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虚しさと苛立ちは一先ず抑えつつ、曲者王太子を案じる国王の会話に割り込むことにします。
「あのぉ。ご歓談中に申し訳ありませんが、この辺りではっきりと申し上げておきたいのですが、宜しいでしょうか?」
国王に真っ直ぐ視線を向けつつ声を上げると、国王は眉を上げつつ頷き返してくれました。
「王太子殿下には何度も申し上げているのですが、わたくしがこちらを訪問させて頂いた直接の目的に、王太子殿下は全く関わりがありません。失礼ながら王太子殿下ご自身にも殿下がお持ちの立場や地位にも全く興味はございません。」
この発言に国王は更に眉を寄せて難しい顔になったようです。
「それでは、そなたがこの王宮に不法侵入した理由は何であるのか?」
それについても出会い頭に国王には話した筈ですが、精神操作で記憶の一部を消されてるんでしょうか?
「初めにお会いした際にも申し上げましたが、ラスファーン王子殿下の延命治療措置の為、急を要したからだと。」
「・・・しかし、ラスファーンはあの時既に意識の無い状態だった。あれが貴女を招いたとは思えないが?」
それはその通りです。
「ええ。ですから、わたくしをこちらに招いた方達は、その折わたくしが滞在していた町まで試作運用段階の翼竜を迎えに寄越したようです。その時に話したのは、こちらのエダンミール王家に関わりが深いという魔人とでした。そもそもわたくしは“王の騎士”ファラルにこちらに招かれる予定でした。」
「“王の騎士”ファラル・・・」
国王がファラルさんの名前に反応して何かを思い出し始めた様子です。
広間の人達も“王の騎士”という言葉にざわざわと反応しているようです。
「“王の騎士”は何と?」
「長く滞っていた問題を解決する為に、わたくしに手助けをして欲しいと。ただし、詳細は王宮に入るまで、もしくはその時まで話せないとも言われていました。」
これにも広間中がざわ付きます。
「そなたは、誠に魔王なのか?」
何処か困惑したようにその言葉を発する国王の内心は分かりませんが、ここは慎重になりたいと思います。
「どうなのでしょうか? というのがわたくしの答えです。そもそもこの国が望む魔王がどういった存在なのか、わたくしには分かりません。こうして建国王が遺したと思われる魔法陣を起動させることは出来ますが、それはスーラビダン王家の血筋なら誰でも可能なのではないかと思いますし。」
本当は、魔王だ皆の者平伏せとか言ってみた方が、この場は早く片付きそうですが、後で身動き取れなくなりそうですからね。
「“王の騎士”とこのエダンミールにとっては非常に慎重になるその名を持ち出して、そのような曖昧な話を信じよと言われるか?」
と、ここで王太子が言葉を挟んで来ましたね。
「失礼ながら、王太子殿下が信じられずとも、必要とされれば事態は進むのではありませんか?」
「貴女は、どうして私に向かってはそう尖った言葉を向けて来るのだろうか? 照れ隠しにしても少々傷付く。少し素直になられては如何だろうか?」
また斜め方向に滑っていく言葉を、溜息混じりに聞き流しておきます。
一々相手にしていては話が進みません。
国王の方に目を向けてジャッジを待っていると、溜息混じりに国王の言葉が掛かりました。
「したが、ファラルはまだこちらに戻っておらぬようだ。つまり、今のところ貴女の言葉を裏付けるものは何も無いということになる。王太子の言うように、貴女が本心では王太子の婚約者候補となることを望んでここで騒動を起こしているという話を否定する材料はない。よって、この王宮に引き続き滞在することは認めよう。だが、貴女の身柄は王太子の客分として扱うことにしたい。如何だ?」
こちらの話を全否定ではありませんでしたが、やはり説得力には大幅に欠けるということのようです。
