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 微かなカツンという音で目が覚めた。


 早朝、そろそろ起き出す時間だったが、音の元を起き上がって目で辿ると、サークマイトの檻に凭れるようにして少し荒い息で目を閉じているコルちゃんが目に入った。


 恐らく、コルちゃんが檻に倒れ掛かった音だったのだろう。


「コルちゃん? 大丈夫か? 調子が悪いのか?」


 ベッドから降りてそちらに向かいながら声を掛けると、弱々しい仕草で目を開けたコルちゃんが、この間サークマイトを助けようとした時の姿に重なった。


 コルちゃんはあの時のように魔力を大量消費するような何か大技でも使ったのだろうか。


 念の為檻の中も覗き込んでみると、サークマイトが丸くなって眠っていて、ただその姿に息を呑んだ。


 サークマイトの毛先が、少しだけ白く色が抜けているように見えた。


「コルちゃん? あの子に魔力を注いで、聖獣化させようとしていた?」


 その理由は明白だ。


 あのサークマイトが聖獣化すれば、どちらもレイカさんの聖獣扱いになって処分されることはなくなるだろう。


 コルちゃんは賢い。


 毎晩寝静まってから魔力を注ぎ続けていたのではないだろうか。


 本来ならレイカさんの側に居て余剰魔力を供給し続ける必要がある筈のコルちゃんは、今はレイカさんとは離れてお留守番中だ。


 そのコルちゃん自身の魔力供給も大丈夫なのかと少し案じていたのに、こんな無茶を続けていては、コルちゃんの身に何か退っ引きならないことが起こるかもしれない。


「大変だ。レイカさんに直ぐに知らせないと。」


 ただし、今は早朝で、レイカさんに手紙を書く時は必ず王弟殿下の元でと言われている。


 今からシルヴェイン王子の宮の一室で寝泊まりしているランフォードさんを訪ねて王弟殿下に連絡を取って貰うしかないだろう。


 そう決めたものの、今度はコルちゃんをどうするのか迷った。


 今の状態で神殿に連れて行くのも躊躇われるし、かといってここに残して置いて行くのも、無茶をしたり誰も居ない状態で何かあっては心配だ。


 そこで思い浮かんだのは、少しの間コルちゃんも含め一緒に過ごした旅仲間の皆で、その中でも王城魔法使いのコルステアくんなら適任だと思えた。


 普段なら、それでも伯爵家の子息のコルステアくんを頼ろうとは思わなかっただろうが、今は非常事態だ。


 それに、先日のこともあって、何となく距離が縮んでいるような気になっていた。


 そこで、伝紙鳥の紙を取り出して手早くコルステアくんに向けて短い手紙を認める。


 コルステアくんの魔力は何かあった時の為にと教えられていたので、そこへ向けて真っ直ぐ伝紙鳥を送った。


 王城魔法使いの起床時刻はいつ頃か分からないが、日の出直ぐの今はまだ早過ぎたかもしれない。


 そんなことを考えながらもとにかく身支度を整える。


 いつでも出られる格好になったところで、パタパタと伝紙鳥が飛んできた。


 “直ぐ行く”


 そんな短い一文が書かれた返事が返って来て、正直ホッとした。


 聖獣様の世話係として留守を預かった身だが、出来ることと言えば餌やりと散歩くらいのものだ。


 それも、何となくこちらの言う事を聞いてくれて、何となく言いたい事が分かるという程度の意思疎通が計れるからだった。


 魔物については勉強を始めたばかりで、特にサークマイトのことはその生態について書かれている本を幾つか読んでみたが、重点的に書かれている巨大進化の項目がどうにもコルちゃんには当て嵌まらなくて、ただひたすら首を捻ることになった。


 コルちゃんの聖獣化は、巨大進化の一種だと王城魔法使いは見解を出していて、ただ、特殊例過ぎてそれ以上は分からないというのが共通認識のようだ。


 檻の側から寝床に運び下ろしたコルちゃんは、目を瞑って眠っている。


 ただ、息遣いが少し荒く、表情も少し苦しそうだ。


 コルちゃん自身には一刻も早くレイカさんの魔力供給が必要になりそうなことと、可哀想だが檻の中のサークマイトとはしばらく引き離した方が良いのではないだろうか。


 それを、コルちゃんが納得してくれれば良いが。


 ふうと溜息を吐いて、寝床の中のコルちゃんをそっと撫でる。


 と、向こうの檻の方から視線を感じて目を上げると、サークマイトがツノを下げた元気のない様子でこちらを見ていた。


 静かに立ち上がって今度は檻の側に腰を下ろして覗き込むと、サークマイトが少しびくつきつつもこちらを上目遣いに見上げている。


「コルちゃん、無理してたんだな。気付かなくてごめんな。少し休ませてやろうな?」


 優しい声音で声を掛けてやると、サークマイトはコクリと小さく頷いたように見えた。


「君も、聖獣になってしまえば、確かにここでコルちゃんと共に生きられるようになるのかもしれないな。でもそうなると、サークマイトではなくなってしまうし、人に依存して人に利用される生き方になるかもしれないよな。それが、君達にとって幸せな生き方なのかは、分からないよな。でも、コルちゃんはそう望んでて、君の意思は確かめる術がない。」


