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ガチャリと開けた扉の先には、部屋の中央に魔物用の檻とその前の床に座り込むコルステアくんの姿がありました。
どうやらコルちゃんとお見合い、もしくは無言の睨み合いでもしているようです。
ちょっとだけ憂鬱になり掛けた気持ちで隊長さん達を連れて来ましたが、思わずくすりと笑ってしまいそうになりました。
因みに、今日のレイナード部屋ご案内ツアーに参加しているのは、ウチのカルシファー隊長と隊長の中ではボス格になる様子のトイトニー隊長、そして喧嘩し掛けたフォガート隊長と、ケインズさんとオンサーさんも心配だからって付いて来ています。
ケインズさんとオンサーさんは、コルちゃんをチラッと見たら直ぐに勤務に向かうということで、カルシファー隊長に渋々許可を貰ってました。
ところで、微動だにせず睨み合うコルステアくんとコルちゃんのツンツンした様子を、もうちょっとだけ観察していたい気分でしたが、後ろから咳払いされたので仕方なく部屋に入って行く事にしました。
コルステアくんには、昼食後、その足で事務室に向かう事になったと伝えて、宿舎のレイナード部屋に先に戻っていてもらうよう頼んでありました。
それからずっとこの状態だったのだとしたら、ちょっと笑えるかもしれません。
「コルちゃん、コルステアくんただいま〜。」
近付いて行きながら声を掛けると、コルステアくんからは冷たい一瞥が、コルちゃんは檻に近付いて行くと寄って来て、鼻をヒクヒクと動かしてこちらの匂いをかぐ仕草をしています。
「コルちゃんお利口さんだった?」
檻の側でしゃがんでそう声を掛けると、コルちゃんがつぶらな瞳でじっとこちらを見詰めて来ます。
「コルステアくん、もうコルちゃん檻から出してもいいかな?」
すると、コルステアくんに深々と溜息を吐かれました。
「あんた本当に、この凶悪な性質の魔物をペット扱いするつもりなのか?」
嫌そうな顔でそう返してくるコルステアくんに、にっこり良い笑顔を浮かべてみせます。
「何言ってるのコルステアくん。こんっなに可愛いコルちゃんつかまえて。」
ドン引いた顔をされますが、可愛いものは可愛いんです。
「分からないかなぁ。このさっきまで超凶悪な目でコルステアくんと睨み合ってた筈なのに、俺が近付いた途端、そんな目付きした事ありませんよって取り繕うようにつぶらな瞳で見上げて来るところとか。」
「「分からんわ!」」
何故か後ろから複数の突っ込みが入りましたが、きっと気の所為でしょう。
「馬鹿じゃないのか? ただ単に騙されてるだけじゃないか。こいつはな、媚び売って隙を見てあんたの魔法を破る方法を探してるんだぞ? そしてその方法を見付けて自由になったら、あんたをどう料理しようか色々考えてるだろうな。」
おどろおどろしい声を装って言ってくるコルステアくんですが、何気にレイナードを心配する発言になってることに気付いてないんでしょうか。
そういうところが、コルちゃんと一緒で可愛いですよね。
思わずにこりと微笑み返してしまいました。
「はい、それじゃ見学の皆さんは部屋に入って扉閉めて下さいね〜。結界はコルステアくんが張ってくれ済みですが、万が一があるといけないので、物理障壁は大事でしょう?」
そんな声を掛けて隊長さん達とケインズさんオンサーさんを招き入れると、部屋の扉はしっかりと閉ざされて、その前にオンサーさんが陣取るようです。
「コルステアくんは念の為下がってて。」
そう声を掛けると、コルステアくんは意外にも反論なく従って、壁の方まで下がっていきます。
少し離れて身構える隊長さん達の視線を感じながら、コルちゃんの檻の扉から鍵を外しました。
ゆっくり扉を開いて、手を広げます。
「コルちゃん、もういいよ出ておいで。」
