
色合いは身体が茶色、嘴とギョロリとした目は赤く、頬の辺りに赤と黄色の羽が混じり、真っ赤な鶏冠がツンと空を向いて立っています。
バンッと音を立てて振り下ろされた黒い尾羽が、雑貨屋さんの店前の棚を薙ぎ倒します。
物凄く気が立ってるみたいですね。
まあ、当たり前ですよね〜。
赤い目がギラリとこちらを睨んで来ますよ。
滅茶苦茶怖いです。
「まあお母さん、ちょっと落ち着こうか。」
若干震えてるかもしれない声で頑張ってみますが、ここでもバンッと尻尾が地面を叩きます。
鶏の尾羽って、どちらかと言うと上向いて生えてませんでしたっけ?
それはともかく、こっちも必死ですよ。
「はい見て下さいよ〜、あなたの卵さんはここにありますからね〜。これから地面に置きますからね〜。回収したら、真っ直ぐ、仲間を呼ばずに帰るんですよ〜。」
頑張って引きつった笑顔を乗せて言葉にしてみます。
伝わる訳ないって? 分かってるんですよ?
分かってるんですけど、何も言わずに置いて逃げても、毒か炎か鉤爪か、それとも真空波みたいなやつか、どれか食らいそうじゃないですか。
まあ、いざとなったら、美女化したレイナードさんがこっそり入れ替わって助けてくれるんじゃないかなって期待してますけどね。
それでも今感じる恐怖は、全部こちら持ちですから。
心の不安は、喋って紛らわしたいんです!
手に抱えてる金の卵を慎重に50センチくらい前の地面に置きます。
それから、背中向けて全力ダッシュで日頃の逃げ足訓練の成果を今こそ!
とか行きたいところですが、それやったらレイナード死亡のフラグしか見えないですからね。
ここは落ち着いて、我慢です!
そおっとそっと数歩分後退って、チラッと親鶏さんを盗み見ると、その場を動かず頭を伸ばして、じいっと卵を覗き込んでいるようです。
目眩しの所為で、もしかしたら自分の卵だって分からないんでしょうか?
その頭がくいっと動いてこちらを見ます。
相変わらずのギンと睨むような視線が来て、その嘴がクイクイッと、こっちへ戻れというように手招きするように動きます。
「ええと? まさかその目眩し取れとか言う?」
困ったように口にしてみると、今度はコクコクと頷かれたように見えました。
不思議な事に、ボディーランゲージ付きの会話が成り立ってるような気がしますが、そんなまさか。
冷汗が、背中を伝う、ホットチキン、字余り。
と、現実逃避掛けたところで、ここから切り替えて行きますよ〜。