「陛下、わたくしは引き続きラスファーン王子殿下の治療にしばらくは専念したく存知ます。先日は応急処置を施しただけで、本格的な措置はこれから進めて行くことになります。何卒その点をご理解頂き、今現在施している処置の性質上、この王の塔での滞在の許可と、わたくしの扱いはラスファーン王子殿下の客分として頂けないでしょうか?」
これだけは譲れないと強い瞳を向けると、国王はまた眉を寄せて不快げな顔を覗かせました。
「ラスファーンは」
国王が言い掛けたところで、また広間の扉が開いたようです。
「父上、お待ち、下さい。」
言いながら入って来たのは、クリステル王女に横から支えられたラスファーン王子でした。
息切れしながらゆっくりと広間に入って来るラスファーン王子を、国王が片眉を上げて不快げに見返しているようです。
「レイカルディナ王女が、王宮への不法侵入の咎で、呼び出されたと、聞きました。」
急いで駆け付けてくれたのか、本当は呼吸が辛いのでしょう、途切れ途切れにそれでもしっかりと言葉にするラスファーン王子には頭が下がります。
「それがどうした?」
国王はラスファーン王子にはやたらと冷たい対応が標準なのかもしれません。
「レイカルディナ王女を、こちらに招いたのは、私です。不法侵入などではなく、一刻を争う、私の状況に、形振り構わず、駆け付けてくれたの、です。」
「・・・話が読めぬ。そなたに王女を招く許可など与えた覚えはない。そも、そなたはここ暫く意識もなく寝た切りの状態だったと聞いている。」
確かに、ラスファーン王子はそうでしょうね。
「いいえ。私は、父上には、直接申し上げたことはございませんが、サヴィスティンの身体に移って、動かすことが、出来たのです。こちらに向かって来られる、レイカルディナ王女と、親しくなって、延命の方法が、あるのならばと、治療を頼んでおりました。」
正直に明かしたラスファーン王子と国王の話の成り行きを、ドキドキしながら見守ることにします。
王太子とは反対隣に並んで立ったラスファーン王子の隣には心配顔のクリステル王女が付いていて、こちらの視線に頷き返してくれました。
「サヴィスティンの身体に移って、と。その手法と、それならばそれで、そなたには聞かねばならぬ事が出来たな。大神殿から派遣されてきた神官と、サヴィスティンの身体で会ったのではないか?」
ラスファーン王子に厳しい目を向ける国王ですが、その目は本来王太子にも向けられるべきものですけどね。
恐らく今張った魔法無効化結界を解除すれば、また王太子に操られた状態に戻って、王太子を疑うことなどなくなるのでしょうが。
「その辺りの諸々は、サヴィスティンが戻って来たところで、そしてそれまでに、私へのレイカルディナ王女の延命措置を完了して貰えればと、思っております。それまでは、何卒、レイカルディナ王女には寛大なお取り計らいを。」
そう言って頭を下げたラスファーン王子に、国王は難しい顔で顎に手を当てて考えて込んでいるようです。
チラッとこっそり反対隣を窺ってみると、王太子が静かに苛立った顔になっています。
この王太子、カダルシウスが国として先般の件の賠償問題を提起する時にも面倒な障害になりそうです。
そして、いずれ隣国の国王になるかと思うと、ちょっとどさくさで何とか出来ないかとかこっそり考えてしまいますね。
でも、こちらもカダルシウスの王女としての立場があるので、他国のお国事情に関わり過ぎるのも困ります。
ファラルさんや魔人の要望が何処に繋がるのか、具体的に何をさせられるのか、まだ見えないその辺りが、ますます怖くなって来ました。
「あい分かった。それでは、一先ずレイカルディナ王女のことは引き続き客人として遇し、ラスファーンの治療措置に専念して貰おう。それに一段落がついて、“王の騎士”が王都へ戻り次第、ことの次第を確認することとする。」
この決定事項に、広間の人々は内心はともかく一斉に頭を下げて受け入れたようでした。