その掛け声に従って、コルちゃんがふわりと飛び出して来て、広げた両腕の中目掛けて飛び上がります。
その体当たり状態にそこそこの衝撃が来ますが、10日鍛えた成果かレイナードの骨格の問題か、びくともせずに受け止めてあげる事が出来ました。
腕の中のふわもふに我慢出来ずに、思わず頬擦りしてしまいましたが、コルちゃんはされるがままに大人しくしています。
「ほら、もう。もふっもふでふわっふわで、はあ幸せ。」
思う存分なでなでしたところで、座り込んで床に下ろしてあげると、コルちゃんは甘えるように袖にすりすりしてから、チラッと周囲に目を向けてはギンッと睨みを利かせています。
それを見下ろすこちらには気付かれていないと思ってる辺りが、また可愛いです。
「コルちゃんもご飯にしようかぁ。」
言いながら立ち上がって餌や身の回りの荷物が置かれている場所まで歩いていくと、今度は足にスリスリしながら付いて来ます。
再び座り込んで荷物整理を始めると、コルちゃんは大人しく身を寄せるように直ぐそばで足を揃えて座りました。
「ええと。トイレは何処に置こうか。」
コルちゃんのトイレセットは、広めの箱に藁が敷かれている状態です。
藁ごと排泄物を処分する感じで良いんでしょうか。
箱を持って部屋の隅に置きに行くと、設置したトイレをふんふんと嗅いでから、納得したように見上げて来ました。
これは大丈夫そうです。
では、次に食事の準備に掛かろうと思います。
こんなに可愛くても実は魔物のコルちゃんは果たして何を食べるのかと思っていると、野菜や果物の切れ端、何かの端切れ肉等、人間の食材の余りのような混合の餌が用意されていました。
つまり、動物の狐と同じような餌なのでしょう。
ですが、量が極端に少ないんです。
お茶碗に半分くらいの総量って、コルちゃんの身体からしたら少な過ぎないでしょうか?
首を傾げながら、それでも餌の乗った皿と水の入った器を床に置くと、コルちゃんはやはり匂いを慎重に嗅いでから、ゆっくりと食べ始めました。
「ねぇコルステアくん。コルちゃんの食事って毎食これだけ? ちょっと少な過ぎない? 餌を十分にあげない虐待とかじゃないよね?」
つい部屋の隅に下がっているコルステアくんにジト目を向けながら問いかけてしまいますが、ふんと鼻を鳴らされました。
「本当に何も知らないんだな。」
ええ、知りませんとも。
魔物に知り合いはいませんでしたから。
「魔物は大気中の魔力素を取り込む事で力を蓄える。身体を維持する為に最低限の捕食もするが、存在を保つ為には魔力素を取り込む必要がある。」
うーん、ちょっとピンとは来ませんが、大気から栄養補給が出来ちゃうので、食事量は控えめってことでしょうか。
光合成してる植物みたいな?
「この世に遍く命あるものは、存在するだけで魔力素を取り込んで蓄える性質がある。凝縮して体内に蓄えた魔力素の質が高いと魔力になり、魔法に変換する事が出来る。」
成る程、魔力素を上手く体内に取り込む体質の人が、魔法使いって事ですね。
「その上そのサークマイトという魔物は、他の生き物が自然放出する余剰の魔力を側にいて自らに取り込む性質を持つ厄介な魔物だ。つまりそいつは、あんたの余剰放出してる魔力を食ってやろうとしてるんだぞ。」
これまた成る程〜ですね。
「で? いつか俺から取り込んだ魔力で巨大化するつもりだと?」
ちょっとゾッとしない気分で続けてみると、コルステアくんに冷笑を貰いました。
「いやいやいや、待てよ塔の魔法使い共! 駄目だろそんなの! 却下だ。そんな危ないもの第二騎士団に置けるか!」
ここで、トイトニー隊長の焦った声が上がります。
が、にやり笑顔のコルステアくんがそちらを一瞥。
「シルヴェイン王子殿下の許可は下りている。」
うーん、何だか大変な事になりましたね〜。
ここは一つ、遠い目をしておくことにしました。




