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「王太子殿下より晩餐のお誘いがございましたが、いかがなさいますか?」


 ラスファーン王子とクリステル王女が帰って行った後、侍従のリッセンさんが入って来て知らせてくれました。


「いかがって、断って角が立たないなら断りたいけど? 無理なのでしょう?」


 そう問い返してみると、見上げた先でリッセンさんの眉が一瞬だけピクリと動きました。


「まあ、お受けになった方が宜しいかと存じます。」


 端的に答えたリッセンさんは感情を感じさせない淡々とした様子です。


「そう。ところで、わたくしのこちらでの現在の立場、扱いは? 朝一番にクリステル王女殿下からは、国王陛下の客人扱いだとお聞きしておりましたけれど?」


 この辺りはしっかりと確認しておかないと、いつしれっと牢屋に案内されるか分かりませんからね。


 特に、ウチの大使様が王太子と面会した後にあの態度でしたからね、用心に越したことはありません。


「・・・現在は、レイカルディナ殿下は王太子殿下のお客人扱いとなっております。」


 やはりという答えが渋々というように返って来ました。


 これは、大きな違いですから、即行で訂正が必要ですね。


「あら、何故でしょうか? わたくし王太子殿下には直接ご用は何もございませんでしたけれど? 強いて言えば、ラスファーン王子を訪ねてきた訳ですし。」


 リッセンさん相手に何か効果があるかどうかはともかく、ここははっきりと言及しておこうと思います。


「・・・それは、王太子殿下にご確認下さい。」


 さっくりと王太子にバトンを投げたリッセンさんですが、大きく表情も変えずに隙なく流して来る辺り、流石あの王太子子飼いの侍従さんですね。


「そうですか。」


 食い下がっても発展はなさそうなので、こちらもここはさっさと引いておこうと思います。


「晩餐に参加されるのは、王太子殿下だけですか?」


「都合が許せば陛下もご同席なさるかもしれません。」


 またこのパターンですか。


「・・・そうですか。ではその前に、折角ですからこの王の塔と呼ばれる王宮内を軽く案内して貰えませんか?」


 正面から入っていないエダンミール王宮がどんな構造なのか、少しでも把握出来るならしておくべきでしょう。


 最悪強行脱出することになるとしても、出口くらいは知っておきたいですし。


「申し訳ございません。王太子殿下より、レイカルディナ殿下のこちらでのお立場が確立出来るまでは、余り王宮内を歩き回るのはお控え頂きたいとのことでした。」


 成程、これはやはり事実上監禁だったようですね。


 鼻で笑ってやりたいところでしたが、リッセンさんが淡々としつつも段々と圧の籠った視線で見下ろして来るようになったので、余り怒らせるのはやめておこうと思います。


「分かりました。ここで晩餐まで大人しくしております。」


 少しだけムッとしつつもそう返すと、漸くリッセンさんの視線の圧が緩んだようです。


「はい。では、後程侍女達が晩餐でお召し頂きたいドレスを運んで参りますので、そちらにお着替え下さい。」


 なんと、ドレスまで指定ですか。


「はい。」


 こちらも凪いだ目で淡々と返事してやりました。


 という訳で、そこからは時間を掛けたお風呂と着替えの時間後、リッセンさんのエスコートという名の連行で、真っ直ぐ食堂へ連れて行かれました。


 朝食の時とは違う食堂で、王の塔の端に近い、朝よりもこじんまりとした食堂です。


 王族のプライベート使用な食堂でしょうか。


 入って行くと、今度もまた王太子が席に着いて待っていました。


「お待たせしました。」


 本当は、晩餐にお招き頂きまして云々の長ったらしいご挨拶が必要だとほんの少しだけ受けた王女教育で教わっていますが、無視です。


 それに、王太子はふふっとそれは嬉しそうに笑い掛けて来ましたが、相変わらず目が全然笑っていませんね。


「ようこそ、レイカルディナ王女。飾らない挨拶というのも、親しさが感じられて悪くないものだ。」


