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朝食を済ませてオンサーさんと一緒に部屋に戻ると、閉ざされたレイナード部屋の中から物を動かす音が聞こえて来ます。
が、先程とは違って物を倒しているような慌しい物音とは違って、ゆっくり慎重に持ち上げて置かれたという音です。
そおっと扉を開けてみると、倒れていた家具が元の場所に戻され、カーペットがきちんと床に敷かれた状態に戻っています。
散乱していた小物はハイドナーが慌てて片付けているようで。
部屋の奥では、コルステアくんが何処かしょぼんと肩を落としつつ本棚に落とした本を収め直しているようです。
ケインズさんは移動していたロウチェストの位置の微調整をしていたようで、眺めては少しずらすの作業に没頭している様子でした。
「ただいま〜。」
何となく気不味い気分で声を掛けて入って行くと、ケインズさんとハイドナーがハッとしたようにこちらを向きました。
「お帰りなさいませ、レイナード様。」
「レイナード。家具の配置はこんな感じだったか?」
ホッとしたようなハイドナーの声と、当たり前のように復旧作業をしてくれた様子のケインズさんの言葉が返って来ます。
「あ、済みませんケインズさん。片付けまで手伝ってくれたんですか?」
何やら後ろ姿に哀愁漂うコルステアくんは、ケインズさんからのお説教を食らい済みで、ケインズさんはその後で片付けまで手伝ってくれたようです。
「ああちょっと酷い有様だったからな。非力な魔法使い殿1人では大変そうだしな。」
相変わらず、男前気質全開なケインズさんです。
「ありがとうございます。ご迷惑お掛けしました。」
ここは、元凶のコルステアくんの兄として、謝るところでしょう。
が、その台詞を耳にした様子のコルステアくんの頬がぷうっと膨れたように見えました。
本当、反抗期の弟、可愛いですね。
「それから、話もしといた。兄弟の関係はその家族ごとに色々だろうけどな。最低限守るべきルールからは逸脱するなってな。言い合いも取っ組み合いも、喧嘩するなら真正面からやれば良い。男同士だしな。でも、外で相手の立場を壊すようなことや他人に迷惑を掛けるような事はやっちゃダメだ。」
ケインズさんの言葉には、実感込みの重みがあって、そして凄くカッコいいです!
「・・・因みに、お前もだからな! 記憶無くす前のお前は酷いもんだったんだからな。」
むすっと一言付け足したケインズさんには、苦笑を返してしまいます。
「はい。覚えてないですけど、色々ヤバいやつだったんだなって事は分かって来ましたから。」
そうですね、本当、レイナードって何考えて生きてたんでしょうね。
直接対話の機会があったら、是非その辺り重点的に聞き取り調査してみたいですね。
「でもねケインズさん。俺、今のここでの生活が気に入ってるから、壊したくないなって思ってるんですよ。やっと騎士団でも色んな人と話せるようになって来たし。過去のレイナードだって、本当はこんな風に暮らしてみたかったかもしれないじゃないですか。」
レイナードの本心は、実際のところよく分かりませんが、周りの環境と与えられた境遇が、彼をそこまで歪ませた可能性は高いんじゃないでしょうか。
「過去のレイナードが抱えて来たものは、正直知りませんし、今更解ってあげられないかもしれませんけど。これからの俺は、潰されずに前向きに生きたいように生きてやりますよ。」
にっこり良い笑顔で言い切ると、不意に頭の上にポンポンと手が乗せられました。
「そうだよな。それでも過去を引きずって忘れられない奴はいるだろうけど。少なくとも俺達は、前に向かいたいお前の味方だからな。」
オンサーさんの温かい言葉が後ろから掛かって、ついうるっと涙腺が緩みそうになりました。
もうちょっと頑張って、レイナードとして生きて行こうと思います。
という訳でそんなやり取りの後は、コルちゃんのご飯の時間です。
早朝訓練の間に塔の魔法使いさんが運んで来てくれた餌で朝食になりました。
ハイドナーとコルステアくんが部屋の片付けをしている傍らで、檻から出したコルちゃんに餌やりをしましたが、出た途端にコルステアくんの方を見ながら毛を逆立てていたので、部屋を捜索する間に檻を手荒に扱ったりしたんでしょうか。
宥めて言い聞かせると落ち着いて餌を食べてくれたのですが、コルちゃんの中では、レイナード以外は敵か準敵認定のようです。
といって、レイナードをどう認識しているのかは怖くて知りたくありませんが、とにかく撫でてもふってスキンシップです!
「コルちゃん、今日もふわもふですね〜。これからまたお仕事だから、檻でお利口にしててね。」
そんな声を掛けながら、朝食と排泄の済んだコルちゃんを檻に戻そうとすると、キュウっとやはり切ない甘え鳴きをされます。
一瞬絆されそうなりますが、そこはぐっと堪えて我慢です。
「お休みの日は、たっぷり檻から出して遊んであげるからね。」
そう言い残して、後ろ髪を引かれる思いで午前の訓練に向かいました。