 何が正解か分からないことだらけだ。


 レイカさんの側にいるということは、そういうことがこれからもずっと起こり続けるのを見守ることになるということなのだろう。


 役に立ちたいという気持ちと、そこで自分は正しい手助けが出来るのだろうかという不安も覚える。


 そんなもやもやした気持ちが胸に湧いたところで、冷んやりとしたものが手に触れた気がしてはっと目をやると、檻の中からツノを出したサークマイトが、ツノの中程を手の甲に擦り寄せているのが目に入った。


 相変わらずな眉下がりな上目遣いで、それはそおっと摺り寄せる姿には、こちらの張り詰めていた気持ちがへにゃりと崩れる気がした。


「そっか、君も不安だよな? コルちゃん、早く元気になると良いな。」


 そっと手を伸ばして、サークマイトのツノの付け根の額周りの毛をそっと指先で撫でてやった。


 しばらくそのまままったりしていると、唐突に扉を叩く音が聞こえてハッとした。


 返事をするよりも先に開いた扉からコルステアくんが入って来る。


「ケインズ、大丈夫?」


 開口一番、案じる言葉を貰って何処かホッとした気持ちになる。


「ああ。ごめん、ちょっと朝一で取り乱した伝紙鳥を送ってしまって。」


 言いながら立ち上がってコルステアくんを迎え入れると、コルステアくんは真っ直ぐコルちゃんの元へ向かった。


「うん。ちょっと魔力切れ状態になってるみたいだね。伝紙鳥は正解。今マニメイラさんにもこっちに向かって貰ってるから。」


 そう言ってからコルステアくんはこちらを見上げた。


「それで? もう少し詳しく説明して。」


 頷き返してから、朝一目が覚めた時からのこの部屋での出来事を話していく。


 コルちゃんが檻のサークマイトに魔力を注いで聖獣化を目指していたのではないかと予測も話しておいたが、これについてもコルステアくんはうんうんと頷き返していた。


「僕もその予想通りだと思う。ただケインズ、こいつらに何か、魔法掛けたりした?」


 その問いに目を瞬かせる。


「コルちゃんとサークマイトに?」


 驚いて問い返すと、コルステアくんは淡々とした目でこちらを見返して来る。


 少し考えてみたがこの部屋で魔法を使ったことがそもそもない。


「ない、と思う。第二騎士団ナイザリークでの魔法訓練にはコルちゃんも連れて行ったことはないし。他では最近基本魔法は使ってないから。」


「・・・そう。それじゃ、余剰魔力かな? コイツらケインズの魔力をそれぞれ少しだけ取り込んでるよ。」


 そんなことを言われてギョッとしてしまう。


「え? それがもしかして不調の原因?」


「いや、表面に薄ら纏ってる感じだから、もしかしたら今朝起きてから魔力切れだから側に漏れてたケインズの魔力を取り込んだのかも。ただ、あっちのサークマイトの方は・・・」


 そう首を傾げるコルステアくんにハッとする。


「あ! さっき、ツノが触れて。それに、コルちゃんもあっちのサークマイトも少しだけ撫でてしまったけど、その所為で魔力が移ってしまった?」


 そんなことがあるだろうか?


「うーん。普通なら、余剰魔力が溢れ返ってるおねー様ならともかく、ケインズはそこまで魔力量多い訳でもないし。有り得る筈がないんだけど。」


 そこで言葉を切ってから、コルステアくんがマジマジとこちらを見ている視線を感じて居心地悪くなる。


「ケインズってさ。おねー様に命を助けられたことがあるでしょ? その後、何か変わったことはない?」


「えー、レイカさんの魔力の輪郭みたいなのが見えるようになったくらいかな。」


 これは、レイカさん自身には言ったことがある。


「ふうん・・・。やっぱり何かあるんだよね。おねー様が手を加えると、魔力が若干変わるのかもしれない。これは黙っておい方が良いからね。僕から見たケインズの魔力だけど、色は前から変わらない緑よりの青だけど、質感っていうか透明度が出たというか目を引く輝き成分が加わったというか、とにかく少しだけ変わった気がする。」


 憚るように少し声音を落として言われた言葉には驚いてしまった。


「そ、そうなのかな? 俺、普通に魔力は見えないから、気付かなかった。」


「まあ、気の所為って言われればそれで納得してしまえるくらいの変化だと思うから、誰も気付いてないと思う。僕も今朝伝紙鳥を貰うまで気にならなかったし。前を知らなければ元からそうだと思われるんじゃないかな。」


 それには何処かホッとした気持ちになる。


 余りレイカさんの特殊性が他人の目に留まるのは良くないことだと流石に分かってきた。


「そっか、分かった。でも、なるべく誰にも知られないように黙っておく。」


 そう重々しく答えると、コルステアくんは満足したように頷き返して来た。


「それで? おねー様に伝紙鳥送って状況説明するの?」


「うん。それが良いと思う。状況分析は他の人でもして貰えるけど、コルちゃんのことだから、最後にどうするか決めるのはレイカさんだと思うから。」


 これにもコルステアくんは頷き返してくれた。


「じゃ、僕はマニメイラさんも来るしケインズが戻るまで留守番してるから、王弟殿下のところに行って来なよ。」


「助かる。まずはランフォード補佐官のところを訪ねてから王弟殿下に連絡を取って貰うから、少し時間が掛かるかもしれない。何かあったら伝紙鳥で知らせてくれるか?」


「分かった。」


 かなり気安い口調でやり取りしてしまったが、コルステアくんは気にしていない様子だ。


 それにこれまたホッとする気がしながら、急いで出掛けることにした。

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