 言ってからわざわざ席を立ってこちらへ回り込んで来た王太子は、椅子を引いてエスコートしようとしたリッセンを遮って、椅子の背に手を掛けました。


 ゆっくりと引いた椅子の前に誘導されて着席を促されますが、腰を下ろそうとした耳元に口を寄せられて。


「この傷一つない美しい首筋に刃を滑らせれば、どれ程美しい血が流れるのだろうな。」


 このサイコパスが!と心の中で罵りつつ、にっこり笑顔を向けてやりました。


「あら、私の血が青とか緑だったらどうなさいます?」


 わざと少し大きい声で混ぜっ返したこちらに、ふふとまた笑ったふりの王太子は、答えずに席に戻って行きました。


 程なく運ばれて来た食事は前菜から始まるコース料理のようですが、一々毒物還元魔法を掛けて食べることにしましたが、発声なしで掛けておいたので気付かれていないかもしれません。


 その他、普通に注がれたワインらしき飲み物も警戒しておくことにします。


 毒物対策はともかく、こちらに来て以来初のちょっと度数高めの飲酒ですが、アルコール分解酵素はどんな感じでしょう。


 敵地なので深酒は控えるとして、慎重に一口飲んでみた赤ワインはクセのない飲み易いあっさり味でした。


 食事中ならこのくらいさっぱりが美味しいですね。


 それでもがぶ飲みは控えて、食事の合間にちまちま飲むことにします。


「レイカルディナ王女には、もう少し甘めが良かったかな?」


 そんな様子を見ていたのか、余り飲み慣れていないと解釈してくれたようです。


「(こちらに来てから)お酒はあんまり飲んだことがなくて。」


 愛想笑いと共にそう告げておくと、悪い事を企んでいる人そのものな笑みを浮かべて、王太子は控えていた給仕に視線をやりました。


「では、食後に美味しいデザートワインを用意させよう。」


 古今東西お酒で酔い潰す目的なんて決まってますよね。


 半眼で睨みそうになるのを堪えて、にこりと嬉しそうな笑みを返しておきました。


 さて、ここからどう逃げ帰るか。


 取り敢えずとても残念ですが、デザートワインの方はアルコールも還元分解してから飲んだふりしておきましょう。


 良いんです、無事にカダルシウスの自分の離宮に帰ったら、こちらの世界のお酒の飲み比べとかしてみようと思います。


 そのまま晩餐は不気味な程何事もなく進んで、デザートにはベリー系ソースの掛かったケーキと鮮やかなルビー色のワインが注がれました。


 これまたこっそり毒物還元分解魔法をケーキとワインに掛けたところで、ふと向かいから視線を感じて目を上げました。


「先程から小まめに魔法を使っているようだが? 食事中のマナーとして如何なものだろうか?」


 また目の笑っていない怖い笑みで穏やかに当て擦って来ましたね。


「あのー、実は(毒物・薬品)アレルギー体質なんです。何がダメなのか分からないので、一律アレルゲン除去の魔法を使ってるんです。ほら、蕁麻疹とかアナフィラキシーショックとか起こすといけないので。」


「アレ?・・・」


 アレルギーもアレルゲンもアナフィラキシーもこっちには概念が無さそうですね。


「・・・まあ良い。もう魔法はやめておくように。」


 そう言われると、これ以上は出来ないので、アルコール分解だけは出来ませんでしたが、まあ何とかなると信じましょう。


「はい。済みません。」


 謝ってから、ケーキのフォークを手に取ります。


 一口食べたベリーソースのケーキは、程良い甘酸っぱさのソースが割とシンプルなタルトケーキに掛かっていて、絶妙な味バランスで美味しいです。


 そこへ、デザートワインを一口。


「す! ・・・中々刺激的な味わいですね。ケーキと合わせるならまあ。」


 語尾を曖昧に濁してしまいましたが、びっくりする程酸っぱく感じるのは、口でもおかしいんでしょうか?


「・・・さて、甘くて美味しいワインの筈だったが、君の魔法で変質してしまったのではないか?」


 ということは、甘い成分がやばかったってことですよね?


 ふう、危ない危ない。


 媚薬は甘ったるいって聞いた事ありますが、そんな薬物入りだったんじゃ?


