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メルビアス公女ミレニーへの面会申し込みは、昨日の内に出していたそうで、門前で滞りなく許可が降りた。
エダンミール王宮は魔法使いの住処に相応しく背の高い塔が幾つも乱立する集合体を引っくるめてそう呼ぶそうだ。
その中でも中心となるのが、王の塔と呼ばれるその名の通り国王の住まいや政務が行われる区画を含んだ巨大な塔になる。
そこと渡り廊下で繋がる隣接する塔には、妃や王族の住まいや王族監修の研究施設などが併設されている。
その中でも王太子の住まいは王の塔の直ぐ東に隣接する塔で、そこには王太子とその妃候補の姫達が暮らし、王太子直下の研究施設などが存在するそうだ。
城門を潜って王宮の外縁を繋ぐ通路を通って王太子の塔の入り口に回り込んで行く。
通路には馬車道と遊歩道があるが、今日は馬車で城門を潜ったので馬車道を通って程なく王太子の塔の入り口に辿り着いた。
馬車をパドナ公女の手を引いて降りると、侍従姿で従っていたフィーが出迎えた王太子の侍従に話を付けて、護衛に扮したクイズナーやリーベン達を伴って中に入ることが出来た。
敵地侵入開始だ。
王太子の塔は、外観はカダルシウスの王城魔法使いの塔と似ているような気がしたが、中に入ってしまうと、それよりもずっと居住性が良さそうな造りになっている。
高層なのは間違いないが、真ん中を吹き抜けの螺旋階段が突き通っている訳ではなさそうだ。
侍従の案内で階段の側に取り付けられている昇降機というものに乗せられて上階に移動した。
パドナ公女と一緒に目だけ挙動不審になってしまったが、こそっと見た護衛3人も挙動には出していないが似たような顔になっていた。
体感では塔の真ん中より少し上くらいまで上ったところで昇降機は止まったようだ。
魔法大国の技術力はやはり桁違いだということだろう。
「どうぞ。」
言われて廊下に降り立った時には、何故か足元が少しだけ覚束ないような気分になっていた。
単純に風魔法で飛び上がるよりも覚束なく感じるのは、得体の知れない装置に乗せられた感覚になるからだろうか。
そんなことを考えながら、促されるまま歩いた廊下の先の部屋では、パドナ公女に少しだけ似た女性が待っていた。
「パドナお姉様! いらっしゃい!」
そう言って迎えてくれたミレニー公女は、顔立ちはパドナ公女に双子だと分かるくらいには似ていたが、共通する金髪以外、瞳の色はパドナ公女の紅茶色とは反対色の明るい緑色だった。
「ミレニー、お連れしたわ。彼がカダルシウスのシルヴェイン第二王子殿下よ。シルヴェイン殿下、あちらが妹のミレニーです。」
パドナはにこやかに微笑み掛けて来る妹公女とは違う硬い表情で両者を紹介した。
「ミレニー公女、初めてお目にかかる。カダルシウスのシルヴェインだ。パドナ公女とは、親しくさせて頂いている。近々両国で婚約の話が纏まる予定なので、一足早くご報告に伺った次第だ。」
硬めの挨拶になったが、それはカダルシウスの立場としてはこの位警戒気味な態度の方が相応しいからだ。
ミレニー公女が行った呪詛織が元でカダルシウス国内に被害があったのは間違いのない事実なのだ。
これはなかったことには出来ない話で、ミレニー公女がどう考えているのか知らないが、これからしっかり追求させて貰うつもりでいる。
「まあ、カダルシウスのシルヴェイン王子殿下。とても素敵な方ですわね。わたくしパドナの妹のミレニーですわ。」
言って振り撒いて来る媚びるような笑みには、少々面白くない気持ちになる。
この場には彼女が将来を誓ったフィーもいるのだ。
「さて、これから細かい報告と共に内々の話もしたい。人払いを頼めるだろうか?」
無駄なく話を進めることにして、エダンミールの目を遠ざけるように言ってみると、流石に空気を読んだミレニー公女は、彼女の侍女や護衛に下がるように声を掛けた。
護衛はこちらのリーベン達にチラッと警戒の目を向けたようだが、知らん顔でやり過ごすと、エダンミールの者達がいなくなったことを確認してから、クイズナーに目を向けた。
クイズナーが差し出して来た魔石は、いつもよりもグレードが高い物のようだ。
石自体も質が良く、込められた魔力も濃く厚い。
起動させてパドナ公女と隣り合って座り膝の上に乗せた。
「時間がない。ミレニー公女には、これからする質問に素直に答えて貰いたい。」
他国の姫相手に少々不躾な態度かもしれないが、彼女もこのままここに置き去りにされたくなくて、今回の件に噛んでいる筈だ。
素直に応じてくれることを祈るしかない。
「随分と失礼な聞き方ね。ここへはわたくしの好意で招いて差し上げたのよ? そうでもなければ、王族の住まいに近付くことなんて出来ないのだから。」
少し拗ねたような口調で言うミレニー公女の言葉は確かにその通りだが、この我儘そうな公女には、早々に主導権がどちらにあるか分からせておいた方が良い。
「その件には感謝している。だが、貴女がここでしておられたことは、無かったことにはならない。貴女が呪詛を織って作った織物で、我が国の者が幾人も被害を受けている。このことはご存知か?」
