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 盗聴防止魔石を停止させて片付けた後、入室許可を与えて入って来たのは、この部屋まで案内してくれた王太子の侍従だった。


「ご歓談中のところ、失礼致します。王太子殿下より、ミレニー公女殿下の姉君パドナ公女殿下とその婚約者であらせられるシルヴェイン王子殿下のこちらへの数日の滞在の許可が頂けましてございます。」


「それは助かる。パドナも妹姫と積もる話もあるだろうし。王太子殿下にもご好意に感謝申し上げるとお伝えしてくれ。」


 こちらも如才なく答えると、侍従も深々と頭を下げて返して来た。


「それでは、早速ですが。ご滞在中お使い頂く部屋へご案内申し上げます。」


 そう隙なく誘導していく侍従は感情を表に出すこともなく淡々とした様子で、彼からこの場で何かを引き出すのは難しそうだ。


 一先ず従うことにして、パドナ公女と共にミレニー公女の部屋を出る。


 婚約者だと伝えたお陰で、パドナ公女とは隣り合った客間を用意された。


 何が出るか分からないこの王太子の塔で、供の1人もいないパドナ公女が目の届くところにいてくれるのは正直助かる。


 パドナ公女が部屋に入った後、隣の部屋に通してくれた侍従が、下がる前にふと思い出したようにこちらを向いた。


「シルヴェイン王子殿下、後程王太子殿下が是非ともご挨拶をさせて頂きたいと仰せでした。只今王太子殿下は王の塔にて内々に進んでおります貴国の王女殿下とのお話につきましてすれ違いを正し、陛下へご理解頂くべく説明を行っておられます。こちらへお戻りの頃には喜ばしい結果をご報告出来る筈と溢しておいででした。少々気が早いかもしれませんが、お祝い申し上げます。」


 そんな言葉をそれはにこやかに放ってくれた侍従に、唇を噛みつつ、こちらも何とかにこやかに微笑み返す。


「一体何のことを言っておられるのか分からないが。こちらも王太子殿下には是非ともお伺いしたいことがあったのです。お会い出来ることを楽しみにしておりますとお伝え頂こうか。」


 ここへ辿り着くのが一足遅かったかもしれないが、カダルシウス側が了承していない王女の婚姻は纏まる筈がないのだ。


 だからこそ、即行で大使を解任して、今エダンミールとの外交権限は一時的に自分が預かっている。


 後は、王太子がレイカに早まったことをしなければまだ何とかなる。


 レイカも思い切った言動をするが、愚かではないし、自分の身を守る立ち回りが出来ない訳ではなさそうだ。


 自分の生まれ育った国とは社会構造が違うのだと言っていたが、目上の者に敬意を払うことも知っているし、身を守る為の攻勢も効果的に掛けられるようだ。


 ただし、国王の養女になった王女だという立場が、どうしても権力としては弱い。


 特に他国で今回のように騒動に巻き込まれた時に、直ぐに国からの擁護が得られないのではやりにくかっただろう。


 そう思うとまた苦い気持ちが湧く。


 何故、今この時に、自分自身が彼女の絶対的な擁護者として隣にいられなかったのかと。


 直ぐにでも彼女の元に駆け付けて、彼女は自分のものだと、全て自分を通せと言い放って追い払うことが出来たなら、彼女を困らせずに済んだのにと。


「畏まりました。それではまた後程、王太子殿下のお戻りを待って、お声を掛けさせて頂きます。」


 侍従は何事もなかったようにまた深々と頭を下げると、退室して行った。


「・・・殿下。」


 何かを堪えるようなリーベンの言葉が来て、そちらを振り返る。


「何がどうなっているのか、伺えますでしょうか?」


 リーベンとバンフィードからかなり圧のある視線を喰らって苦い顔になる。


 そういえば、リーベン達には王都に来てから判明した色々を説明していなかった。


 溜息を漏らすと、客間に備えられているソファに座りに行って、向かいのソファの後ろに立った2人に、座るように促す。


 どうにもこの2人に威圧的に見下ろされながらする話ではない。


 聞けば間違いなく2人とも激昂すること間違いなしだ。


 素直に向かいのソファに座った2人に溜息混じりに話始めることにした。


「落ち着いて聞くように。」


 そう前置きをしてしまったのは、後ろに立つクイズナーが、既にかなりイライラした空気を放っていたからだ。


「レイカに、エダンミール王宮への不法侵入容疑が掛かっている。翼竜に乗って行ったレイカが実際にどんな経路で王宮に入ったのかは知らないが、それを王太子が自分に都合良く捻じ曲げた解釈をして、レイカを手に入れようとしているようだ。」


