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「さてと。まあ、色々置いとくとして、南の通りで急遽検挙が始まったから、ちょっと荒れそうだ。」
そんな話は聞いていなかったので、ケインズさんと顔を見合わせてしまいます。
「魔物の子供を闇売買してる店が見付かった。本来なら夜の競売の現場を抑えて、売り物も売人も買い手も検挙するところなんだが。ちょっと売り物に、ほっとくと不味いものが混ざってるのが分かってな。」
苦い顔で説明してくれる第三騎士団の騎士さんは、少し立場のある実情を分かった方のようです。
「夜までほっとくと不味いんですか?」
気になってダメ元で訊いてみると、騎士さんは溜息を返して来ました。
「何で王都にそんなものを持ち込んだんだっていう、ヤバいヤツだ。」
婉曲な追加説明に、目を瞬かせていると、また溜息付きで補足してくれました。
「鶏の卵だよ。金の。」
「ん? 金を産む金の鶏の卵とかですか?」
腑に落ちなくてそう返してみると、また溜息を吐かれました。
「ああ、そうそう。」
投げやりな口調になった騎士さんですが、適当に流した感満載です。
それでも分からなくて疑問符を頭に一杯並べていると、ケインズさんがこちらも溜息を漏らしました。
「卵が割れて孵化してしまったら、物凄い鳴き声で仲間を呼ぶんだ。」
もう少しだけ突っ込んだ説明をしてくれたケインズさんに、騎士さんが頷いて続けます。
「そうそう。奴ら雛鳥の鳴き声には離れていても必ず応えて駆け付けるんだ。こんな王都の町中に鶏共が大量に詰め掛けてみろ、地獄絵図だ。」
薄寒そうな顔付きになった皆様には申し訳ないのですが、今一つピンと来ません。
「はあ。なんか大変なんですね。」
他人事感満載な返事をしてしまうと、一斉にジト目を向けられました。
「という訳で、南の裏通りでは金の卵捜索が始まったから、万が一怪しいのがこっちの通りに逃げて来たら捕まえるように。以上だ。」
連絡事項の確認はこれで終了のようです。
何だか知りませんが、南側の通り担当の方々は大変だって事みたいですね。
頑張って下さい。
無責任にエールを送ったところで、警邏再開です。
ゆっくりキョロキョロしながら通りを歩いて、不審な動きをしている者がいないか巡回を進めます。
先程の検挙の話が重いものだったのか、ケインズさんは少し緊張したような張り詰めた表情に変わっています。
金の卵の鶏さんの話しをもう少し聞きたかったんですが、ちょっと無駄口はきけないような雰囲気ですね。
それから黙々と警邏を続けて、大通りと交わる度にそちらの警邏担当と情報交換です。
「王太子殿下とマユリ様が居合わせられて、捜索にご協力下さっているようだ。」
少しだけほろ苦い口調でそう漏らしてくれたのは、何度目かの待ち合わせで話した第三騎士団の騎士さんです。
「ええ? 王太子殿下が?」
それに返すケインズさんの様子が微妙に引き気味です。
「ああ。」
返す第三騎士団の騎士さんもやはり苦い顔です。
この雰囲気何でしょうか。
「つまり、第一の奴らも付いてるんだろ?」
「そうそう。現場はやり難いらしいぞ。」
「はあ。これは長丁場だな。頑張れ〜。」
何か分かり合った雰囲気のケインズさんと第三騎士団の騎士さんが溜息混じりに激励し合っています。
「魔物絡みなら、そっちの団長様も駆け付けるんじゃないのか?」
「その時点で交代でお帰り願えると良いな。」
「全くだよ。万が一があった場合は、やっぱり王太子殿下よりは第二の団長殿下のご助力の方が有難いしな。」
ボソボソと続けているお二人ですが、中身が微妙なお話ですね。
その間に進む予定の通りの先に目をやったところで、雑貨屋の店先に視線が釘付けになってしまいました。
何処となく見覚えのある品が並んでいるのは、気の所為でしょうか。
髑髏に蛇が巻き付いたような置き物とか、曇った面鏡の奥に人の顔っぽいのが見える気がする三面鏡とか、レトロを演出し損ねた小汚いランプとか、その他諸々、最近何処かのお部屋で見た気がするものがずらっと並んでますね。
一体おいくらで売られているやら、とっても気になります。
と、その店の店先に荷車が寄せられて、店の中から出て来た店主と荷車を押して来た頭に被り物をした男が言葉を交わし始めています。
言葉の中身は聞こえませんが、荷車の上の布袋を指して男が何か言うと、さっと踵を返して走り去って行きます。
それを店主が慌てて呼び止めていますが、男は振り返りもせずに脇道を北に入って行ってしまいました。
ゴミ同然のガラクタの不法投棄でしょうか?
ああいうのは、店主に何か聞いてあげた方がいいんでしょうか?
ただ、雑貨屋なら、ガラクタにも商魂逞しく値段を付けて売るのがお仕事なのかもしれません。
案の定、溜息を吐いた店主が諦めたように荷車の布袋の口を開けに掛かっています。
せめて、あそこから人の死体でも出て来た場合は、店主は悪くないって証言してあげましょう。
袋の中を覗き込んだ店主が首を傾げながら何かを取り出しています。
両手でよいしょと持ち上げなければいけないような何かの塊のようです。
一抱えもあるような石像か何かでしょうか?
目を凝らした途端に、塊の外側を包んでいた靄が晴れたように金の輝きも眩い卵が見えてしまいました。
「あ・・・」
つい指差して声が出てしまいましたね。
「ん? どうしたレイナード?」
律儀なケインズさんが気付いてこちらを振り返ってくれました。
「例の鶏の卵って、一抱えくらいの金ピカなヤツですか?」
「ああ、そうだな。」
「へぇ〜・・・」
店主が持ち上げて眺めている金の卵から目が逸らせず、渇いた笑みが浮かびます。
「ええと、じゃ、あんな感じの?」
にっこり笑顔で店主の方を改めて指差すと、ケインズさんと第三騎士団の騎士さん達が一斉にそちらを向いて、ですが首を傾げます。
「は? どれのことだ? こんなところには流石に転がってないだろ。」
「ですよね〜。俺もそう思いたいです。」
つまりあの靄っぽいの、目眩しの魔法か何か掛かってるんでしょう。
何で見破れる、とかこの際考えませんよ。
後天的に貰ったチートなのか、レイナードの元から持ってた能力なのか、もう分からないですからね。
それはともかく、目眩しは捜索があった時の為に掛けられていたか、あの荷車の男の逃走の時間稼ぎってとこでしょうか。
でもですね、あれ、店主が間違えて落として割れちゃったら、悲劇の始まりなんじゃないでしょうか。
そして、そういう不運を引き寄せる自信が満々にあるんですよ、このレイナードさん。
今日も漏れなく尻拭いの日々は続くようです。




