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午後の勤務、城下町の巡回警邏任務は、第二騎士団の制服着用です。
本来は、王城と城下の治安維持の務めは第三騎士団の管轄だそうですが、第二騎士団が閑散期の間は、王都に駐在して訓練を行う傍ら第三騎士団の補助的な任務を請け負っているのだそうです。
なので、城下町の巡回警邏で何か起これば、基本的には第三騎士団に知らせて、必要があれば協力して解決するものみたいです。
任務に就く前に、その辺りをくどい程何度も説明されて、最後にはカルシファー隊長から、問題を起こすなよと捨て台詞のような言葉を貰ってからの任務開始でした。
実際の巡回は2人1組ですが、地区別に小さなグループ分けがあって、同じ地区担当の他の組と辻で落ち合って情報交換しながらまた分かれて警邏する事になるようです。
「つまり余り離れていない場所で他の組の奴が回ってる筈だから、何かあっても慌てずそいつらを呼びに行けば良い。」
ケインズさんにそう補足説明されながら巡回開始です。
挙動不審にならないように、ケインズさんの歩みに合わせて足を動かしますが、行き交う人々や露天商の呼び掛けに気を取られてキョロキョロしてしまうのは止められません。
今日の巡回路は一番混雑する市場から1本中に入った通りですが、それでも気を付けて置かないと人にぶつかりそうになるくらいには人通りがあります。
「市場の北側のこの通りは、少しお値段高めで客層も落ち着いてるから治安は良い方だが、富裕層な客を狙った盗難騒ぎが起こる事があるから要注意だ。」
ケインズさんに言われて見渡してみると、確かに町行く人の服装は小綺麗な人が多いように見えます。
「成る程、こっちで裕福そうな客に目を付けておいて、辻に通り掛かったところで引ったくって、混雑してる市場の通りに逃げ込んで追っ手を撒くって手口ですね。」
つい分析してみたところ、ケインズさんが無言でじっとりした目を向けて来ます。
え? 何でしょうか?
「お前ってさ。もう何処から突っ込んでいいか分からないくらい、言動の全てが変な奴だよな。」
えええ? そ、そうでしょうか?
「本当なら今の発言、何でそんな手口を知ってるんだとか、怪しいから取り調べだとか突っ込むべきところなんだろうけどな。突っ込んでみたところで、いつも通り肩透かし食らうだけなんだろうなと思うと、脱力しかない。」
言ってから深々と溜息を吐いたケインズさんは、お疲れ気味でしょうか。
「ええと? 何だか済みません?みたいな?」
こちらもどう返して良いのか分かりませんが、皆様レイナードフィルターをそろそろ外してお付き合いして頂けると助かるんですが。
「お前はさ。もう以前のレイナードじゃないって事は、頭の中では分かってるんだ。何をどうしてそうなったのか分からないが、最早別人として扱うべきだって事も。でもな、お前の中の有り得ないような魔力とか、伯爵子息の身分だとか、そういうのは何処までも付いて回って無くならない。」
ケインズさんは少し沈み気味の口調で続けます。
「同じ隊の仲間として、これからもずっと垣根なくこうして付き合って行きたいと思ってるが。もしも、お前が記憶を取り戻して以前のようなレイナードに戻ってしまったら、物凄く嫌な気持ちになるだろうなって。だからって、今その時の事を考えてお前との間に壁を作るのが正しいとは思わないんだけどな。」
何やら複雑な心境を語ってくれたようです。
「うーん。でも、今ケインズさんとこうして過ごしてる俺の時間は、無かった事にはならない訳で。だから、もし元の鼻持ちならないレイナードに戻ったとしても、今みたいに遠慮なく絡んで、責任取らせれば良くないですか?」
もしも、この先本物のレイナードとまるっと入れ替わる事が可能だったとしても、ちょっとくらいはこの入れ替わり期間での事を考慮して生きてくれるんじゃないかと思うんです。
だって、彼がどうにもならないドン底まで行ったところでの交代劇なんですから、生き残りをかけて環境改善に乗り出したこちらの頑張りを尊重してくれる事を、強く望みますからね!
「まあな。」
ケインズさんが答えてふふっと笑います。
「お前は有り得ないくらい前向きだよな。あのレイナードに実はそんなとこが隠されてたとは、本当に信じられないよ。」
言って穏やかに微笑むケインズさんは、イケメンオーラ倍増です。
ほら、町行く女性達がちらほら、こちら見て頬を染めてますよ?
「ケインズさん、仕事中ですよ? 色気の垂れ流しにはご注意下さいですって。」
その眩しい笑顔にそう突っ込んでおくと、ケインズさんが目を瞬かせました。
それから、チラッと周りを見遣ったケインズさんは、ふうと溜息を吐きました。
「いや、それお前だから。その顔で人懐っこそうに笑うな。道行くご婦人方が卒倒する。」
いやまあ、レイナードは確かにメッチャ美形ですが、普段の素っ気ない顔からのギャップ萌えならケインズさんの方が破壊力が大きい筈です。
「またまたぁ。注目されてるのはケインズさんですって。」
と話してる間にも、女性集団がこちらをうっとりと見ている視線を感じます。
あちらのカップルさんなんか、目がハートの女性がこちらを向いたまま引っ張って行かれる傍ら、引っ張る男性は殺気だった目をこちらに向けてますね。
公害にならない内に、お仕事モードに戻った方が良さそうです。
「あ、ケインズさん。先の大通りとの交差点で、第三騎士団の人達がこっち見ながら待ってますね。ちょっと急ぎますか?」
真面目な口調に戻して話題を変えると、ケインズさんも表情を改めたようです。
「そうだな。慌てすぎない程度に手早く周りを見ながら合流しよう。」
そこからお喋りは控えめに、警邏モードに入りますが、それはそれで女性達の視線を釘付けにしてしまっているようです。
合流した第三騎士団の人達には、呆れたような目を向けられました。
「あんたらなぁ。町中警邏で何して注目集めてんだよ。」
「何でこの目立つ2人に組ませるかなぁ。」
散々な言いようですが、何もしてませんからね?
誓って悪目立ちしようとか、企んでませんよ?
不本意な顔でブスッとしていると、あちらも不本意そうなケインズさんの溜息が聞こえてきました。