 怖いのでこの場で追求とか絶対にしませんけどね。


「さて。少しも甘い雰囲気になってくれないが、私の方でも貴女の要望に応えるべく努力したのだが?」


 言いながら席を立ってこちらに回り込んで来る王太子、来ましたね、ここから本日の最終バトルのゴングが鳴るようです。


 泣きたい気分で見上げて待ち受けていると、にやりと笑みを浮かべる王太子が獲物を狙う猛禽の目になっていますね。


「私の色のドレスを身に纏い、私と同じ香水の香りを振り撒くいじらしい貴女には、流石の私も心が少しばかり動いてしまうな。」


 そんなことをいけしゃあしゃあと言い出した王太子に思わず失笑が浮かんでしまいました。


「ああ、やっぱりそういう事ですよね?」


 用意されたドレスは王太子の瞳の色のシャンパンゴールド、明るいブラウンヘアーを彷彿とさせるリボンと飾り花が散る仕様になっています。


「ドレスにも香水にも罪はないので、ご要望通り身に付けて差し上げましたが。まあ残念ですけれど、わたくしにこの香水の匂いは合わないようですね。ずっと鼻がムズムズしますの。そも香水というのは、元の香りと身に付けた人の固有の匂いが混ざって完成するそうですから、付けてみないと合う合わないが分からないものなのだそうですよ?」


 残念とにっこり笑顔で首を少し傾げてみせると、王太子の笑みの中に明らかに苛立ちが宿りましたね。


「王太子殿下、わたくしみたいなタイプはお好みじゃないでしょう? よく分からない外堀を勝手に埋めようとなさらないで頂きたいですわ。何度もお食事にお招き頂いて大変光栄ではございますが、わたくしは王太子殿下には特に望むことはございません。」


 はっきりと言い切ってみせると、ザッとその場の温度が下がったように、王太子の顔から表情が消えました。


 そして、耳元に寄せた口から凍れる言葉が放たれます。


「では、お前を不法侵入者として王の塔から引き摺り出すしかないな。そうなれば、ラスファーンへの古代魔法の維持は出来なくなるだろうな。それとも古代魔法陣の外でも維持し続ける動けないお前を私の塔へ連れ込んで閉じ込めてやることも出来るな。そうなれば、煮るも焼くも私の自由だ。」


 低い声音の脅し文句に背筋がゾワっと寒くなりますが、にっこり笑顔を崩さず頑張ります。


「この王宮内は完全掌握済みの王太子殿下なら、何でも可能だと? 本当にそうでしょうか? 殿下のスタンスは自らの手は汚さず、周りから追い込ませて真綿で包むように締め上げて行く。自分が手を下す時は絶対に足が付かないように綺麗に痕跡を消し去れるやり方をする。」


 言葉を切ってチラ見した王太子の顔からは相変わらず表情が消えたままです。


「どうしてでしょうか? 何故、そこまで周りを気にして外面を取り繕うんですか? 何を、恐れておられるのでしょうか?」


 途端にヤバいと思う程の殺気を感じた気がして、王太子がいる方とは反対に身を捻って席を立ちます。


 と、両手を持ち上げて囲むような形で固まっている王太子がいて、じりっと後退りました。


 一瞬でも動くのが遅かったら、あの場で首絞められてたかもしれません。


 殺されそうになってる時に死なないイメトレが役に立つ筈がありません。


 やっぱり何も無敵じゃなかったですね。


 世界だか神様だか魔人様だか知りませんが、無茶を言い過ぎです。


「本日は楽しい晩餐にお招きありがとうございました。これにて失礼させて頂きます。」


 超絶早口で言って頭を下げると、脱兎の如く食堂を出ることにします。


 外で待っていたリッセンさんがキョトンとした目をしているのを促して、さっさと来た道を引き返し始めます。


「レイカルディナ王女殿下? 今宵より王太子殿下の塔へとお移りになる話しがありませんでしたか?」


 腑に落ちないように聞いて来るリッセンさんに、プルプルと高速で首を振ります。


「怖いこと言わないで下さい。お互い死にたくなかったら、さっさと部屋に戻りますよ。追い掛けて来られたら、ダッシュで逃げ切ります。早く!」


 手を振って早歩きを促すと、リッセンさんは首を傾げつつも、早歩きに付き合ってくれました。

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