絶対にすると決めていたこの追求を始めた途端、ミレニー公女はザッと顔色を青ざめさせて、それからキッとパドナ公女を睨んだ。
「お姉様、話が違うわ! 何でわたくしがその事で責められなきゃいけないの? 仕方がなかったんだって説明してくれなかったの?」
そんな八つ当たりをし始めたミレニー公女には、苦い気持ちしか湧かない。
「ミレニー、それだけはしてはならないことだったのよ。きちんとどうしてそうなったのかお話してシルヴェイン殿下に謝罪をしなさい。」
苦い口調で、それでも辛抱強くミレニー公女を説得するパドナ公女は、しっかり者の姉の顔をしていて、旅の途中で見た無茶で考えなしな彼女からは考えられないような抑圧された空気を感じた。
もしかしたら、公国でのパドナ公女はそんな風に過ごして来た人なのかもしれない。
「だって。ここの魔法使い達が怖い事を言うのだもの。役立たずはバラバラに切り刻まれて実験の材料にされるって。それが嫌なら王太子殿下の望むような何かを差し出すしかないって。」
脅されていたのだとはパドナ公女にも聞いていたが、両腕を抱えるようにして震えるミレニー公女の様子を見る限り、怖がっていることは間違いないようだ。
「呪詛織が出来ることは、自分からマーズリード王太子に明かしたのか?」
「いいえ、まさか。大体わたくし、王太子殿下とはこちらに来た始めの頃にほんの少しだけ顔を合わせただけで、挨拶以外言葉も交わしていないのよ?」
嘘を言っているようには見えなかったが、それでは何故マーズリード王太子をあれ程怖がっているのだろうか。
「この王太子殿下の塔の下層には魔法研究施設があって、沢山の魔法使い達が詰めているそうなの。時折王太子殿下の侍従がその魔法使いを連れて来ては、貴女は王太子殿下の為に何が出来るのかと訊いて来るのよ。」
そこで陰鬱そうな顔になったミレニー公女を見る限り、王太子は侍従や魔法使い達を使って、彼女を追い詰めていったのだろう。
恐らく、ミレニー公女の魔力織が呪詛にも使えると始めから知っていたから、彼女を婚約者候補として呼び寄せたのではないだろうか。
「では、そのやって来た魔法使いに呪詛織が出来ることを明かしたということか?」
「まあ。魔力織が出来ることは始めから知っていたみたいだから、あれもこれもと作らされて、気付いたら呪詛も織ってたの。あ、と思ったけれど手遅れで、それからどんな呪詛かは分からなかったけど、幾つも織ることになったわ。」
なるほど、呪詛の中身などそもそも見て分かるものではない。
正確に読み取れてしまうレイカが特殊過ぎるのだ。
「そうか。そのような状況だったから、呪詛織の結果に無責任で居られたのだな。」
そう口にしてから、後ろに控えるバンフィードに目を向けた。
「因みに後ろの護衛の彼だが、貴女の織った呪詛織の被害者だ。一時は身体中から命の力を抜き取られて、死の一歩手前までいっていたそうだ。」
ミレニー公女がそれは気まずそうにチラッとバンフィードを見たようだった。
「私はレイカ殿下に助けて頂けて幸運でした。」
バンフィードが控えめに口にしたその言葉に、ミレニー公女がはっとした顔になった。
「カダルシウスのレイカルディナ王女? その人が王太子殿下の正妃になるって聞いたわ。」
その話に苦い気持ちになると共に、パドナ公女が息を飲むのが聞こえた。
「それは有り得ない。カダルシウスは絶対にレイカを渡すつもりはないからな。」
はっきりと宣言しておくが、ミレニー公女はそれに不思議そうに首を傾げた。
「でも、本当は昨晩の内に、王の塔からこちらの塔に移り住む予定だって聞いたわ。」
具体的にそこまで話が進んでいたとは、急いで正解だった。
「レイカの話は後にするとして、これだけは覚えておいて貰いたい。ミレニー公女、私とパドナ公女の婚約は程なく正式に整うことになり、そうなればメルビアス公国はミレニー公女を国に呼び戻す正当な理由が出来る。貴女はエダンミールからの帰国を許されるだろう。マーズリード王太子の婚約者候補からも外れることになるだろう。」
その為にパドナがこちらに取り引きを持ち掛けてきたのだから、これは叶える必要がある。
「その代わり、今後は二度と呪詛織をしないように。自らの保身の為に姉姫にすら呪詛織を仕掛けて魔力織の能力を封じようとした貴女だ。口約束だけでは済ませられない。よって、貴女の唯一の想い人のフィー殿に魔法契約を結んで頂くことにする。」
今のところ、ミレニー公女のフィーへの想いは見えて来ないが、唯一だという伴侶への魔力織を贈った以上、彼以外を愛せないのは間違いない筈で、それなら抑止力はフィーに向けた方が効果的だろう。
「え? 魔法契約? フィーにどんな契約をさせるつもりなの?」
焦った顔になったミレニーは、何を考えているのかわからない分からないが、妻になるパドナの妹だ。
なるべく良好な関係を築けたら有難い。
「さて、それは貴女次第なのではないか? 何はともあれ、貴女はこうして貴女を案じて迎えに来てくれた姉君にもう少し感謝するべきだ。」
言いたいことはきちんと言い切れたと思ったところで、測ったように扉が叩かれた。




