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「コルステア様〜。」
朝練が終わってから戻った部屋の前で、ハイドナーのアワアワした声が聞こえて来ます。
と同時に、ガタンバタンと何かが倒れるような音もしてきました。
コルちゃんとコルステアくんが、遂に取っ組み合いでも始めたんでしょうか。
という訳で、大急ぎで扉まで走ってバンッと開けました。
「どうした!」
勢い込んで声を張り上げましたが、室内の様子に目を瞬かせます。
机の引き出しが開いていて外へ散らばる雑多な小物達。
本棚からこぼれ落ちた本。
動かされたロウチェストに、床のカーペットも中途半端に剥がされています。
「空き巣??」
が入ったかと思うような室内の様子ですが、コルちゃんの檻をどかして更にカーペットをめくろうとしているのは、コルステアくんです。
「・・・何してるのコルステアくん? 随分派手に散らかしてくれたけど、後で元通りに片付けといてね?」
半眼で告げると、コルステアくんはふんと鼻を鳴らしました。
「この状態を見て呑気にそんな事が言えるとは、流石に頭が軽いらしい。」
あ、ちょっとそれはお兄ちゃんに言っちゃ駄目なセリフでしょう。
ふうと溜息を吐いて腰に手を当ててみました。
「あのね、コルステアくん。頭が軽かろうが何だろうが、人のお部屋に泊めてもらって、その人がお留守中にこんなに容赦無く散らかしちゃ駄目でしょう? 探し物があるなら許可取ってからにしてくれる? そうしたら、こんなに滅茶苦茶に散らかさなくても良いように、物退けるの手伝うからさ。」
コルステアくんの舌打ちが聞こえて来ます。
コルステアくん、レイナードが絡まないと普通に好青年に見えるのに、ちょっとガラが悪いですよ?
「はあ、じゃあ家探しさせて下さい。貴方が記憶喪失とか怪し過ぎるので、何を企んでるのか探りたいので。」
おっと、素直に頼んで来ましたよ?
「はいはい。好きに家探しして良いですよ? その代わり、気が済んだら元通りに戻しておいてね。家具とか備品の破損は厳禁だからね。」
「・・・。」
コルステアくんは無言になって、ハイドナーはまたお口があんぐり開いたままですね。
虫が入りますよ?
「この部屋にあるものって、俺の記憶にないレイナードのものが殆どだから、これといって俺が大事なものってないからさ。まあ好きにして。ただ、騎士団の備品は壊しちゃまずいから、そこは注意ね。」
それだけ言及すると、回れ右する事にしました。
「俺、先に朝食行って来るわ。帰って来たらコルちゃんのご飯にするから、それまでにはある程度片付けといてね〜。」
言い残すと、部屋を出て扉を閉めると廊下を歩き始めました。
さて、レイナードの記憶喪失問題と中身別人問題は、どう決着を付けるべきでしょうか。
誰か信用出来てこの件を相談出来そうな常識的な人っていないもんですかね。
レイナードの実家の政敵じゃなくて、以前のレイナードの敵でもなくて、過激な思想の持ち主じゃなくて。
取り敢えず、やっぱりまだ見極め期間ですよね。
甚だおかしいと思われていようと今は誤魔化し誤魔化し暮らして行くしかないですね。
食堂に入って行くと、ケインズさんとオンサーさんが手を上げて合図してくれます。
席取りしてくれてたみたいですね。
義理堅い人達です。
「その、なんだ、コルちゃん?の餌やりは終わったのか?」
朝食を持って座った途端にオンサーさんに言われて、そういえばそういう理由で基礎訓練後に2人と別れたことを思い出しました。
「ええと。コルステアくんが部屋で取り込み中だったから、俺の朝食を先に済ませる事にしました。」
うーん、嘘は言ってないですよね?
「取り込み中? 結界に問題でもあったのか?」
首を傾げながら続けるオンサーさんに、少し苦めの笑みを返してしまいました。
「ええと、コルステアくん、俺が記憶喪失だって信じてくれてないみたいで。」
「・・・で?」
濁した言葉の先を促すオンサーさんに、困ったように笑ってみせます。
「真っ直ぐでちょっとヤンチャな弟って、可愛いですよね?」
遠い目になって返してみると、オンサーさんが半眼になりました。
と、隣に座っていたケインズさんが唐突に席を立ちました。
驚いて見上げた先で、かなりムッとした表情のケインズさんが睨むような目を遠くに向けています。
「ちょっと行ってくる。」
「え?」
これまた唐突な宣言に不穏な空気を感じて、慌てて声を上げてしまいました。
「ど、どこに?」
「お前の弟は、兄貴に対する態度がなってない。以前のお前になら、無理もない事だが、今のお前を解ろうともしないのは、間違いだ。ちょっと言って来てやる。」
強い口調のケインズさんは、何か非常に怒っている様子です。
「ええと? ケインズさん?」
更に慌ててこちらも立ち上がろうとすると、にやりと笑ったオンサーさんに肩を押し戻されます。
「まあまあ、お前は朝飯済ませてしまえよ。」
「えええ? でも。」
「ケインズだから任せておいても問題ない。あいつ、兄弟多いからな。そういうことには慣れてる。」
更に言葉を重ねて説得に入るオンサーさんに逆らえず、仕方無く頷く事になりました。