 向かいの2人が息を呑んだようだが、まだ本題はこれからだ。


「王太子の解釈はこうだ。レイカが王太子妃になりたいが為に無理やり王宮に押しかけて来たのだと。」


「は?」


 バンフィードが呆れたような声を思わず漏らしてしまったようだ。


「有り得ないと彼女を良く知る我々は瞬時に否定出来るが、王太子が不法侵入の罪を盾にレイカを押し切る可能性がある。」


「しかし、王族同士の縁談ならば、そう簡単に押し切れるものではない筈では?」


 リーベンが冷静に返して来たが、その拳がギュッと握り締められている。


「そうだ。だから、昨晩王太子に取り込まれている様子だった大使を更迭した。カダルシウス側の言い分をあちらに都合良く捻じ曲げてくれそうだったからな。」


 これにもリーベン達は苦々しい顔になった。


「もう一つ、宜しいでしょうか?」


 ここで口を挟んだバンフィードに頷き返してやる。


「殿下は、パドナ公女殿下と本当に婚約されるのですか?」


 それも彼らにはきちんと話す必要があるだろう。


「今朝も聞いていた筈だ。本当に婚約、ひいては結婚するつもりだ。父上にも昨晩の内に許可を貰ったし、メルビアス公国側にも今頃正式な申し入れがされている筈だ。」


 バンフィードが僅かに顔付きを険しくしたようだ。


「当然それを、レイカ殿下はご存知ないということですね?」


 かなり冷ややかに返してきたバンフィードに、こちらも苦い顔になる。


「正直に明かすと、それはこのエダンミール王宮に入る為のパドナ公女との取り引きだった。彼女も王太子に囚われている妹公女を救い出す為に、自身に国外への縁談が必要だったようだ。私との婚約が整ってパドナ公女がカダルシウスに嫁ぐことが決まれば、メルビアス公国はミレニー公女を跡取りとして国に連れ戻す口実が出来る。パドナ公女からの申し出は、始め熱りが冷めるまでの2年程度の契約婚約の予定だった。」


「それを本当の婚約にした理由は?」


 バンフィードの追求は続く。


 バンフィードとしては、レイカに不誠実なことをした自分が許せないのだろうと思う。


「私とレイカが結ばれる未来は潰えた。父上がはっきりとその話は今後一切再浮上しないと言い切られた。それならば、私には適当な結婚相手が必要だ。どうせ正式な婚約関係を結ぶなら、いっそ破棄せずに本当にしてしまった方がパドナ公女の為にもなる。」


 なるべく感情を殺して言い切ると、バンフィードの眉がピクリと上がった。


「レイカ様のことは、簡単に忘れられると? あの方が貴方をどれほど大事に想っておられようが、貴方はそれに何とも感じておられないということでしょうか?」


 厳しい口調ではっきりと糾弾されて、初めてバンフィードが自分と兄王太子を重ねていることに気付いた。


 そういえば、彼が婚約したキースカルク侯爵令嬢のアルティミアは、兄王太子の婚約者筆頭候補で、殆ど婚約が決まったような状態だったのに、寵児のマユリが現れたことで流れた話だったと思い出した。


 バンフィードには、カダルシウス王族の兄と自分の不誠実さが許せないのだろうと。


「バンフィード、私は心からレイカを大事に想って来た。これは嘘偽りなくだ。だが、様々な状況を鑑みて、父上や叔父上の後押しなくレイカとのことを強引に推し進めたところで、レイカを幸せにして守り切ることは難しいと気付いた。・・・それに、レイカ自身はどうしても私でなければならないという程、私を想ってはいないだろう。それなのに、私の想いだけを押し付けてレイカに無理や不自由を強いることはしたくない。それが、私の結論だ。」


 情け無い気弱発言と取られても仕方がないが、これでもよく良く考えて出した結論だ。


 レイカのことはいずれにしろ早く誰かが隣に収まることで彼女の立場を固めることにもなる訳で、時間を掛けなければ周りに認められない自分の為に、彼女の立場を中途半端にしたまま待たせることは出来ない。


「・・・良く分かりました。では殿下は、レイカ様のことはきっぱりとお諦めになり、パドナ公女殿下と仲を深めることにお努め下さい。レイカ様には、移り気で最低な殿下のことは早く忘れて他を探しましょうと申し上げます。ですので殿下、貴方様がパドナ公女殿下と取引をされたことは決してレイカ様には明かさないで下さい。」


 グサリと胸を刺されたような気持ちになるが、レイカを傷付ける結果しか出せなかった自分は嫌われ者になって、レイカにあるかもしれない未練を断ち切る役目を果たせと言われたのだ。


 これには頷くしかない。


「分かった。責められるのは私で良い。レイカとは距離を置こう。だが、レイカが自分の力でどうにも出来なくて困っている時に、影ながら兄として彼女を守ることだけは許して欲しい。」


 身を切るような想いというのは、こういうのを言うのだろう。


「はい。では、兄君として何としてもレイカ様を化け物王太子から救い出して下さい。」


 遠慮のかけらも無いバンフィードからの要求に、黙って頷き返した。

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