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「お早うございまーす!」
入って行った訓練場では、ぱらりとした返事とこちらを注目する視線が集まってきます。
ここのところ、そういうあからさまな視線は緩和してたんですが、逆戻りしてますか?
と思っていたところで、唐突に、わらっと隊の人達がこちらに集まってきます。
「お、おい、レイナード。魔物を飼い始めたって本当か?」
話し掛けられた事のない先輩騎士さんが及び腰に問い掛けて来ますが、その他囲む方達も頷いています。
どうやら陰口を叩かれる時代はここでは終わりのようです。
知的好奇心は、素直に満たす方向で転換してくれたようですね。
「ああはい。もふもふでめちゃくちゃ可愛い、サークマイトです。」
にっこり笑顔で返してみると、ザッと囲む皆様の顔色が変わりました。
取り敢えず、これはお約束で見てみたかったので、満足です。
とはいえ、お楽しみの後はしっかりフォローも忘れませんよ。
「と言っても、魔法は無効化されていて、無限にふわもふになる循環型魔法結界に覆われてるので、無害なツノ付きキツネちゃんですよ?」
「・・・無害なキツネ?」
あれ、何か思った程フォロー出来ていないみたいですね。
「ああ、はいはい。無害なキツネなぁ。お前らレイナードの部屋には間違っても近付くなよ〜。ほら皆散れ〜、訓練始めとけ〜。」
割って入ってきたのは、いつになく投げやりで覇気のなさ過ぎなカルシファー隊長です。
囲んでいた同じ隊の騎士の皆さんも渋々従って離れて行きます。
「で? もふふわで無害なツノ付きキツネちゃんだったか? そいつはご機嫌か?」
投げやり感満載に訊いて来るカルシファー隊長には、にっこり笑顔で答えて差し上げることにします。
「勿論ですよ! 昨晩は、コルちゃんが一緒に寝たいって言うので、ベッドで一緒に寝ましたよ? コルステアくんが起きてるつもりでうっかり寝入っちゃったくらいですから、平穏な夜でしたよ。」
と、深い溜息が返って来ました。
「殿下も、何で訓練以外ではお前に甘いんだか。」
ぼやきが耳に入りますが、それにはちょっと突っ込み入れたいところです。
「ええ? 甘くないですよ? 何ならあの方、ほぼ毎日俺の胸ぐら掴んで凄んでますからね? 昨日なんか、殺意が芽生えたら即鉄錆って言ってましたよ?」
訴えてみますが、これまた横向いての溜息で流されました。
「もういい。お前も訓練開始しろ。」
疲れた顔のカルシファー隊長は言い残して去って行きました。
「おいレイナード。それで? 昨晩は大丈夫だったのか?」
そう声を掛けてきたのは、ケインズさんです。
先程囲まれた集団の中には居なかったので、来たばっかりなんでしょう。
「ああはい。何事もなくでしたよ?」
答えたところで、オンサーさんも近付いて来ます。
「あのな。言いたくないけどな。あいつ、絶対性格凶悪だからな、お前に向けてる愛くるしい顔に騙されるなよ。」
つい苦言を呈してしまうオンサーさんには、心配して貰っているようです。
「分かってますよ〜。」
何だか、毒蛇とか蠍とか、危険生物をわざわざペットにして飼育したがる人の気持ちがちょっとだけ分かってしまったかもです。
とはいえ、もふふわのコルちゃんは、ケージの中に閉じ込めっぱなしじゃなくて、触れ合いの出来るペットにするべくきちんとシツケも必要ですよね?
というわけで、頑張りたいと思います。
そんなコルちゃんを抱えた以上、レイナード改造計画もピッチを上げて行きましょうか!
基礎訓練で筋トレして肉体改造と、走り込みで体力の底上げと負荷をかけた運動による忍耐力の育成。
夕方の訓練でコルちゃんに負けない魔法力の強化。
完璧な改造メニューにこっそりにやにやしながらの訓練です。
途中から周りから人がすうっと引いて行った気もしますが、今更気にしませんよ。
そんな中、溜息吐きながらも付き合ってくれるケインズさんは本当に奇特な人です。
「今日から午後の勤務が外回りになるからな。」
そのケインズさんが合間にそう教えてくれました。
「隊長から、お前を外回りの仕事に出す許可が出たから。」
成る程、これまで城内の見回りやら巡回任務だったのは、レイナードを外に放つのに懸念があったからなんですね。
「その、色々忘れてから市街は初めてだよな?」
その通りです!
ケインズさんの細やかな気遣い来ましたね。
「はい!」
ファンタジーな世界の市街地、すっごく楽しみです!
「まあ、仕事だからな。何事もなければ決まった順路を回るだけだけどな。街の地理も覚えなきゃならないから、色々説明しながら回ることにしよう。」
真面目な口調でケインズさんはそう話してくれましたが、こちらはもう、午後からルンルンお出掛け気分です。
「仕事、だからな。」
こちらの浮ついた様子を一目で見破ったケインズさんが、苦い口調で念を押して来ますが、にっこり笑顔で返します。
「勿論ですよ!」
ケインズさんがまた疲れたような溜息を吐いてますが、要は、しっかりお仕事もしつつ、市街観光を楽しむってことで。
一気に上向いた気分のまま、意気揚々と走り込みに入りました。




